
独自のアルゴリズムにより
失われたダイナミクスを再構成
つまみの光沢からモダンな印象を受けつつも、VUメーターのオレンジ色の具合がスタジオ機材っぽく、気分が盛り上がります。字が細かいので一見複雑に見えましたが、機能はシンプルなので慣れてしまえば問題無さそうです。
画面左から主な機能を確認していきましょう。VUメーターはLEVELとTHD(Total Harmonic Distortion)を選択して使用可能。THDはひずみの量を示すもので、コンプレッサーのゲイン・リダクションのような針の振れ方で表示されるため、ひずみの度合いが把握しやすくなっています。
次にダイナミクス部分。これはHarmonicsならではの革新的機能です。ひずみ処理後、輪郭やディテールがぼやけてしまった素材につまみ一つでダイナミクスを戻すことができます。画面左下部に“DTC Dynamic Transient Control”とあるように、独自のアルゴリズムでひずみ処理前のオーディオを分析することによってダイナミクスの再構成を可能にしています。時計回りでダイナミクスが増え、反時計回りでは分厚いサウンドになっていきます。
その隣には入念にモデリングされた5つのディストーション・サウンドが選べるType、ひずみ量を調整するDRIVE、トーン/カラーを調整するCHARACTER(時計回りで高域が強調、反時計回りで低域が強調)が並んでいます。右部分のHIGH/LOW Cutフィルターと合わせて使うことにより、ひずませたい帯域へのアプローチが可能です。

粒立ちの良い安定感のあるサウンド
27種類のプリセットも使用可能
それらを踏まえつつ、実際にバンドもののミックス作業で、使ってみました。Harmonicsの全体的なサウンド感は、ジャリジャリしたダーティ系ではなく、音の粒立ちが細かく、高級感や安定感があります。流行のサウンドの質感にも合った幅広い音作りができそうで好感触です。
5つのディストーション・サウンドを上から聴いてみます。SOLIDは1970年代初期のソリッド・ステート回路の機種にインスパイアされたモード。高域の倍音が広がって、ふわっとした明るいサウンドになります。歌や鍵盤、ギターに効果的でした。NEVE 1073系統に見受けられるような、音のすき間が満ち足りる感じが特徴的で、くせも無く何にでも合いそうです。
その下のTRANSFはアメリカ製コンソールのトランス・サウンドからのインスパイアのようで、理屈抜きに格好良い音がします。音像がワイドになり、奥行き感も見事に出てきました。ビンテージ機材好きの方にはぜひ聴いてもらいたいサウンドです。特にドラムにバッチリでした。
MASTERは文字通りマスタリングやミックス・バスに適したモード。もともと、挿した時点での音の変わり方も少ないプラグインなので、マスターの微調整にも十分使えそうです。
TUBEは1960年代中期の真空管機材からのインスパイア。これは一聴してALTECの真空管コンプ436Cを感じました。この時代の機材しか出せない中域のパンチ力、引き締まった低域の感じがとてもよく再現されています。ベースに最適で、ホーンにも効果的でした。
最後にMODERN。英国製のオール・チューブ・ディストーション機からの着想とのこと。この5種の中でもひずみが強い方なのでDRY/WETミックスでの使用が適しています。
このディストーション・タイプと組み合わせてDriveとCharacterを操作することにより、さらに音作りの幅を広げることができそうです。フェーダー上げ過ぎによるオーバー・ロード具合も良く再現できていて素晴らしいです。
さらに、Dynamicsをいじってみました。少し時計回りに動かせば、ひずみでにじんだ音に輪郭が蘇り、少し反時計回りに回せば線の太い音になっていくので、ミックスの中で良い居場所をすぐに調整することができます。さらに反時計回りに振り切れば過激なディストーション・サウンドも作れたりと、もう一歩踏み込んだサウンド作りの可能性を感じます。
また、ミックス・エンジニアのジョー・チッカレリ氏とハワード・ウィリング氏による27種のプリセットを収録。チッカレリ氏のものはアグレッシブ系、ウィリング氏の方は堅実系でまとまっており、どちらもうまく活用できそうです。

Harmonicsは新たなサウンド作りに一役買ってくれることでしょう。TRANSFとTUBEのサウンドはぜひ一度聴いていただきたいものです。
(サウンド&レコーディング・マガジン 2019年2月号より)