「IK MULTIMEDIA T-Racks CS Grand」製品レビュー:ミックスからマスタリングまでくまなくカバーするプラグイン・スイート

IK MULTIMEDIAT-Racks CS Grand
 DAWユーザーには、ソフト・サンプラーのSampleTankやアンプ・シミュレーターAmplitubeで既におなじみのメーカーIK MULTIMEDIAからプラグイン統合型ソフトT-Racks CS Grandがリリースされました。T-Racksシリーズと言えば、真空管をモデリングした温かみのある音を特徴としたプラグインとして既に定評のあるツール。時代感を反映しながらパワー・アップしたこのCS Grandを早速ご紹介したいと思います。

マルチバンドのQuadシリーズを含む
16種類のプラグインがバンドル


パッケージにはチャンネル・ストリップのBritish Channel、EQのVintage Tube Program Equalizer、Classic T-Racks Equalizer、Linear Phase Equalizer、コンプ/リミッターのBlack 76 Limiting Amplifier、White 2A Leveling Amplifier、Vintage Tube Compressor/Limiter Model 670、Opto Compressor、Classic T-Racks Compressor、Brickwall Limiter、マルチバンド・コンプ/リミッターのQuad Comp Multi-Band Compressor、Quad Lim Multi-Band Limiter、Classic T-Racks Multi-Band Limiter、ディエッサーのDe-Esser、ステレオ・イメージャーQuad Image、サチュレーターClassic T-Racks Clipperという、ミキシング/マスタリングのさまざまな場面で活躍するであろう16種のVST/RTAS/Audio Units(Macのみ)対応プラグインが収録されています(ソフト自体はスタンドアローンでも動作)。その中でもハイパス・フィルター、4バンドEQ、ローパス・フィルター、コンプレッサー、ゲート/エキスパンダーが搭載されているチャンネル・ストリップ=British Channelと、周波数を4バンドに分割しての個別処理が可能な“Quad”シリーズが今回新規追加されたプラグイン。加えてPeak、Phase、RMS、Spectrumといった各種メーター/アナライザーもしっかり搭載しており、抜かりはありません。T-Racks CS Grandを立ち上げるとウィンドウ上部に8つのスロットが現れるので、そこに任意のT-Racksプラグインをインサートしていきます(画面①)。t-racks_2013ga1画面① インターフェース上部に表示される1-8のスロットにプラグインを立ち上げて処理を行う。スロット1-4はA/Bのパラレル接続も可能8スロットのうち1-4は“Double Chain”としてA/Bのパラレル接続ができ、より複雑な音作りも可能になっています。ウインドウ右上の“Show Chain”ボタンを押せば、プラグインがどのような並びになっているのか一目りょう然(画面②)、t-racks_2013ga2画面② “Show Chain”ボタンを押すと各プラグインのチェーンが一目りょう然また“Compare”ボタンで元音との比較試聴も簡単にできます。ウィンドウの左上はプリセットなどを呼び出すセクション。“Global”でファイルを選択すると複数のプラグイン・チェインのプリセット、“Module”の方ではプラグイン単体のプリセットを選択できます。Globalは“Harmonics”や“Brighter”といった全体の空気感を表したプリセット、Moduleの方は“KICK-Boom”“Drum Comp”といった楽器別の設定が多い印象でした。メーター類の下には設定を4バンク分保存できるA-Dボタンがあり、各設定を聴き比べるのも簡単です。プリセットを触りながら自分好みの設定にした後は、もちろん“Save”ボタンで保存できます。その際フォルダー分けもできるので、目的に応じたプリセットの管理が可能です。

プラグインを個別に購入できる
CS=Custom Shopをビルトイン


基本的な紹介が済んだところで、当ソフト最大の新機能、CS=Custom Shopについて触れていきたいと思います(画面③)。t-racks_2013ga3画面③ T-Racks内で起動するCustom Shopの画面。Webブラウザーを立ち上げることなくオンライン・ショッピングが可能。プラグインの機能によってカテゴリー分けがなされており、目的のプラグインに素早くたどり着けるだろうこの機能はインターネットを介してIK MULTIMEDIAが運営するCustom Shopからダウンロードでプラグインを追加購入、T-Racks内で管理できるというもの。そもそも、このT-Racks CSというソフト自体はWebサイトからフリー・ダウンロードできます。そこからあらかじめ収録されているプラグインの数に比例してClassic→Deluxeという順番でランクが上がり、今回紹介しているGrandが最上位となります。ちなみにフリー・ダウンロード版にも最初からClassic T-Racks Equalizerとメーター類が付属しており、そこから好きなプラグインを追加できるわけです。ちなみに購入前には“Try Before You Buy”という機能で2日間好きなプラグインをデモ使用できるので、目的に合ったプラグインを探すのも容易。Grandでまとめて買うもよし、気になるプラグインを単品でそろえるもよし。買い手に選択の余地があるのはありがたいことです。ちなみに現在Custom Shopで売られているプラグインの中でGrandパッケージに未収録のものは、CSR Hall Reverb、CSR Plate Reverb、CSR Inverse Reverb、CSR Room Reverbなどのリバーブ群ですが、Webサイトに“Custom Shopが約束する、あなたのスタジオの未来”とある通り、ここから先たくさんのプラグインが増えるのを楽しみに待ちたいと思います。

新規追加されたプラグインは
ソリッドな出音が印象的


まずはミックス・ダウンでいろいろと試してみたのですが、個人的に一番使用頻度が高かったのがVintage Tube Program Equalizer(画面④)、t-racks_2013ga4画面 Vintage Tube Program Equalizer。PULTEC EQP-1Aのモデリング・プラグインで、特定の周波数を持ち上げる場合も音が不自然にならないため、マスタリング時にも使えるこれはPULTEC EQP-1Aをモデリングしたプラグインですが、キックをほんの少しブーストさせたりスネアの高域を若干持ち上げることで、ミックスの中で何とも言えない存在感のある音になるので重宝しました。低域が20/30/60/100Hz、高域が3/4/5/8/10/12/16kHzという周波数の設定的にも、ついついリズムにかけたくなります。ミックス時は一度アウトボードを通して再録音することも多いのですが、その感じに近いと言うか。生楽器に使うもよし、派手にブーストするのもよし、いろいろなパートに試しちゃいましょう。UNIVERSAL AUDIO 1176LNをモデリングしたBlack 76 Limiting Amplifierも気持ち良いコンプ感でミックスになじませやすいかと。ハード・コンプレッションが可能な、実機のレシオ同時4つ押しを再現した“All”ボタンもしっかりと用意されています。真空管モデリングを中心としたT-Racks Classicシリーズも良い味を出していて、ClipperやCompは音量を突っ込んでのひずみ感が楽しくていろいろな素材で試してしまいました。やはりパワー感のあるキック/ベースに使用したくなりますが、ボーカルを前に出す際も良かったです。特にCompはインプット・レベル調整ノブの表記が“Input Drive”となっており、それは突っ込みたくもなるというものでしょう。ほかにもステレオ感を調整できる“Stereo Enhancement”が付いていたりと、汎用性は高いです。新搭載のBritish Channelはリズムのステムでプリマスタリング的に使用してみたのですが、見た目の派手さとは対照的に堅牢な出音。後述するQuadシリーズもそうですが、今回新規追加されたプラグインはこれまでのT-Racksの温かな色付けとは趣が異なり、やや鋭めの印象を受けます。その意味では、従来のT-Racksプラグインで個別に色付けして、ステム時にBritish Channelでまとめるというルーティングはなかなか良いかもしれません。またBritish Channelはリリースを速めに設定したゲートの切れ方も好みで、EQを動かしながらの素材作りも面白そうでした。

音作りのヒントにあふれた
質の高いプリセット群


続いてマスタリング時の使用について書いていきます。ここでは新搭載のQuadシリーズを使用してみます。まずLinear Phase EQ、Quad Image、Quad Comp、Brickwall Limiterの順に直列に並べてみました。Linear Phase EQは10Hz〜20kHzまで動かせる6バンドEQで、それぞれハイパス/ローパス/ピーキングに設定できるマスタリング向きの一品です。Quad Imageは4バンドの周波数帯域のステレオ感を個別にコントロール可能。ステレオ感をグラフィカルに把握できるインターフェースも分かりやすく、いい感じです。Quad Compは4バンド仕様のコンプで、ここで最終的な音のバランスを調整し、最後のBrickwall Limiterでリミッティングしていくという流れ。うーん、程よく抜けがありつつも中域になかなかパンチのある仕上がりです。続いてバンクBにGlobalプリセットから“Solid Low End”をセレクトしてみました(画面⑤)。t-racks_2013ga5画面 Globalプリセットを呼び出すと目的の音色を得るためのプラグイン・チェインが立ち上がるこちらはModel 670、Vintage Tube Program Equalizer、Quad Comp、Brickwall Limiterが直列に配置される設定で、名前の通りローエンドを強調した出音。しかし今回の曲にはちょっと低域が強過ぎてひずんでしまったので、Vintage Tube Program Equalizerの低域ブーストとQuad Compの低域のスレッショルドを下げたところ、温かみのある低音が出てきて良い感じになりました。Quadシリーズは4バンドあるので、それぞれのかかり具合を元音と聴き比べながら作業でき、なかなか便利です。ちなみにQuad Comp/Lim、Linear Phase Equalizer、Opto Compressor、Classic T-Racks Equalizer、Vintage Tube Program Equalizer、Black 76、White 2A、British ChannelはL/Rの処理だけではなくMSにも対応しているので、より幅広い音作りが行えます。 今回T-Racks CS Grandを使用した一番の印象は“感覚的に使える”ということ。使っていて“なんか楽しい”というのは、個人的に大事なポイントです。これまでのT-Racksの特徴である温かくしんのある音と新規追加されたQuadシリーズのソリッドな音の組み合わせが、操作と出音の変化のリニア感につながっているのではないでしょうか。ミキシング時には大胆な音質変化を狙って、マスタリング時にはうっすらと色を付けるように意識しながら使うと良いでしょう。Custom Shopの今後の展開にも期待しております!(サウンド&レコーディング・マガジン 2013年3月号より)
IK MULTIMEDIA
T-Racks CS Grand
319.99ユーロ
▪Mac/Mac OS X 10.6以上、INTEL製1.5GHz以上のプロセッサー、1GB以上のRAM▪Windows/Windows XP/Vista/7、INTEL Pentium 4 2.4GHzもしくはCore Duo、AMD Athlon 64以上のプロセッサー、1GB以上のRAM