Pro Tools|HDX同等のエンジンを持つPAコンソール・システム「AVID S3L」

AVIDS3L
レコーディング・スタジオでの定番DAWシステムPro Toolsを手掛け、PAでもVenueシリーズを手掛けるAVIDから、ライブ用コンパクト・デジタル・コンソールがリリースされた。既に製品版が発売されているが、今回はAES60周年記念イベントのAVIDブースにて発売直前のプロトタイプをチェックしてみた。

最大64ch入力まで拡張可能
Pro Toolsとの連携もスムーズ


本システムは最大64ch入力、27chの出力バス(Master L/C/R、AUX16ch、Matrix8ch)を持つデジタル・コンソールだ。プロセッサー・エンジンのE3、コントロール・サーフェスのS3、入出力を担うリモートI/OのStage 16で構成され、それぞれのハードウェアをCat5eイーサーネット・ケーブルを使用したAVBプロトコルによってネットワーク接続。実際はコントロール用のECx(EuConプロトコル)も同じ回線でまかなっている。従ってエンジンのE3とコントロール・サーフェスのS3とはCat5eケーブル1本だけで接続可能。ソフトには新たにリリースされたVenue Softwere Ver. 4を使用する。早速各セクションについて見てみよう。●E32Uラック・サイズで、重量は9.5kg。正面にはロック機構付きのACスイッチと、USBポート×1のみ。USBポートが正面にあるのは、乗り込みオペレーターのショウ・ファイル・データ(従来のVenueと互換)やiLokの持ち込みに便利だ。背面にはアナログ(XLR)とAES/EBUが入力/出力もそれぞれ4chずつ搭載されている。

▲E3 ▲E3
●S3(メイン写真)外見は薄くてスマート。サイズは幅710mm×奥行き363mmで、高さは前面32mm〜背面72mmで傾斜している。重量はわずか6.2kgで今までのデジタル・コンソールと比べ、ゴツさはみじんも無い。まるで照明卓のようなルックスだ。上面は16フェーダー、32エンコーダー、各種ボタンが配置されているが、操作の詳細は後ほど。●Stage16(単体価格414,750円)サイズは483(W)×176(H)×206(F)mm、重量は7.1kgで、4Uラック・マウントも可能。正面にはリモート・マイクプリ内蔵の16chアナログ入力(XLR)、アナログ・ライン出力(XLR)と、2系統=4ch分のAES/EBU出力(XLR)を搭載。またAVBは2ポート実装し、2台目以降のStage 16にデイジー・チェーン可能。最大4台まで(アナログ64ch入力、32ch出力、デジタル16ch出力)拡張可能だ。さらにスライド式のミュート・スイッチで全ボックスの出力をミュートすることができる。ステージ転換時に便利な機能だ。なお、ラックへのマウント部分はハンドルとして折り畳み可能で、直立した状態でステージ上にボックスを単独に設置することもできる。この際の接地部(リア・パネル)はラバー素材で保護されており、また背面の電源コネクター部分も切り欠き状になっており保護されているなど、ステージ・フロア上での使用を考慮されている。AVBはオーディオ/ビデオ伝送用の汎用規格で、S3Lでは1本で24ビット/48kHz、64chの入出力転送が可能。またCat5eケーブルをもう1本追加することで、信号の二重化も可能にする。それぞれの機器間の最大ケーブル長は100
mで、AVB対応ハブでの延長や分岐も可能だ。
▲Stage 16 ▲Stage 16
●Venue Softwere Ver. 4(画面①)S3Lをサポートするバージョンで、従来のVenueファミリー間との完全なショウ・ファイルの互換性を持ちながら、以下の新たな機能も追加された。
▲画面① S3L専用のVenue Software Ver. 4のINPUTS画面。従来のVenueとほとんど見た目は変わらないが、S3LのインプットとPro Toolsのトラックとの入力切り替えがいつでもチャンネル単位で行えるようになるなどの改良が施されている ▲画面① S3L専用のVenue Software Ver. 4のINPUTS画面。従来のVenueとほとんど見た目は変わらないが、S3LのインプットとPro Toolsのトラックとの入力切り替えがいつでもチャンネル単位で行えるようになるなどの改良が施されている
◇MEDIAページの追加2トラック(WAVまたはMP3)のUSB録音/再生が可能(E3エンジンのUSBポートを使用)。複数のUSBメモリーも使用できる。◇出力段でのEQ/ダイナミクス各出力で4バンド・パラメトリックEQとダイナミクスを扱える。◇デバイスをドラッグ&ドロップDEVICEページ上でStage 16を、ドラッグ&ドロップで割り当て可能。◇強化されたバーチャル・サウンド・チェック全体またはチャンネルごとに、イーサーネット(AVB)接続されたPro Toolsからの再生を切り替えるインプット機能が新しく追加。従来のVenueでは切り替えに再起動が必要だったが、いつでも切り替えられるようになった。そして従来のVenueシステムからの最大の変更点は、エンジン部であるE3にPro Tools|HDXシステムのDSP部であるHDXカードが採用されていること。それにより、各チャンネル処理が24ビット固定小数点から32ビット浮動小数点に、バス処理は48ビット固定小数点から64ビット浮動小数点へと大幅に改善された。そしてプラグイン・エフェクトはAAX DSPに変更され、音質面でのアドバンテージとスタジオ・サウンドの再現性を確保した。なおPro Tools|HDXとは異なり、DSPカードの増設は不可能だ。またPro Toolsとの統合も注目点の一つだ。AVBポートから直接Mac(AVB対応の関係でThunderbolt内蔵モデルのみ)のイーサーネット・ポートに接続。Pro Tools 11や他のDAWソフトでの32ch録音/再生に対応する。さらにS3は今秋、Pro Toolsや他のDAWのコントロール・サーフェスになり(EuCon対応)、スタジオでの使用も可能になる予定だそう。ライブとスタジオがシームレスにつながってくれる。 

HDXエンジンのパワーと自然なサウンド
コンパクトさと可搬性も魅力


実際に触れてみてまず感じたのは、Venue Softwareとの親和性。今までVenueを扱ったことのあるエンジニアにはおなじみの画面で、マウス&キーボード上での操作はほとんど変わらない。S3上でも、16本のフェーダーと、そのすぐ上のエンコーダーにゲイン/パン/ハイパス・フィルター(HPF)などがアサイン可能で、基本的には従来と同じ。さらに一番上のエンコーダー(左の8つ)には選択したチャンネルのInput、EQ、Comp/Gateなどのメニューが出ていて、どれかを選ぶとそのパラメーターが展開。左上のHOMEボタンでメニューに戻る。この操作法には2分ほどで全く問題なく慣れた。ちなみに最上段のエンコーダーの右8つにはVCAやマスターなどをアサイン可能だ。左側にはA〜Fのフェーダー・バンクとUSERフェーダーのボタン。右側にはEVENTページで設定するエフェクト・パラメーターや、S3Lに接続したPro Toolsのトランスポートも設定できる。今回は展示スペースでの試用だったので、マイクを通してのチェックはできなかったが、デモ用のPro Tools上にあった32chのライブ・レコーディング・マルチ素材を再生し、仮想サウンドチェック的に音を重ね、ラフミックスを作ってみた。従来のシステムと比較検討もできなかったが、音の混ざり方や立ち上がりも自然に感じ、スムーズにミックスすることができ、HDXのパワーの恩恵を感じた。ライブ・サウンドにおいては安定性は最も重視するところ。一度動作中にS3のCat5eケーブルをわざと抜いてみた。音はノイズも無くフッと消え、再挿入してみると音の復帰までわずか2秒程度。ノイズも無く復帰した。もちろんこのテストが安定性を保証するものではないが、システム的に見て一度ダウンしたネットワークを復帰する際に、I/Oを認識するスピードが速いというのは性能的にプラス材料ではないだろうか。 この機能・拡張性・音質面とともに、一人でもセットアップできる機動性、さらに電車でも運べてしまうくらいのコンパクトさ。現状24ch程度のアナログ卓が入る小さいライブ・ハウスには、より省スペースを実現しながらサウンド・クオリティを提供し、また移動の多いPAエンジニアにも自家用車で移動可能なサイズで積極的に機材を運用できるメリットもある。またツアーなどで、例えばリハーサルをS3Lで行い、現地ではVenueシステム(もしくは今後出るであろうより大きな上位互換システム)で、というスムーズな連携も大きな魅力になるだろう。弊社が行っているライブ・レコーディング業務も、このS3Lシステムがあれば……いろんな可能性が見えてくる。一般的にコンパクト・デジタル・ミキサーは、コンパクトにした分、ある程度何かが犠牲になる事が前提で作られている感じがする。しかし本システムは省スペースだが“機能と拡張性は割り引きません”という意思が感じられ、しかも他のデジタル卓より圧倒的にコンパクト! HDXプラットフォームを採用した中〜大規模コンソールの登場も待ち遠しいが、それが登場した後も連携性というメリットを最大に生かせ、息長く使用できるまさに優良製品である。 
▲E3のリア・パネル。左上からアナログ入力×4(XLR)、AES/EBU出力×2、入力×2、下段はアナログ出力(XLR)×4、AVB&ECx用イーサーネット端子×3。右にGPIO(D-Sub 9ピン)、DVI、USB×2、ECx用イーサーネット端子、ワード・クロック入出力 ▲E3のリア・パネル。左上からアナログ入力×4(XLR)、AES/EBU出力×2、入力×2、下段はアナログ出力(XLR)×4、AVB&ECx用イーサーネット端子×3。右にGPIO(D-Sub 9ピン)、DVI、USB×2、ECx用イーサーネット端子、ワード・クロック入出力
▲S3のリア・パネル。左からライト用端子(XLR)、電源スイッチとDC電源入力、ヘッドフォン端子(ステレオ・フォーン)とフット・スイッチ端子(TRSフォーン)、アナログ出力×4(TRSフォーン×2、XLR×2)、アナログ入力×4(TRSフォーン×2、XLR×2)、USB端子×2(キーボード&マウス用)、AVB&ECx用イーサーネット端子×2、ライト用端子(XLR) ▲S3のリア・パネル。左からライト用端子(XLR)、電源スイッチとDC電源入力、ヘッドフォン端子(ステレオ・フォーン)とフット・スイッチ端子(TRSフォーン)、アナログ出力×4(TRSフォーン×2、XLR×2)、アナログ入力×4(TRSフォーン×2、XLR×2)、USB端子×2(キーボード&マウス用)、AVB&ECx用イーサーネット端子×2、ライト用端子(XLR)
▲Stage 16のリア・パネル。下端の凹部の左側に電源コネクターがある。マイクプリ内蔵アナログ入力(16ch)、アナログ出力(8ch)、AES/EBU出力(2系統)やネットワーク用端子×2はフロント側にある ▲Stage 16のリア・パネル。下端の凹部の左側に電源コネクターがある。マイクプリ内蔵アナログ入力(16ch)、アナログ出力(8ch)、AES/EBU出力(2系統)やネットワーク用端子×2はフロント側にある
  (サウンド&レコーディング・マガジン 2013年10月号より)
AVID
S3L
1,869,000円(E3×1、S3×1、Stage 16×1)~ ※価格はシステム構成によって異なる
●E3 ▪デジタル・プロセッシング:32ビット浮動小数点 ▪入力チャンネル:64 ▪バス:AUXバス24ch、L/C/R、モノラル・マトリクス8ch、VCA8ch ▪オンボードEQ:4バンド・パラメトリックEQ(各入出力)、グラフィックEQ×16 ▪オンボード・ダイナミクス:コンプレッサー/リミッター(各入出力)、エキスパンダー/ゲート(各入出力) ▪付属AAX DSPプラグイン:Channel Strip、Dynamics III、EQ III、Mod Delay III、BF-2A、B F-3A、Pultec EQH-2、Pultec EQP-1A、Pultec MEQ-5、Purple Audio MC77、Reel Tape Sat uration、ReVibe ▪外形寸法:483(W)×88(H)×371(D)mm ▪重量:9.5kg ●S3 ▪外形寸法:710(W)×72(H)×363(D)mm ▪重量:6.2kg ●Stage 16 ▪外形寸法:483(W)×176(H)×202(D)mm ▪重量:7.1kg