
MIDIフレーズを自動レンダリングし
取り込めるようになったサンプラートラック
Cubase Pro 9.5では64ビット浮動小数点ミキシング・エンジンが採用され、倍精度でミックスできるようになりました。音質については、Cubase Pro 9と比べても明りょうでクリアになった印象。音の輪郭までしっかり聴こえてきたのでミックスがやりやすいのではないかなと思いました。機能面にも進化が見られるわけですが、その中からまずは“サンプラートラック”(専用のサンプラーを備えたMIDIトラック)をピックアップしてみます。僕は音楽を制作する際、いろいろな素材を必ずサンプラーへ取り込むようにしています。そうすることによって新たな発想でサウンドを作れるため、少々面倒に感じるときがあるものの、一手間かけるように心掛けているのです。その手法において最も便利なのがサンプラートラック。何しろデフォルトでサンプラーが搭載されているので、逐一ソフト・サンプラーを立ち上げなくてもよいのがスピーディです。
今回のアップデートにより、サンプラートラックは別途立ち上げたVSTインストゥルメントのフレーズをすぐに取り込めるようになりました。方法は、インストゥルメント・トラックのMIDIイベントをサンプラーコントロール(サンプラートラックのコントロール画面)にドラッグ&ドロップするだけ。それでMIDIパターンがレンダリングされ、オーディオ・ファイルとしてインポートされるのです。簡単な操作ですぐにサンプリングできるのは、とても良いことですね! 同じような手法として、MIDIイベントをオーディオ・トラック上にレンダリングし波形編集するというやり方もありますが、サンプラートラックではそれとはまた違ったアイディアとサウンドを生み出せるので、“波形編集派”の人にもトライしてほしい機能です(画面①)。

任意のアクセントやパターンを設定できる
クリックパターンエディター
メトロノーム機能にも大きな進化があります。クリックのアクセントやパターンなどを任意で設定できる“クリックパターンエディター”が新しく搭載されたのです(画面②)。メトロノームはシンプルな機能なので大きな目玉には見えないかもしれませんが、この進化はとても素晴らしく、僕にとっては今回のアップデートの中で一番感激したポイントです。
バンドをやっている人やライブのマニピュレートなどをしている人はよく分かると思うのですが、ドラマーからはクリックの音色やカウントの仕方などについて、数多くの要望が寄せられます。ドラマーはクリックのパターンを聴いて自分のグルーブを生み出すので、クリックが4分音符か8分音符かだけでいろいろなことが大きく変化してきます。そして、頭にアクセントを置くのか、裏拍に置くなのかなど、要望はほかにもいっぱい。これはレコーディングにおいてもそうですし、ライブで同期を使う際にも必ず発生する事案です。そういったリクエストがあれば、従来はエンジニアやマニピュレーターがDAWに張り付けたクリックを一つ一つ修正していたものですが、このクリックパターンエディターがあれば瞬時に直すことができるでしょう。

そしてもう一つ大事なのが、Cubaseは内蔵クリックの“食いつき精度”がとても高いということです。僕は各社のDAWを試してきましたが、いろいろな操作をしながら内蔵クリックを走らせると、リズムが揺れたりして使いにくいものもありました。その際は、やむなくトラックにオーディオのクリックを張って作業することもあったわけですが、Cubaseの内蔵クリックでそういう問題に遭遇したことはありません。とても優秀なクリックだと思います。その上でクリックのパターンや音色などをカスタマイズできるのはとてもありがたいので、すぐにレコーディングで使ってみたいです。
さて、次に紹介するのは“ダイレクトオフラインプロセシング”という機能。プラグイン・エフェクトをリアルタイムに使用するとCPUに負荷がかかりますので、使える数はマシン・パワーに依存します。しかしこのダイレクトオフラインプロセシングでは、選択したオーディオ・イベントもしくはオーディオの範囲にエフェクトやオーディオ処理(リバースやピッチ・シフトなど)をオフラインで施せるため、CPU負荷やレイテンシーなどを気にせずに作業することができます(画面③)。またオリジナルのオーディオ・ファイルに影響を与えない処理なので、設定した内容をいつでも元に戻すことが可能です。
例えばドラム・フィルのお尻の2拍だけをリバースさせるとか、歌の一部を拡声器へ通したような音にするのも簡単。こうした音作りをする場合は、処理したい部分のみを別途作成したトラックに入れプラグイン・エフェクトをかけたりするものですが、ダイレクトオフラインプロセシングを使えばそれよりずっとCPU負荷を抑えられるでしょう。また、複数のエフェクトやオーディオ処理をチェインとして管理/保存できるほか、処理をイベント/範囲に適用すれば波形の表示が変化するため、視覚的にも分かりやすくなっています。

パラレル・コンプや倍音調整機能を備えた
標準搭載のプラグイン・コンプ
標準搭載されているプラグイン・エフェクトのVintage Compressor、Tube Compressor、Magnetoがリニューアルされました。僕は以前からVintage Compressorが好きでよく使っていたのですが、今回新たに“MIX”というノブが追加されています(画面④)。これはパラレル・コンプレッションのように、原音とコンプレッションされた音をミックスしたいときに使用します。例えばキックの音を作るときなど、過激に音をつぶした上でMIXノブをドライ側に回していくと原音の率が高まるので、よりファットなサウンドが得られます。もちろんキックだけなく、あらゆる楽器に有効な手法なので、ぜひいろいろなパートに試してみてほしいと思います。

Tube Compressorには“CHARACTER”というノブが追加されています(画面⑤)。倍音構成をコントロールして色付けするようなノブで、ひずみを加えるDRIVEノブや原音/エフェクト音のバランスを調整するMIXノブなどを併用すると、さまざまなジャンルに対応するバラエティ豊かな音が作れます。標準搭載のコンプでこの品質は実にありがたいですね。

今回のバージョン・アップは、メジャー・アップデート時に比べると内容的には少し地味に感じられるかもしれません。しかし、音楽を作るという作業工程においてかゆいところに手が届くような機能、言い換えると“これがあるととても便利!”というものが追加されたように思います。
最近は本当に多くのソフト・シンセやプラグイン・エフェクトがリリースされていて、ありがたいことではあるのですが、選択肢が多過ぎて選び切れなかったり、少し触っただけで使わなくなってしまったりということも多々あります。そういった飽和気味の状況下で新しいシンセやエフェクトをたくさん盛り込んでいくよりも、音楽を作る上でDAW自体がとても使いやすくなる機能を追加していく方が大切ではないでしょうか。今回のバージョン・アップには、曲作りだけでなくレコーディングでも積極的に使ってみたい機能がたくさん実装されていて、仕事でも早く活用したいと思いました。
(サウンド&レコーディング・マガジン 2018年2月号より)