位相差に効果的なエッセンスをもたらす
VARI-PHASEコントロール
まずは操作子から見ていきましょう。フロント・パネル上部はマイクプリ部でマイク・ゲイン(0dB〜66dB)と、ファンタム電源、フェイズ・スイッチで、ライン入力からリボン〜コンデンサー・マイクまで、あらゆるソースに対応します。中央部はコンプレッサーのスイッチと、スレッショルド(−20〜+10dBu)、マイク/DI入力のバランス、SILKスイッチ。コンプのレシオは2:1固定で、コンプに引っかかるとアクティブ・スイッチが青く点灯し、過大入力時にはオーバー・ロード(O/L)が赤く点灯します。下部はDIセクションで、ゲイン(0〜+30dB)、マイク入力との位相差を調節できるVARI-PHASEのノブとON/OFFスイッチ。それに加えて5017とは異なり、前述のファンタム電源とライン入力時のグラウンド・リフトの各スイッチがフロント・パネルに移動していますが、マイク・アウトが無くなって、5017のようにマイクプリとDIを別々に出力できないのは、少し惜しい気もします。また、フロント・パネル以外では内部ジャンパー・スイッチにより、マイク・インプット時のハイパス・フィルタ-
(−12dB/oct@80Hz)も使用できます(出荷時はスルー)。コンプレッサーの基本設定はFAST(アタック5ms/リリース50ms)ですが、これもジャンパー・スイッチでSLOW(アタック250ms/リリース500ms)を選べます。
続いて実際の音質に触れる前に、音の位相差をチェックしていきます。位相は周波数によってズレ幅(時間)が変わりますが、果たして本機はどんな特性なのか、AVID Pro Toolsを24ビット/48kHzにセッティング、本機に音を入力してVARI-PHASEを使って実験してみました。ここではマイクとライン(DI)で、VARI-PHASEを最小/中間/最大と、単独で鳴らしてチェックしました。まずはクリック音でマイクとラインを検証すると、中低域での干渉で音色に違いが出ました。次に波形が単純な1kHzの信号で、どの程度波形上にズレが出るかを検証。オリジナルの音源とマイクとラインの遅延はほぼ同じですが、ラインにVARI-PHASEを最小で入れると5サンプル、中間で17サンプル、最大で22サンプルの差が出ました。予想よりも差が小さかったので、他の周波数でもチェックしたところ、低域ではVARI-PHASEの値を大きくするほどに音量が小さく、10kHz以上の高域は音量が大きくなる......つまり単純に遅延させるのではなく、位相差の影響でブレンド時に効果的なエッセンスを付け加えているようです。これには思わず納得してしまいました。
中低域に粘りのあるキャラクター
サウンドの重心を下げるSILKスイッチ
それではマイクプリの音質を女性ボーカルとアコギでチェックしていきます。自然なプレゼンスと抜けの良さがあり、若干中低域に粘りのあるナチュラルなサウンドです。SILKスイッチを入れると、若干サウンドの重心が下がるイメージで、ビンテージのNEVEっぽく存在感が増します。DIはエレキベースで検証しましたが、スピード感に加えて中低域に十分な量感と存在感がありました。ただしコンプに関してはメーターが無いので、かかり過ぎに注意が必要かもしれません。とはいえ、レシオが2:1固定なこともあり、アコギだと自然で温かい印象がありました。使ってみて気がついたのですが、マイク/ラインのゲインは赤色のノブ、コンプ/フェイズはシルバーのノブ、ブレンドは紺のノブと色分けされているので感覚的にも使いやすく好印象でした。
今回のPortico 517、マイクプリとしてもDIとしても十分に魅力的ですが、マイクとラインを組み合わせるような録音だと、さらに魅力が増すようにも感じました。ビンテージ機器は高価でメインテナンスも必要な上、決して便利な使い方ができるわけでもありません。その点でも本機はルパート・ニーヴ氏らしい魅力的な中域とレンジの広がりに、現代的な進化が感じることができました。API 500互換モジュールになったことで、コストも抑えられたと言う本機、まずはそのサウンドを聴いてみてください!
(サウンド&レコーディング・マガジン 2012年9月号より)