東京・二子玉川のStudio Sound DALI。1992年の創立以来、30年超にわたって第一線級のプロに愛用されてきた。そんなSound DALIが、アマチュア向けに低価格でレコーディングが行えるサービス“HERITAGE PROGRAM”を始めたという。代表を務めるチーフ・エンジニア、橋本まさし氏に、その真意を伺ってきた。
プロスタジオで自分なりのスタンダードを探す
Sound DALIは、4リズムやストリングス(4/4/2/2)のレコーディングが可能なStudio Aと、ボーカルやギターのダビングとミックスを中心としたStudio Bの2部屋を備える。『サウンド&レコーディング・マガジン』では、誌面で橋本氏とともに数々の企画を行ってきたが、特にレコーディングに関する企画が多く、Studio Aに伺う機会が特に多い。正面にNEVE V1、左右に1073モジュールを備えたNEVE BCM10が並ぶ姿は圧巻だ。
もちろん、コロナ禍や音楽制作のスタイルの変遷によって、商業スタジオの需要は以前より縮小傾向にある。ただしそれはSound DALIに限った話ではなく、音楽業界全体、もっと言えばエンタテインメント業界全体が大きな変革期にある。橋本氏は、そんな変革を意識してHERITAGE PROGRAMを立ち上げたそうだ。
「アマチュアの人が喜んでスタジオを使ってくれたら、文化貢献になるんじゃないか?という発想なんですよ。コロナ禍でスタジオが空いていた時期は、それを考える契機となったということです。もちろん、アマチュアの応援という意味での料金設定は、普段使っていただいているプロの方々に申し訳ないということも考えました。でも、アマチュアの人に“プロスタジオでレコーディングしたい”という夢を叶えてもらうことが、録音文化の伝承という意味でも大事なんじゃないかと。だからHERITAGE PROGRAMと名付けたんです」
「伝承」がテーマと語る橋本氏。ただスタジオを使ってもらうだけでなく、Sound DALIのノウハウも含めて提供することを狙いとしているそうだ。
「例えば“こういうドラムの音にしたい”という要望があって、それに持ってきた楽器が合っていない場合とか。“スネアのチューニングはこうした方がいいよ”とか、“裏の皮は外そう”とか、さまざまな経験値があるから、それを伝えていけたらと思っているんですよ。もちろんバンドにエンジニアが帯同することもあると思いますが、それでも“DALIの使い方”という点で助言はできると思います」
筆者も、Sound DALIでの企画取材でさまざまな経験をしてきたからこそ、その真意は汲み取れる。例えば、機材のテストにしても、マイクをアコギで試した方がいいと思えば即座にアコギが出てくる。ドラムを録ってみる方が面白いと思えばドラムセットが用意される。狙ったサウンドが欲しければ、レコーディングスタジオなのにガンマイクが立てられる。こういう音楽的な面白さを、橋本氏を筆頭にエンジニア自らが楽しんでいるところが、Sound DALIの個性だ。橋本氏はこう続ける。
「例えばボーカルのマイク、極論すればエンジニアとしては何でもいいと僕は思うんです。今、最終的に元の音と一番変わるのはボーカルだから。でも、いかにボーカリストが気持ちよく歌えるかは大事で。ストレートなマイクの音が歌い手の耳に返ってくるから、パフォーマンスそのものがマイクによってすごく変わる。アマチュアの人たちは、そういう自分のスタンダードがまだ見つかっていなかったり、あるいは限られた中で探していたりんじゃないかな。録音作品を作るのはもちろんだけど、そういうスタンダードを探す手伝いもできるんじゃないかなと思っているんです」
ホテルに例えるなら「個性的な高級ホテル」
もちろん、レコーディング・スタジオで、限られた時間で録音をするということは、良い意味での緊張感もあれば、時間や環境というプレッシャーも、特にアマチュアにとってはあるだろう。ただ、そこはプロ・スタジオ。利用者に心地よく使っていただくという姿勢は、プロに対してもアマチュアに対しても、変わらないよう心を砕いてくれる。
「例えば、スタジオを使うのに数万〜20万円とかの利用料を払っていただく。高級ホテルみたいなものだから、そういう接客をしなくちゃいけないし、当たり前に良いものを作らなきゃいけないっていうことは長年スタッフに言ってきました」
自宅やリハーサルスタジオでも、一定のクオリティで録音できるようになった現在、プロ・スタジオはある意味で高級なホテルのような存在かもしれない。しかし、そこでしか得られないものがあるのは確かだ。
「その例で言えば、Sound DALIは“ただ寝るためだけのホテル”じゃない……ただ音を録るだけのスタジオじゃない、という感じですよね。もちろんフルスペックのスタジオも、いろいろなところがあるけれど、DALIは“有名チェーンのホテル”みたいなスタジオでもない。もっと個性的なホテルみたいなね。一方で、長年、DALIを使ってくださるアーティストも多いんですが、「いつも食べてるご飯の味」みたいな安心感があるんじゃないかと思います。“実家感”というかね」
とは言え、Sound DALIは特定のアーティストやサウンドに寄った特殊なスタジオではない。Webサイトにある橋本氏の手掛けた仕事を見れば分かるように、ロック・バンドからクラブ・ミュージック、Jポップ、ラテン、クラシックと、その範囲は非常に広範だ。そうした数々のアーティストが、DALIで自分なりのサウンドの基準を形成していったのだろう。その“基準”を体験することは、音楽家として高みを目指す上で、得難い経験となるかもしれない。
Sound DALI HERITAGE PROGRAM
Studio A(エンジニア料金含む:ピアノ調律料別途)
- 10時間ロックアウト:110,000円(税込)
- 5時間ロックアウト:66,000円(税込)
Studio B(エンジニア料金含む)
- 10時間ロックアウト:66,000円(税込)
- 5時間ロックアウト:44,000円(税込)
- 3時間ロックアウト:33,000円(税込)