「SSL Sigma」製品レビュー:DAWのオートメーションでミックスを制御するサミング・エンジン

SSLSigma
SSLからアナログ・サミング・ミキサーとモニター・コントローラーを2Uのサイズにまとめた新機種Sigmaが発売されました。Sigmaは“DAWのオートメーションを利用してミキシングする”というコンセプトを持っています。同社DualityやAWSといったスタジオ・コンソールに搭載されているMDACテクノロジーを使用して、アナログ環境でサウンドをコントロール可能ということです。各社からさまざまなモニター・コントローラーが登場していますが、後発となるこの機種は果たしてどのような性能を持った機材なのか、じっくり吟味していきましょう。

フィジカル・コントローラーは非搭載 専用のソフトウェアでコントロール


機材名はSigmaですが、この製品、“Remote-Controlled Analog Mix Engine”と銘打たれています。まずは機材の特色である“Remote-Controlled”の部分を説明していきましょう。Sigmaには専用のフィジカル・コントローラーはありません。ホストとなるMac/Windowsマシンとイーサーネット・ケーブルで接続し、インターネットを見る際の一般的なWebブラウザーを使います。ブラウザーにSigmaのIPアドレスを入力すれば、専用のソフトウェア画面が表示され、そこで内部の各パラメーターをコントロールできるのです。 ミキサー部分は、SSLのMIDIコントロール・プロトコルであるipMIDIを使い、DAWのMIDIフェーダー(オートメーション・データ)から各チャンネルのレベルをコントロールします。モニター・コントローラーおよび各設定は、イーサーネット接続したコンピューターはもちろん、無線ルーターを介せばWi-Fi接続のタブレットからリモート・コントロールすることが可能です。 Sigmaは後述するようにステレオのチャンネル・インプットを16系統(モノラルで最大32ch入力)持ちます。本機のフロント・パネルには、その16系統分のチャンネル番号とそれぞれのLEDインプット・レベル・メーター、マスター・レベル・メーター、各ファンクションの表示、ロータリー・エンコーダー、カスタマイズできるスイッチ2個のほか、APPLE iPodなどを入力する端子(ステレオ・ミニ)、ヘッドフォン・アウト(ステレオ・フォーン)というシンプルな構成となっています。これはソフトウェアからのコントロールを前提にしているためで、本体だけではロータリー・エンコーダーの右に表示されているファンクション切り替え(エンコーダーを押すことで切り替え可能)と、2個のユーザー・スイッチに割り当てたファンクションの実行しかできません。 ソフトウェアでは、本体のセットアップ、各種コントロール、セーブ/リコールを操作でき、マスター・セクション、チャンネル・ディテール、パラメーター・セッティングの3画面の構成となっています。マスター・セクションでは、ロータリー・エンコーダーで操作するソース設定、表示メーターの切り替え、入力チャンネルのMIX A/MIX Bへの送り設定、モニター・アウトプットの切り替え、カスタマイズ可能な2個のユーザー・スイッチの実行コマンド、ヘッドフォンのソース切り替え、トークバック・マイクのレベル、MIDI LEARNの設定ができます(画面①)。

▲画面① 一般的なWebブラウザーに表示させたSigma専用ソフトウェア。このMASTE R画面では、ロータリー・エンコーダーのソース設定、メーター表示の切り替え、ユーザー・スイッチのカスタマイズなど、入出力関係の基本操作を行う ▲画面① 一般的なWebブラウザーに表示させたSigma専用ソフトウェア。このMASTE
R画面では、ロータリー・エンコーダーのソース設定、メーター表示の切り替え、ユーザー・スイッチのカスタマイズなど、入出力関係の基本操作を行う
チャンネル・ディテールでは、各トラック分のMIXバスのアサイン、ソロ/カット、モノ/ステレオ切り替え、パン(モノの場合のみ)などを設定します(画面②)。
▲画面② 16chそれぞれの設定を行うCH ANNELS画面。MON Oスイッチ、SOLO/C UT、PAN(モノの場合のみ)、MIXバスの切り替えなど、それぞれのチャンネルごと細かく設定できる ▲画面② 16chそれぞれの設定を行うCHANNELS画面。MONOスイッチ、SOLO/CUT、PAN(モノの場合のみ)、MIXバスの切り替えなど、それぞれのチャンネルごと細かく設定できる
そしてパラメーター・セッティングは、AVID Pro Tools、APPLE Logic、STEINBERG Cubase/Nuendo、ABLETON Liveといった、各DAWと連携させるためのipMIDIなどの設定画面です。各パラメーターは簡単にセーブ/リコールができるため、複数のプロジェクトが進行していても、迷うことはないでしょう。

16系統の入力をD-Subで用意 モニター・アウトは2系統


ではこの機材の心臓であるサミング部“Analog Mix Engine”を見ていきましょう。16系統のチャンネル・インプットは、リア・パネルにスタンダート配列のD-Sub25ピン×4で搭載(ch1-4/ch5-8/ch9-12/ch13-16)しています。各チャンネルはステレオ/モノの切り替えが可能です。 入力された音は、DAW側からのレベル・コントロールの後、全チャンネルのダイレクト・アウト(インプットと同様のD-Sub端子を4つ装備)と2系統のステレオ・バス(MIX A/MIX B)に出力することができます(ダイレクト・アウトは常に出力されている)。バスは別出力の2ステレオ・アウトとしても使えますし、MIX BをMIX Aにミックスすることも可能です。またMIX A/MIX Bにはインサートがあり、ウェット100%の通常のインサートと、SUMと呼ばれるウェット/ドライが50%/5 0%のインサート方法を選べます。MIX Aのインサート端子後段に、MIX Bをサミングすることもできますが、この際はステレオ・マスターにアウトボードはインサートできなくなります。 モニター・コントローラー部分を見てみましょう。モニター部分の入力ソースの切り替えは、MIX A/MIX BとCDプレーヤーなどを入力するEXTの3種類があり、3種類切り替えて聴くことも、合わせて聴くこともできます。EXTは背面のD-Subとフロント・パネルのステレオ・ミニの2カ所から入力できますが、この2つを切り替えて出力させることはできません。同時に入力させた場合は、両方の音が出力されます。 モニター出力は、メインとサブ(ALT)の2種類のステレオ・アウトプット(XLR)と先述のヘッドフォン・アウトを搭載。ソースは、MIX A/B、モニター・アウト、ヘッドフォン・アウトを切り替え、独立してレベル・コントロール可能です。モニター・アウトにはモノラル・スイッチと音を小さくするDimが装備されています。Dimにより下げるレベルは任意に設定することが可能です。さらにトークバック・マイク入力(D-Sub)とフット・スイッチ入力も付いているので、録音ブースなどのキュー・ボックスと接続すれば、レコーディングの際に必要なモニタリング・システムはこれ1台で完結するでしょう。 DAWとの連携は、各DAWに対応したコントロール・サーフェスが用意されており、ipMIDIで接続します。16chのMIDIトラックを各入力に対応させオートメーションによりレベル調整ができますが、残念ながらDAW側からのパン設定には対応していないので、専用ソフトウェアから調整することになります。しかし、これにより伝統的なコンソールで行ってきた、アナログ領域でのミックスが可能となります。また各チャンネルのダイレクト・アウトは、このレベル調整の後にアウトされるので、いろいろな使い方ができるでしょう。

色付けの少ない透明感ある音色 サウンドのグレード・アップが可能


実際の音を聴いてみましょう。筆者のスタジオにはSSLのラージ・コンソールのSL9000J、SL4000G+、SL4000GとSPLのサミング・ミキサーMix Dream Model 2384、NEVEのサミング・ミキサー+モニター・コントローラーの8816がありますので、それぞれと聴き比べてみました。ソースはMix Dream Model 2384でミックスした男性ボーカルのセッション・ファイルを使います。結果としては各社それぞれのモデルに特徴があり、優劣を付けるのは難しかったのですが、やはりSSLで、それも同じSuper Analogue回路を採用しているSL9000Jと似た、色付けの少ない透明感のある音色という印象です。 検証をしてみてあらためて感じたのは、最近のDAWのサミング・エンジンは解像度も上がりアナログに肉薄してきている感がありますが、まだまだ上質なアナログ機器にはかなわないということです。特にソフト・シンセで作られたトラックにおいては、リスナーの耳に届くまで一度もアナログ信号になることも無く、コンピューター内部の演算処理のみで進められます。アナログ・コンソールで100%ミックスして、マスター・レコーダーもアナログだったころは、アナログ回路(回線)は時にプラスにも働くが、普通は劣化すると考えられていました。そこで少しでもいい音でリスナーに届けるために、回路(回線)的にパスできるものは省略して純度の高さに気を遣っていたのです。しかし現在は制作スタイルも変わり、ハードウェアの音源も少なくなり、ミックスの際もアナログ・コンソールを使える機会が少なくなりました。そのため、録音の際には色付けの多いアナログ機器を通すなどの作業が重要になっています。そしてミックスの際はリコール性も考え、すべてのサウンド・メイキングとコントロールはDAW上で行いますが、サミングはSigmaのようなアナログ機器を使うことにより、サウンドのグレード・アップを図る方法が現在の主流となっています。以前、同SSLから発売されたX-Deskを使った際、DAW内部でミックスするより良い音が得られると思ったのですが、多用途ミキサーとして設計されたX-Deskよりもサミングに特化しているSigmaは、さらに音質もグレード・アップしていると感じました。   今回、WebブラウサーによるSigmaのコントロールを行ったのは、DAWと同じコンピューターでした。そうなると、アプリケーションの切り替えに一手間かかるので、コントロール専用にタブレットを用意した方が便利だなと思いました。また、DAWのMIDIトラックによるフェーダー・オートメーションとそのレベル・コントロール後のダイレクト・アウトについては、短いテスト時間では完全に把握することができませんでした。しかし、日ごろDAWによるレベル調整に疑問を持っている方には、本機は本領を発揮するでしょう。またその機能が必要無い方でも、サミング・アンプやモニター・コントローラー部分だけでも価格に見合う性能を持っていると思いました。
▲リア・パネルの端子類。上段左からフット・スイッチ入力、ALTモニター出力L/R(XLR)、メイン・モニター出力L/R(XLR)、MIX A 出力(XLR)。下段左からリターン入力(上)、センド出力(下)、ステレオ入力×4(上)、ダイレクト・アウト×4(下/以上D-Sub25ピン)、電源、イーサーネット、USB(システム監視用) ▲リア・パネルの端子類。上段左からフット・スイッチ入力、ALTモニター出力L/R(XLR)、メイン・モニター出力L/R(XLR)、MIX A 出力(XLR)。下段左からリターン入力(上)、センド出力(下)、ステレオ入力×4(上)、ダイレクト・アウト×4(下/以上D-Sub25ピン)、電源、イーサーネット、USB(システム監視用)
サウンド&レコーディング・マガジン 2014年1月号より)
SSL
Sigma
オープン・プライス (市場予想価格:550,000円前後)
▪周波数特性:20Hz〜40kHz(±3dB) ▪最大入出力レベル:+18dBu、+22dBu、+24d Bu ▪THD+N:<0.025%(20Hz〜20kHz) ▪ノイズ・レベル(CHIP to CHOP):<−83dBu @ +24dBu(20Hz〜20kHz)、(CHIP to MIX A):<−75dBu @ +24dBu(20Hz〜20kHz) ▪外形寸法:435(W)×89(H)×320(D)mm ▪重量:5kg 【REQUIREMENTS】 ▪Mac/Windows:ipMIDIソフトウェアをインストールしたマシン、一般的なWebブラウザー