
柔軟な機器接続や信頼性が特徴の
SoundGridプロトコル
DIGIGRIDと言えば、当初はDigiGrid DLSやDigiGrid IOSといったプラグイン・サーバーとしても使えるイーサーネット・インターフェースが脚光を浴びた気がします。特にDigiGrid DLSは、AVID Pro Tools|HDXシステムに取り入れることで、TDMの時代と同様にWAVESプラグインを録音時にも使うことができるという利点を持っています。僕はDigiGrid IOSを使い始めると、プラグイン・サーバーとしてのイメージに隠された“DIGIGRIDの真価”が何なのか理解するようになりました。そしてイスラエルのWAVESには“2chほどの小さなインターフェースを作るべきだ”と要望していたのですが、ほかからもそういったアイディアが出ていたのでしょう、ついに今回、コンパクトなDesktopシリーズが登場しました。
DIGIGRIDの製品はMac/Windows対応で、SoundGridというイーサーネット・ベースの通信プロトコルを用いています。イーサーネットを使用する製品は、コンピューターに直接つなぐ周辺機器とは違い、例えば家でならイーサーネット・ルーターのポートに差しても使えるわけです。DIGIGRIDのインターフェースもネットワーク・スイッチにぶら下げて使うものなので、これはすなわち1台のコンピューターにひもづけされないことを意味します。そのためコンピューターが複数台あっても、それぞれにSoundGridドライバーをインストールしておけば、ネットワーク内のインターフェースを共有することができます。
例えばDigiGrid IOSのヘッドフォン・アウト1をコンピューター1のモニターとして使い、マイク・イン1〜4をコンピューター1と2へ同時に分配、ライン・アウト1/2をコンピューター2のモニターとして使うことなどが可能です。またコンピューター間での相互な音のやり取りも行え、APPLE MacBookで鳴らしている同社Logicの音をWindowsマシンのSTEINBERG Cubaseにパラで直接録音するようなこともできます。こうしたパッチは、DIGIGRID製品に同梱のソフトSoundGrid Studioで簡単に行えます(画面①)。DigiGrid DLSやDigiGrid IOSなどのサーバーが無くても、DIGIGRID製品が1つでもあればSoundGrid Studioは使えますし、パッチが可能です。また再生中にコンピューターからケーブルが抜けたとしても、差し直せば何事も無かったかのように数秒で復帰します。一般的なUSBオーディオ・インターフェースなどであれば、多くは再起動が必要でしょうが、SoundGridはかなり信頼のおけるプロトコルと言えるでしょう。

僕はこれまでDigiGrid IOSをいろいろな形で使ってきましたが、一発録りの際に各ミュージシャンが1台ずつSoundGridのインターフェースを持っていたら回線がかなり省力できるとか、ステレオ・イン/アウトのインターフェースが家の各部屋にあったらどこからでも録音やミックスが行えるなど想像を膨らませていました。今回のDesktopシリーズは、まさにそういった用途に使えます。
非力さがみじんも感じられない
DigiGrid Dの音が好印象
それではDesktopシリーズの各製品を見ていきましょう。まずはアナログ4イン/6アウトのオーディオ・インターフェース、DigiGrid Dから。本機はマイク/ライン・インとインスト/ライン・インを2つずつ、ライン・アウトを4つ、それらのボリューム・コントロールなどを備えていて、小さなミキサーといった見た目をしています。ハードウェア開発元のDIGICOはPA用デジタル・コンソールのメーカーとして知られていますが、アナログ・コンソールの老舗SOUNDTRACSから来た技術者がリードする企業です。SOUNDTRACSと言えば、DAWが無かったころにPC MIDIという中型卓が人気でした。同社製品は当時からどれもヘッドルームが広く、多少のピークでも味と言っていいひずみを持つ、イギリスらしい音をしていました。
DigiGrid Dも同傾向の音で、小さなオーディオ・インターフェースにありがちな非力さはみじんも感じられず、とても好感が持てます。またノブやボタンがしっかりとしていて、それぞれが単機能である点も好印象です。非常に分かりやすい仕様で、使い慣れれば視覚に頼らず、指と耳の感覚だけで使えることは間違いないでしょう。各チャンネルにぜいたくに使われたLEDメーターは視認性とレスポンスに優れています。全体的に高級感があるというか、業務用卓の一部といった風合いです。



次はアナログ2イン/2アウトのDigiGrid M。音声の入出力はマイク/ライン・インとインスト/ライン・イン、ヘッドフォン・アウトのみというちょっと特殊で小さなオーディオ・インターフェースです。普通なら完全に入門用で、DAWを使いこなしている皆さんにはあまり縁のない構成だと思います。でも既にSoundGridの製品を持っていて、スタジオや家の中に有線LANを引いてあるなら、DigiGrid Mをラウンジなりリビングに置くだけでレコーディング・ブースができるわけです。もちろんこれ1つだけしか持っていなかったとしても、ネットワークにつながっているコンピューターすべてからアクセスしたり、コンピューター間で音をパッチングしたり、SoundGridの可能性を十分垣間見ることができるでしょう。


ヘッドフォン・アウトも良質
大音量時にも高域がつぶれにくい
DigiGrid Qはネットワーク、Bluetooth、AES/EBU、アナログの各ソースを切り替えてモニターできるヘッドフォン・アンプです。このように特殊なデバイスを設計したDIGICOは、やはりいろいろなユース・ケースを考慮したのだと思います。例えばBluetooth経由のスマートフォンの音と、ミックス中のDAWの音をかなり近い条件でモニターするのは大変なことですよね。しかしDigiGrid Qがネットワークにつながっていれば、少なくともヘッドフォンを使う場合はものすごく簡単になるわけです。
そして、DigiGrid Q/D/Mはすべてヘッドフォン・アンプの音がとても良いです。音の大きさは申し分無く、大音量時に高域がつぶれるような印象も全然ありません。ASIOやCore AudioだけでなくWDMの音も出せますから、中でもDigiGrid Qはオーディオ愛好家の方々にもお薦めできるのではないでしょうか。


最後のDigiGrid Sは、PoE(Power over Ethernet)に対応したレイヤー2のギガビット・イーサーネット・スイッチです。音とは関係の無い言葉が並びましたが、イーサーネット経由で電源供給できて、安定したオーディオ伝送の行えるスイッチというわけです。実はDigiGrid D/M/QもPoEで電源を供給できるので、DigiGrid Sにぶら下げれば、それぞれに単体の電源アダプターを用意する必要がありません。これはDigiGrid Sならではの恩恵と言えるでしょう。
レイヤー2は、インターネットで使われているプロトコルTCP/IPよりも下層に位置します。SoundGridを使うデバイスやコンピューターは、IPアドレスではなくMACアドレスを用いてデータをやり取りしています。そのため、TCP/IPの煩雑なハンドシェイクやUDP/IP(UDPはTCPと同層のプロトコル)におけるデータの到着順序の入れ替わりとは無縁の、高速かつ安定した伝送を実現しているのです。しかしこうした通信方法を用いると、ネットワーク・スイッチによってはそこにぶら下がっているデバイスがうまく動かない場合があります。だからこそ今回のDesktopシリーズのように、スイッチ=DigiGrid Sとデバイス=DigiGrid D/M/Qを一緒に発売するのは理にかなっているわけです。とはいえ実際のところは、現行のスイッチなら正常に動作すると思われます。メーカー・サポート外でしょうが、一昔前の100MB/sでリンクされたスイッチにDigiGrid Qをつないだところ、問題なくステレオ・モニターが行えました。


以上、Desktopシリーズはどの製品も応用範囲がとても広く、使い方次第で本当に音楽の作り方や楽しみ方を変えられるような可能性を秘めていると思います。機会があったら、ぜひ試してもらいたいと思います。
(サウンド&レコーディング・マガジン 2016年10月号より)