
ユーザビリティを格段にアップさせた
パッチャー・サイドバー
Max 6を使い始めて、まず目に止まるのが曲線のパッチ・コード。従来のパッチ・コードは直線でしたが、Max 6では柔らかい曲線となりました。単純に見た目の変更ですが、Maxのパッチ画面にはこのパッチ・コードが張り巡らされ、日々パッチ・コードと格闘するわけですから、ユーザーにとってなかなかインパクトのある変更です。ちなみに従来の直線パッチ・コードも選択できるようになっています。Max 6ではユーザビリティが大きく進化を遂げています。最も印象的なのはパッチャー・サイドバーです。パッチャー・ウィンドウ(右上画面)の右側に引き出し可能なサイド・バーが付き、そこにオブジェクト・エクスプローラー(従来のオブジェクト・パレット)やインスペクター、Maxウィンドウ(エラーなどが表示されるコンソール)、さらにリファレンスも集約されています。開発環境としてぐっとモダンになった雰囲気です。なるべくウィンドウを増やさないという方向性は最近のトレンドでもありますね。例えば新しいオブジェクトをパッチに配置するとき、Max 5ではポップアップ式のオブジェクト・パレットを開いてから配置したいオブジェクトを選ぶという手順が基本でしたが、Max 6ではサイドバー上のオブジェクト・エクスプローラーからドラッグ&ドロップすることができます。オブジェクト・エクスプローラーはカテゴリーごとにオブジェクトが整理され、ワード検索なども付いていて、膨大な数にのぼるオブジェクトから使いたいものを素早く見つけられるようになっています。ちなみにサイドバーを閉じているときには従来と同じ要領で各ウィンドウを別々に開くこともできます。もうひとつ印象的なのがサーキュラー・メニュー。配置されたオブジェクトの左側にマウス・ポインターを持っていくとホイール状のメニューが表示され、そのオブジェクトが受け取れるメッセージのタイプやアトリビュートなどの情報表示、インスペクターやヘルプへのショートカットが選べます(画面①)。オブジェクトに対してメッセージを送るパッチを挿入することもできます。▲画面① サーキュラー・メニューで表示されるオブジェクトのアトリビュート一覧の例。サーキュラー・メニューからはインスペクターやヘルプへのショートカットなども可能このほか、パッチのレイアウトを支援する機能も充実しており、グラフィック・ソフトでいうところのスマート・ガイド(隣接するオブジェクトに自動的に吸着したり位置をそろえるためのガイド線が出る)のような機能もあります。操作手順にかかわる変更は、従来バージョンに慣れていると一瞬戸惑うところもありますが、慣れれば格段に快適になるでしょう。それでは最も気になるMSP(Maxの音声処理機能)について見ていきましょう。まず何と言っても64ビット浮動小数点演算の採用です。これは個人的にも長年の要望でした。単純に32ビットから64ビットという音質向上だけでなく、MSPが持つウィーク・ポイントをも改善しています。従来の32ビット浮動小数点演算による音声処理は、最近まで代表的なDAWでも標準的な仕様でしたし、純粋に振幅方向の表現精度として考えると不足はなかったのですが、MSPにおいては振幅以外に、例えばサンプルの再生位置なども表現するため、処理の種類によっては精度不足による音質変化が生じることもありました。64ビット浮動小数点演算では、特にこの点が大きく改善されています。試しに自分の手持ちのパッチで音質変化が生じていたものをテストしたところ、全く気にならなくなっていました! この従来の精度不足の問題は、これまで漠然と"Max"は音が悪い、音が変わると言われることがあった原因のひとつでもあり、それを回避するために苦心する場合もあったので、率直にうれしいところです。ほかにも出番の多いオシレーター"cycle〜"のウェーブテーブル・サイズが拡大されてS/Nが向上するなど、基本的なクオリティ・アップも図られています。これらの複合効果で音が良くなったと実感することも多いのではないかと思います。そしてもうひとつ、ライブ演奏などで重宝するミキサー機能が装備されました。パッチャー・ウィンドウの下部にポップアップ式のボリューム・ノブ、SOLO/MUTEボタンなどが付き(画面②)、複数のパッチを同時に開いた場合に、ひとつひとつのパッチがちょうどミキサーのひとつのチャンネル、というイメージで利用できます。
▲画面② パッチャー・ウィンドウの下にはボリューム、ソロ/ミュートをコントロールが可能なポップアップ・ウィンドウを新たに搭載。各パッチのミキサーとして機能するこれに加え、パッチに変更を加えたときに自動的にクロス・フェードを行い、音声処理が途切れることによる"ブチッ"という音をなるべく出さないようにする機能もあり、これらのおかげで、ライブ・パッチング、つまり即興的にパッチを組み上げながらパフォーマンスを行うようなシーンへの対応力も上がっています。
高速かつ柔軟な処理を可能とする
"Gen"コード生成
アドオン扱いになっているGenは今回のアップデートにおいて最も注目されているコード生成機能です(画面③)。コード生成と言っても和音のことではなく、いわゆるネイティブ・コードのことです。パッチの一部をGenの特殊なオブジェクト・セット=Genオペレーターを使って作成することにより、その部分をネイティブ・コードに変換(コンパイル)して高速に実行することができます。このあたりは少し分かりづらいかもしれませんが、従来のMaxのパッチを丸ごとネイティブ・コードに変換して実行するといった機能ではなく、特に速度を要求される処理などでピンポイントで使うイメージです。このGenはMSPでもJitterでも使用できます。MSPにおいては従来不可能だった1サンプル単位のフィードバックを伴う処理なども実現できる新しい物理モデリング音源やフィルターの設計など、より高度なDSPプログラミングヘの道が開けます。

Max 6は今回紹介した以外にもさまざまな新機能やオブジェクトが追加されているため、実は僕もまだすべてを把握できていません。言い換えれば今回のアップデートがそれほど多岐にわたっているということです。ユーザビリティについてはとにかく気が利いていて感心しました。快適により効率的にパッチ作成を行えるよう、ユーザー目線でいろんなアイディアを盛り込んでいるのが印象的でした。実質的な機能面ではMSPの64ビット浮動小数点演算化にOpenGLのサポートを充実させたJitter、さらに意欲的な新機能であるGenや物理演算も盛り込み、全方向にスケール・アップしている!という印象です。
(サウンド&レコーディング・マガジン 2012年4月号より)