
ヘッド・バンドに取り付けて
3種類のアプリのいずれかと併用する
NX Head Trackerは、幅6cm×奥行き4cmほどの小さなBluetoothデバイス。ヘッドフォンのヘッド・バンドに装着すると、頭の位置情報がリアルタイムに専用アプリケーションへと送信されます。これによりヘッドフォン内にバーチャルな音空間が形成され、3Dオーディオやチューニングされた部屋の音響を体験できるようです。3Dオーディオとは、音の方向や広がり、音源との距離などを3次元的に表現してくれる方式で、近年話題のVRにも使用されています。
さて、箱から取り出したNX Head Trackerは、プラスチック筐体で非常に軽いので、装着時に首が疲れるようなこともなさそうです。本体にはバッテリー・スロットがあり、そこに単4乾電池を1本入れて使用します。電池の方向セット表記が無いので一瞬戸惑いましたが、バネのある方がマイナスですね。本体で操作するのは、電源のオン/オフのみ。付属のシリコン・バンドを使い、ヘッドフォンに装着します。L/Rが決まっているので、取り付ける際は注意しましょう。
NX Head Trackerには、3つの専用アプリケーションが用意されています。まずは、チューニング済みの部屋でスピーカーを鳴らしたときの聴こえ方を再現するNX Virtual Mix Room Over Headphones(12,000円)をチェックしてみましょう(画面①)。Mac/Windowsに対応し、スタンドアローンのほかVST/AU/AAX Native/RTAS(AVID Pro Tools 10)プラグインとして動作するアプリケーションで、モノラル/ステレオはもちろん5.0/5.1/7.1chもサポートしています。これを、私が普段使用しているPro Tools(Mac)に立ち上げてみます。

Pro ToolsのマスターにNX Virtual Mix Room Over Headphones(以下、NX Virtual Mix Room)を挿すと、各種設定を行うための別アプリケーションWavesHeadTrackerが立ち上がるので、そのメニューでNX Head Trackerを接続します。Automatic Connect欄にチェックを入れておけば、NX Head Trackerの電源をオンにすると自動的に接続されます。この時点で、頭の動きに合わせてNX Virtual Mix Room上の頭部図形が動きます。位置情報のパラメーター値も細かく反応しますので、期待が持てそうです(もし反応が無い場合は、いったんバイパスさせてからオンにしてみてください)。次に画面左下のHEAD MODELING欄に自身の頭の外周、それから右耳と左耳を頭の後ろで結んだときの距離を入力。実測値を入力すればよく、単位はcmかインチを選択可能です。ここまでの設定において難しいことは無く、すぐに済ませることができると思います。
ヘッド・トラッキングの精度が高く
頭の動きに対する遅延も気にならない
ステレオの音声を聴いてみると、目の前にスピーカーが存在しているかのような音の方向感を覚えます。パラメーターはROOM AMBIENCEとSPEAKER POSITIONが用意されていますので、部屋の響きとスピーカーの角度を自由に調整することができます。また、NX Head Trackerによりヘッド・トラッキング(頭の動きに合わせてバーチャル・スピーカーの聴こえ方が補正)されていますので、頭部を上下左右のどの方向に向けても一定の方向から聴こえてくるように感じます。このヘッド・トラッキングの追従は遅延が気になることもなく、優秀と思えます。
音色に関しては、初体験だと通常のヘッドフォン・モニタリングとの感覚の差に違和感を覚えましたが、数曲聴くうちに慣れてきました。自分の居るところよりも少し距離感のある位置で、左右に広がりを持たせてくれます。プラグインをバイパスしてみると、普段聴いている直接音がこんなにも近い距離感なのかと思えます。
次にステレオのほか、マルチチャンネル・スピーカー環境を再現するモードもあるので、自分が参加した映画の5.1ch音響素材を聴いてみます。映画の音響制作における最終ミックスは、通常、上映される劇場の広さや響きなどを想定した再生環境で行います。果たしてその環境が、バーチャルでも再現されるのでしょうか? 音を聴いてみると、音像の定位は先ほどのステレオよりも自然な感じがします。サラウンド・ミックスの包囲感や空気感の表現は、なかなか面白いのではないでしょうか。フロントとリアの表現が向上すると、よりクオリティが上がりそうです。音質に関しては、中低域に通常のヘッドフォン・モニターとの差異を感じます。この辺りはご自身のヘッドフォンに合わせ、別途EQを用意するなどして補正すると、好みのモニタリングができると思います。
NX Virtual Mix Roomが、本物の空間&スピーカーとそん色の無いほどの再現度を有しているかと言われれば、現状はアップデートの余地を感じます。ただ、自分のリファレンス環境において制作した音源を、このバーチャル空間で再生&チェックしてみるのはよいと思います。クリエイターはどんな状況下でも楽しんでもらえる音源を作る必要がありますし、きちんとしたものができていれば、真髄が崩れることなく聴こえて来るでしょう。個人的には、実在の劇場やホール、レコーディング・スタジオなどのプリセットが豊富に搭載されるとよいなと思います。
NX For Windows And Macも
サラウンド音源の再生に適する印象
2つ目にチェックしたのは、スタンドアローン・アプリケーションのNX For Windows And Mac(1,200円)です(画面②)。インストールすると、Macの場合はシステム環境設定の“サウンド”からオーディオ出力として選択できるので、お手持ちのオーディオ・プレーヤー・ソフトやインターネット上にある音源を3Dオーディオで楽しむことができます。こちらもステレオのほか5.1chや7.1chの音源に対応しており、サラウンド音源の包囲感や空気感を体験できるので、映画再生に適していると感じました。

3つ目に試したのは、Android/iOS用アプリのNX Mobile App(画面③)。無償ダウンロードにて提供されており、画面からSpotifyやSoundCloud、デバイス内のミュージック・ライブラリーにアクセスできます。音質は、NX Virtual Mix Roomと同じくステレオ・スピーカーが前方で鳴っているような音場感を再現するもの。オン/オフができるので3D効果の程度を把握できます。

NX Head Trackerは、受け手の視点が固定化される映像作品などの音響において、音の絶対定位を表現するツールとしていろいろな可能性を秘めていると思います。まだまだアップデートの余地はあると思いますが、よりリアリティに富んだ表現ができるようになると、面白い演出ツールになるのではないでしょうか。
(サウンド&レコーディング・マガジン 2017年5月号より)