「SLATE MEDIA TECHNOLOGY Raven MTI」製品レビュー:マルチタッチ対応で高精細画面に直接触れられるDAWコントローラー

SLATE MEDIA TECHNOLOGYRaven MTI
Raven MTIはDAWのコントローラーとして使えるマルチタッチ・スクリーンです。SLATE DIGITALやSLATE PRO AUDIOを率いるスティーヴン・スレート氏のチームが独自開発。同梱ソフトのマルチタッチ対応のRaven Mixerと、自由度の高いカスタマイズ性を持つRaven Tool Barの組み合わせを用いることで、現在のところAVID Pro Tools 10/11、APPLE Logic Pro Xで使用できます。洗練された音楽制作環境の中心に据えられるべく開発されたこのRaven MTIを、作編曲家でありエンジニアとしても活動している筆者の視点から見ていくことにしましょう。

HUIプロトコルを使用することで
OSに関係なくマルチタッチを実現


Raven MTI本体の画面サイズは27インチ。解像度は1,920×1,080ピクセルで、LEDバックライトを採用しておりクリアな画面が印象的です。多くの液晶ディスプレイはボディが樹脂製ですが、Raven MTIはスチール製筐体。剛性を重視した設計になっており、恐らくはタッチ操作の質感の向上のためですが、外観の高級感の向上にも寄与していて、プロ機の風格を醸し出しています。付属スタンドを本体背面に装着すると、水平面から33〜40°で設置可能。画面サイズに対してスタンドの設置面は非常に小さいので、スタジオのアナログ・コンソール上などにも設置でき、実際にスタジオへ置いてみたところ、本体のブラック塗装仕上げも相まって精かんな印象を受けました。コンピューターとはDVI(現在対応しているのはMacのみなので、Mini-Displayポートとの変換コネクターが必要な場合が多い)とUSB、2本のケーブルで接続します。接続が完了したら、SLATE PRO AUDIOのWebサイトからMultitouch Platform、Ney-Fi、Raven MTI Softwareという3つのソフトをダウンロードしてコンピューターにインストールします。Multitouch Platformはタッチ・ディスプレイとのドライバー、インストール後はMac OS X上でカーソルをタッチ操作できるようになります。ただ現状ではMac OS Xそのものはマルチタッチに対応していないので、OS上で行える操作はマウス・カーソルとタップです。説明書には、Ney-Fi→DAWソフト→Raven MTI Softwareの順で行うように指定されています。またRaven MTI Softwareは使用するDAW別に用意されていて、現状では前述のPro Tools 10/11とLogic Pro Xの3種があります。接続とインストールが終わり無事に起動したところで、まずは Pro Tools 11で試してみようと思いますが、ここでもまずPro Tools側で設定が必要です。MIDI入力装置としてV-Control XT1〜XT3にチェックを入れ有効に。ペリフェラルでHUIプロトコルを選び、8chずつHUIプロトコル・コントローラーとしてV-Controlを選択します。この辺りまで作業してRaven MTIの仕組みが何となく分かりました。Raven MTI SoftwareはHUIプロトコルのコントローラーをバーチャルに再現し、画面をマルチタッチ操作すると情報がHUIプロトコルを介してPro Toolsに送受信される、というわけです。 

Pro Toolsのミックス・ウィンドウに
専用ソフトのフェーダーをレイヤー


Pro Toolsに無事認識されたら、Pro Toolsのミキサーとの位置調整をします。Raven MTI SoftwareにはRaven Mixerと呼ばれる画面があるのですが、それをPro Toolsの画面とぴったり重ねる作業です(画面①)。
▲画面① Raven MTI Softwareを起動し、Pro Toolsの画面を隠してみたところ。インターナル・ミキサーでは背景が透けて見えるフェーダー部とPro Toolsのミキサーを重ね合わせて使用する。つまりインサートやセンド、パンなどはPro Toolsのミックス画面をそのまま使用する。Raven MTIオリジナルの操作子で固めたエクスターナル・ミキサー(左写真)も使用できる ▲画面① Raven MTI Softwareを起動し、Pro Toolsの画面を隠してみたところ。インターナル・ミキサーでは背景が透けて見えるフェーダー部とPro Toolsのミキサーを重ね合わせて使用する。つまりインサートやセンド、パンなどはPro Toolsのミックス画面をそのまま使用する。Raven MTIオリジナルの操作子で固めたエクスターナル・ミキサー(左写真)も使用できる
 Raven MixerでPro Toolsのミックス画面下半分を覆ってしまう、という感じでしょうか。Raven MixerとPro Toolsのフェーダーの左右の位置を合わせれば設置〜初期設定は完了。Pro Toolsの画面にオーバーレイされたRaven Mixerは、もうどこからがRaven Mixerか分からないくらい自然に統合されています。それ故ちょっとでもズレると気になるので、しっかり重なるように調整しましょう。また画面の下端に表示されるRaven Toolbarは再生/停止をはじめ、プリロールのオン/オフなど一般的なDAW操作のほとんどを画面タッチで行うことができます。タッチ用に最適化された大きめのボタン類が非常に操作しやすいです。この画面上のフェーダーは、タッチ・ディスプレイのガラス面に指を滑らせると、まるで高級なフェーダーを触ったような滑らかな印象を受けました。そのおかげか音量変化まで滑らかな印象を受けます。実際にリズム・パートのバランスを取ってみると、ちょうどいいバランスのところを見つけやすく、フィジカルなフェーダーの操作に通ずる直感的な心地良さがあります。もちろん実物のフェーダーとは全く異なるメカニズムですから、アナログ・コンソールのフェーダーに慣れている方が操作すると、多少は不自然さを感じるかもしれません。そうやって大まかなバランスを取った後、FineFaders機能を使用すると0.1dB単位で細かく調整することができます(Pro Toolsで言えばcommandを押しながらのフェーダー操作に相当)。より繊細な音量操作が指で行え、素材を思い通りのバランスに調整する作業スピードが速まりそうです。試しに、Raven Mixerを介さずに直接Pro Toolsのミックス画面のフェーダーを触ってみると、当然フェーダーは1本ずつしか動かせませんし、ストロークも短く操作しづらい印象でした。実際に触れてみると、手に汗をかく度合いによっては、滑らかなガラス面を汚すことになり、かなり操作性が落ちます。私自身が緊張すると手に汗をかくので少し気になりました。ただ、付属のスプレーとマイクロファイバー・クロスが非常に強力ですし、そもそも普通はそこまで気にする必要が無いことかもしれません。 

Raven専用ミキサー画面も用意
フェーダーでのセンドも実現


Raven Mixerの機能をもう少し見ていきましょう、好感を持ったのがトラック・アイコン(画面②)。
▲画面② インターナル・ミキサーでトラック・アイコンを指定しているところ。まずアイコンの種類を選択し、トラックをタップするだけでアイコンをつけていくことができる ▲画面② インターナル・ミキサーでトラック・アイコンを指定しているところ。まずアイコンの種類を選択し、トラックをタップするだけでアイコンをつけていくことができる
 各トラックを認識しやすいようにフェーダー下にアイコンを表示させることができ、色分けよりも直感的に認識することができて便利です。また、Raven Mixerは画面全体で22または24トラックの表示が可能ですが、それ以上のトラック数のセッションの場合はBankボタンを押すことで22または24トラック単位、もしくは1トラック単位で切り替わります。さらにRaven Mixerは、前述したオーバーレイ表示のインターナル・ミキサーと、全画面がRaven Mixerの表示になるエクスターナル・ミキサー(P96の写真参照)という2つのモードを切り替えて使用することができます。インターナル・ミキサーの方はPro Toolsのミックス画面のインサートやセンドがそのまま見渡せるのですが、表示のズレが気になる場合などはエクスターナル・ミキサーも良いと思います。エクスターナル・ミキサーでセンド画面を選択すると、PA用デジタル・コンソールのようにセンド量をフェーダーで、マルチタッチでコントロールできるため、複数のチャンネルから同時にリバーブへ送る際などに便利だと思いました(画面③)。
▲画面③ エクスターナル・ミキサーのセンド画面。通常のミキサーとは背景とフェーダーの色が異なるので間違える可能性は低い。パンの下にはセンド系統の指定ボタンが用意されている ▲画面③ エクスターナル・ミキサーのセンド画面。通常のミキサーとは背景とフェーダーの色が異なるので間違える可能性は低い。パンの下にはセンド系統の指定ボタンが用意されている
 次に、タッチ操作をオートメーション・データとして書き込んでみました。大きな音量変化はマウス操作よりしやすいのですが、正直に言えば速いフェーダーの動きはあまり得意ではないようです。とはいえ、HUIプロトコルのフィジカル・コントローラー製品のレスポンスに共通したもので、タッチ・パネルという方式に起因するものではないと感じました。Raven MTIではプラグイン・エフェクトのインサートや操作も可能です。コンプレッサーをインサートしてみてインプット・ノブとアウトプット・ノブの両方を同時に操作できるのか試してみましたが、残念ながら現状ではマルチタッチには対応していません。これはRaven MTI Softwareの機能ではなくPro Tools上での操作となるため、通常のマウスでの操作と同じく同時に扱えるのは1つのパラメーターのみです。しかし、こうして使っていくと、例えばEQプラグインでは通常とは違う周波数ポイントを調整している自分に気がつきました。ユーザー・インターフェースの違いは出来上がる音楽に大きな影響がありますが、マウス操作に比べてフィジカル・コントローラーを使用した作業は音楽的に良い影響を与えるものだと思いますし、Raven Mixerにもそのような効果を感じることができました。 

Raven頻出ショートカットは
手元の大型ボタンでコントロール


続いて、編集画面を見ていきましょう。Pro Toolsを編集ウィンドウに切り替えると、Raven Toolbarにはメモリー・ロケーションやツール・パレットなどのボタンが並び、ツールの持ち替えがタッチ操作で行えます(画面④)。
▲画面④ Raven Toolbar。上段は原則として編集ウィンドウ表示時に登場するもので、クリップのナッジや編集モードの切り替え、ツールの持ち替え、メモリー・ロケーションやズームなどが扱える。下段は常時表示されているもの(格納も可能)。こちらはトランスポートや画面切り替え、修飾キーなどが主に並んでいる ▲画面④ Raven Toolbar。上段は原則として編集ウィンドウ表示時に登場するもので、クリップのナッジや編集モードの切り替え、ツールの持ち替え、メモリー・ロケーションやズームなどが扱える。下段は常時表示されているもの(格納も可能)。こちらはトランスポートや画面切り替え、修飾キーなどが主に並んでいる
 Pro Toolsの画面上でツール選択などをタッチ・スクリーンで行おうとすると、ボタンが小さいこともありマウスに比べてどうしても選択の確実性というか、応答性がよくありません。ボタンの大きなRaven Toolbarなら指先でスムーズかつ確実な操作が行えるようになっています。このRaven ToolbarにはFLOATING MIXERボタンがあり、編集ウインドウの上に小さなミキサーを表示可能。選択したトラックは白く縁取りされます。コーラスの素材など、似たようなトラックが並んでいても素早くどのフェーダーか判断して操作できるのは助かりますね。また、ミキサーの表示バンクの切り替えの際に、control+shiftを押しながらPro Toolsのトラック名をクリックすると、クリックしたトラックがバンクの左端に来るようアサインされます。高速に、しかも認識しやすいように目的のトラックを表示できるので、非常に便利だと思いました。またRaven Toolbarの左端にPro Tools|HD/HDXに対応したインプット・モニター切り替えボタンがあるのが便利なのですが、インプット・モニターがオンになっていても色が同じなので認識しづらく、できればPro Toolsと同じ緑に光ってアピールしてもらえると録音時のミス防止に良いと思いました。ほかにRaven Toolbarの中で便利だと感じたのが、カスタム・マルチマクロ・ホット・キー(画面⑤)。
▲画面⑤ 右下の6つがカスタム・マルチマクロ・ホット・キー。任意のキーの組み合わせをそれぞれのボタンに登録することができる(この画面ではcontrol+option+V) ▲画面⑤ 右下の6つがカスタム・マルチマクロ・ホット・キー。任意のキーの組み合わせをそれぞれのボタンに登録することができる(この画面ではcontrol+option+V)
 Raven Toolbar内の6つのボタンにキー・コマンドを登録できます。例えば、編集ウィンドウで複数プレイリストを展開し、選んだテイク素材をOKトラックに移行する場合のショートカット(control+option+V)をアサインすれば、画面上でドラッグ操作をすることも無く、キーボード・ショートカットを使用せずに、選択した範囲を指一本、画面にタッチするだけでOKテイクがまとめられます。 

ピッチ編集やトラック作りにも便利
手の負担を軽減できる


タッチ・スクリーンでDAW作業をする場合に一番期待されるポイントとして、マウスには苦手なペンシル・ツールでの書き込みがあります。Raven MTIでは直感的なカーブを描くことができ、複雑なボリューム・カーブの描画も容易です。また、ANTARES Auto-Tuneのグラフィック・モードのピッチ・カーブも同様に、タッチ・スクリーン上で書き込むことができました。反対にマウスに向いていてタッチ・スクリーンに不向きな操作というのもあります。説明書にもきちんと“小さなボタンやアイコンの選択は、マウスを使用してください”との記述があり、その点はメーカーも認識しているようです。編集ウィンドウのRECイネーブルやソロ/ミュートなどの小さなボタンは、タッチ・スクリーン上では指先で隠れてしまって確実に押すことが難しいので、マウスを使用するか、ショートカットで操作すればよいと思います。また、Logic Pro Xでも使用してみましたが、個人的に利点と感じたのは、ソフト音源での音色選びです(画面⑥)。
▲画面⑥ APPLE Logic Pro Xでテストしているところ。ソフト・シンセのLENNER DIGITAL Sylenth1で音色を選択しているが、上下に長いメニューは相当な量をマウスでドラッグしなければならないが、タッチ・パネルなら指をすべらせるだけ。手にかかる負担も抑えることができるので、長時間の作業も快適に行えそうだ ▲画面⑥ APPLE Logic Pro Xでテストしているところ。ソフト・シンセのLENNER DIGITAL Sylenth1で音色を選択しているが、上下に長いメニューは相当な量をマウスでドラッグしなければならないが、タッチ・パネルなら指をすべらせるだけ。手にかかる負担も抑えることができるので、長時間の作業も快適に行えそうだ
 多くのソフトでは音色リストをクリックして見つかるまでドラッグし続ける……といった手順になりますが、これは手に負担がかかります。それがRaven MTIのタッチ・パネルではリストの中から選んで、試しに弾いてみる、違ったらほかを試す……といった動作がものすごく楽に行えます。指一本でどんどん音色を選んで試せるので、手のすじに対する負担を軽減でき、酷使による手のけがを防止することもできるでしょう。 以前スタジオで、入手しやすくなったタッチ・スクリーン液晶を使用すれば、プラグインのパラメーターを直接指先で操作できて楽しそうだけど、実際どうなの? Macは対応してる製品は?という話題が挙がりました。そのとき初めてタッチ・ディスプレイでDAWを使用することについていろいろ想像してみたのですが、その段階では“タッチ・ディスプレイを使用するだけではそれほど使いやすくないのではないか”と思いました。Pro ToolsなどのDAWソフトはマウスで画面上のカーソルを移動して、仮想的なフェーダーやノブをコントロールします。だから単にタッチ・ディスプレイがあるだけでは足りず、OS、DAWソフトまでがマルチタッチに対応していない限り、カーソルは1つなので、同時に複数のパラメーターを操作できないのです。その点、Raven MTIはタッチ・スクリーンの情報をRaven MTI SoftwareとHUIプロトコルを介することで、マルチタッチを実現しました。そしてタッチ操作に最適化した画面を用意し、パラメーターを直接指で操作できるという利点をうまく引き出した製品だと感じました。 
▲接続端子類は底面に用意。DVIポート(DVI-Dデュアル)、ACアダプター入力、USB端子が並んでいる ▲接続端子類は底面に用意。DVIポート(DVI-Dデュアル)、ACアダプター入力、USB端子が並んでいる
 (サウンド&レコーディング・マガジン 2014年7月号より)撮影/川村容一
SLATE MEDIA TECHNOLOGY
Raven MTI
310,000円
▪画面解像度/1,920×1,080(HD) ▪外形寸法/676(W)×410(H)×68(D)mm ▪重量/約8.2kg ▪付属品/スタンド、アクティベーション・カード、電源ケーブル&ACアダプター、USBケーブル、DIVケーブル、マイクロファイバー・クロス、ディスプレイ保護スプレー、日本語マニュアル 【REQUIERMENTS】 ▪Mac:Mac OS X 10.7以降、INTEL HD 4000 Graphics Card(512MB VRAM)、4GB以上のRAM、Mac Proでは2.5GHz Xeon Processor ▪ダウンロード提供ソフトウェア:Ney-Fi、Multi-Touch Platform、Raven MTI Software(Pro Tools 10、11、Logic Pro X用)