コンパクトに折りたためる
EuroRack互換のケースStation252
まずはTIPTOP AUDIOが注目されるきっかけともなったEuroRack互換のケースStation 252(Silver Bullet:179,000円、Black Widow:165,000円)から見ていこう。実物を見ると想像していたよりもコンパクトで、最大で252HP分のモジュールを格納できる3段のラックが半分に折れ曲がる形状は、BUCHLA 200e Seriesに似ている。左右のピンを外して折れ曲がった状態から広げるアクションは、慣れないうちはどこに手を当ててよいか分からず戸惑うが、マニュアル通りにやるとうまく開くことができた。開いた状態では上の写真のように3段のラックがゆるやかにカーブを描く形になり、非常にクールなルックス。背面に磁石で取り付けられている金属の板状のスタンドを立てることで本体が安定し、机上に自立する仕組みだ。筐体のほぼすべてがアルミなどの軽い金属でできているが、5.9kgという重量は持ってみると案外ずっしりくる。モジュールをフルに組み込んでいればそれなりの重さになるだろうが、折りたたんだ状態では取っ手の付いた工具箱のような形状になるので(写真①)、ケースが無くても安全に持ち運ぶことができるだろう。 電源はラップトップ・コンピューターで使うような小型ACアダプターが付属している。このスイッチング電源を背面のポートにつないで使用するわけだが、別売のモジュールを組み込めば、フロント・パネルでスイッチのオン/オフも可能。また、同社のラックでは"Zeus"と呼ばれる独自開発の電源システムを採用している。モジュラー・シンセは、デジタル/アナログが混在した状態であらゆるモジュールが同じ電源を共有することになるため、電源の脆弱性が問題になりがちだった。Zeusのパワー・ボードは、この問題に取り組んだオーディオ・グレードの回路を採用しているとのこと。今回のレビューを通してTIPTOP AUDIO製品のS/Nが良く感じたのは、もしかしたらこの電源が効いていたからかもしれない。Station 252は段によってパワード/パッシブ2種類のボードが入っており、1段あたりのコネクターが13〜14基、ANALOGUE SYSTEMSスタイルのコネクターが5基搭載されている。どちらのメーカーのモジュールも、変換無しで混在が可能だ。本体がコンパクトな分、ラックの奥行きは若干浅い。奥行きのある基板を搭載したモジュールの中には取り付けられない製品もあるようなので、購入の際は気をつけた方がいいだろう。
オシレーターのZ3000は
アナログながら正確なピッチを発振可能
では各モジュールを見ていこう。Z3000 Smart VCO MKII(28,000円/写真②)は、音の発信源となるオシレーターで、TIPTOP AUDIOのユニークなキャラクターを語る上で欠かせないモジュールと言えるだろう。まず出力可能な周波数レンジが0.7Hz〜30kHzの可変! もはや可聴範囲を超えており、蚊も寄りつかないのではないかというくらいの高い音が出せるし、低い音はモジュレーション・ソースとしてオシレーターをLFO代わりに使う際などに利用できそうだ。 珍しいのは、オシレーターのフリケンシーを可変モードからクロマチック・モード(半音刻み)、オクターブ・モード(オクターブ刻み)に変更できる点。現在のピッチを正確に数字としてディスプレイで確認でき、オクターブ・モードではキーからどれくらいチューニングが外れているかを検出して±50セントの範囲で教えてくれる。チューナー要らずの便利な機能だ。アナログ・オシレーターでありながら正確なピッチを発振できるので、例えばZ3000を複数台用意すれば、倍音やコードを作り出すこともできるだろう。次に外部オーディオ・インプットだが、これはピッチのモニター機能を外部オシレーターに対しても使えるようにしたもの。ただし入力できる波形は下降ノコギリ波に限定されており、それ以外では安定したピッチを検出できないようだ。また、オシレーター・シンクにも注目。通常の"SYNC"に加え、新タイプの"ハード・シンク・モジュレーション(HSM)"を搭載している。金属的だが音程のしっかりした音を作るときはSYNCが重宝するが、HSMはより今っぽい派手さが感じられるハード・シンクだ。ほかにWAVE SHAPERも見逃せない機能。デジタル・シンセにはよくあるが、アナログではまだまだ珍しい。DCからオーディオまで何でも突っ込めるが、ソース次第でいい感じの倍音をサウンドに付加できる。ここまで紹介した機能のほとんどは複数台のZ3000がないと使えないため、最低2台、あるいは3台欲しくなる。そうなればミキサー・モジュールも別途必要になってくるだろう。複数台を同時使用する場合、1つのCVを分配しても安定したCVが供給できるよう工夫されているほか、基板上のジャンパーを変えるとEuroRack上のバスを通じてワイアリング無しでCVを共有することもできる。また今回は試せなかったが、同社純正のStackcableというパッチ・ケーブルがある。これは通常のミニ・プラグを採用したケーブルだが、BUCHLAやSERGEのモジュラー・シンセに採用されているバナナ・プラグのように、プラグの頭に別のプラグをスタッキングして挿せるようになっている。見た目にもカッコいいケーブルだし、これがあれば分配モジュールがなくてもCVを分配できるので、便利。最後に肝心の出音だが、素晴らしく良かった!例えばDOEPFERのVCOは非常にシャープで透明感のあるサウンドを得意としているのに対し、Z3000はぐっと重心が下がった印象。ブリブリ出る低域はビンテージのように全体的に"ワル"な感じのサウンドだ。この暴れ方は、ちょっとほかのメーカーには無いキャラクター。ピッチが安定していてS/Nも良いので古くささは感じられず、モジュレーションの派手さも好印象だった。
Prophet-5のフィルターを再現した
4ポール仕様のZ2040
Z2040 4-Pole VCF(22,500円/写真③)は1970年代にSEQUENTIAL Prophet-5のrev1〜rev2などで使われていた伝説のフィルター・チップ=SSM2040の回路をベースにした、新設計の24dB/oct、4ポール仕様のローパス・フィルター。音について先に触れておくと、フィルターの質感はProphetばりのキレの良さがあり、効果絶大。SSMらしい雰囲気が、ちゃんと感じられる。しかし決定的に違うのはレゾナンスのかかり方。非常に個性的で、どちらかと言えばROLAND TB-303のようなひずみ感があり、Z3000と同様の"ブリブリ感"を感じる。こちらもビンテージ的な良さがありつつ、現代的なセンスも併せ持つフィルターと言えるだろう。
次に機能面を見ていこう。Z2040にはフィルター以外にこっそりVCAが内蔵されている。デフォルトではどういうわけかVCAがフィルターの前段に接続されているが、一般的な配列であるフィルターの後段にVCAが来るよう、内部のピンで変更が可能だ。ただし後段にVCAを配置した場合、VCAにCVが入らない限り信号がブロックされてしまうことになる。一般的に"VC-GAIN"にはエンベロープ・ジェネレーターをつなぐことになるだろう。また、GAINノブにもちょっとした工夫がなされている。左に回しきった"MIN"ポジションから時計で言う2時付近にある0ポジションまでは素直なレゾナンスが得られるのだが、0より右へ回すと途端に"ワル"な感じのレゾナンスになっていく。これが先述した"TB-303っぽい特性"の正体だ。インプット・シグナルが増幅されることで、よりひずみっぽいレゾナンス効果が得られるというわけだ。本機自体で発振できるほか、"VC-RES"に入力したCVでレゾナンスをコントロールできるのも面白い。カットオフのモジュレーション系では、"FM"に入れたモジュレーション信号をさらにモジュレートする"VC-FM"が付いており、カットオフに複雑なFMをかけることで、新たな倍音を付加することもできる。一般的なエンベロープによるスウィープも、フィルターの効きがいいのでなかなか良い印象だ。
モジュラー・シンセの美学!
マトリクス・シーケンサーZ8000
Z8000 Matrix Sequencer(45,000円/写真④)は、水平方向/垂直方向に4系統の4ステップ・シーケンサーを搭載した、いわゆるマトリクス・シーケンサー。4ステップとは何とも少ないと思われるかもしれないが、フレーズを作りたい場合は、各ステップを数珠つなぎにして水平方向/垂直方向に走る1系統/16ステップのシーケンサーにもなる。 使い方だが、このモジュール自体がクロックを持っていないため、まず外部からクロックを入力する必要がある。これはLFOでもいいし、別のシーケンサーからでも構わない。信号は"CLOC
K"端子に入力することになるが、垂直方向の1-2-3-4と水平方向のA-B-C-Dはそれぞれ上から優先的に共有されており、1あるいはAに入力した信号は、ほかの段全体にクロックが行き渡る仕組みになっている。例えば3に入力した場合、その信号は3-4にしか流れず、1-2とは分離されてしまう。ただしステップを頭に戻す"RESET"と電圧の+/−でステップの進行方向を切り替える"DIRECTION"端子は共有されていない。Z8000を1系統/16ステップのシーケンサーとして使用する場合は、下部にあるRT/DIR/CKをインプットとして使う(進行順アイコンの端子がその出力となる)。各ノブの右下には多色LEDが付いており、赤色は4ステップのシーケンサーに、緑色は16ステップのシーケンサーにアサインされている。黄色に光るLEDは赤LEDと緑LEDが交差する部分で、縦横の4ステップが交差する個所は35%ほど強く光るようになっており、視認性に優れる。見た目にも美しく光るマトリクス・シーケンサーは、モジュラー・シンセの美学として、ウソでもいいから(!)ラックに組み込んでおきたいアイテムだ。単純にメロディを奏でさせる装置としてだけでなく、フィルターなどのモジュレーション・ソースとして活用することもできる。激速のクロックを入力し、高速シーケンサーとして複数のオシレーターをグリグリ動かしてみるのも面白いだろう。
カートリッジで機能が切り替わる
ユニークなプロセッサーZ-DSP
Z-DSP(49,000円/写真⑤)はTIPTOP AUDIOの真骨頂とも言えるデジタル・モジュール。プログラムの入った小さなカートリッジを本体中央のスロットに挿すことでディレイやフィルターに姿を変える、オープン・ソースのプロセッサーだ。面白いのは、このデジタル・プロセッサーを"どアナログ"なCVでコントロールできるようにしてある点。これによってほかのモジュレーターから本機のエフェクトを操作することができ、単に"シンセにエフェクターをつなぎました"というのとは全く次元の異なるサウンド・メイクの可能性を秘めている。 チップ状のカートリッジはコンパクト・フラッシュ程度の大きさ。今回試したのはZ-DSP購入時に付属するDragonfly Delayと別売のBat Filterの2種類だが、これ以外にプログラムをコンピューターで自由に書き込めるUSBアダプターNumberzや空のカートリッジBlank Z-DSP Cartridgesが発売されている。カートリッジは電源を入れたまま抜き挿し可能で、挿すと素早くプログラムが起動し挿し替え時のノイズも無い。Z-DSP自体はアナログのステレオ入出力に対応しており、液晶画面にはプログラムに応じた表示が現れる仕組み。カートリッジには最大8個のプログラムが入っており、パネル左下の小さな黄色いボタンを押すことでプログラムを手動で切り替えられる。このプログラム切り替えもCVで可能なのだが、自分でも何がやりたかったのか分からなくなるくらいメチャクチャな音が出て面白い。ここをステップ・シーケンサーで切り替えていくのもいいだろう。プログラムによって異なる3つのパラメーター(VC-DSP)も、ノブやCVでコントロール可能。ほかに面白いところでは"CLOCK"端子が挙げられる。これは内部DSPのサンプリング・レートをモジュレートするもの(!)。例えばZ3000の矩形波をクロックとして、蚊が嫌がりそうな高い周波数でこの端子に入力し周波数を下げていくと、サンプリング・レートがそれに応じて次第に変化し、フィルターとは一味違った感覚の、デジタルなローファイ感が得られるのだ。さらに"FEEDBACK"にも触れておこう。これは出力した音を再び入力側に戻すことで生まれるひずみを、あえて狙った機能だ。使ってみた印象だが、デジタルの良くない音質変化を逆手にと
って、サウンドにローファイなデジタル感を出すのにもってこいだと思った。とにかく音を滅茶苦茶にしてくれるが(笑)、そのサウンド・センスがとてもカッコイイのだ。ただ、サンプリング・レートが32kHzと低く、幾分ハイ落ちした印象があるのが気になる。原音のハイファイさを失いたくない場合は、入力の手前で信号を分岐させ、ミキサー・モジュールなどで混ぜるのもアリだろう。カートリッジも続々登場予定なので、今後もっとすごいことになっていきそうなモジュールだ。
ROLAND TR-808を再現した
ドラム音源モジュール群
最後に紹介するのは、名前からも分かる通り、ROLAND TR-808の音源部分を模した完全アナログのドラム・モジュール。今回試したのはキックのBD808 Bass Drum(12,000円/写真⑥)、スネアのSD808 Snare Drum(14,000円/写真⑦)、そしてオープン/クローズ・ハイハットのHATS808 Hi-Hats(19,000円/写真⑧)だが、ほかにカウベルのCB808 Cow Bell(12,000円)やクラップのCP909 Hand Clap(16,000円)といったモジュールも発表されている。音に関するパラメーター以外の機能は基本的に共通しており、トリガーを外部から受ける機能しか持たない純粋な音源モジュールとなっている。よって使用にあたっては、外部からCVなどのトリガー信号を入力することが前提となる。出力も各モジュールごとに用意されているので、出音をまとめたい場合はミキサーが必要になってくるだろう。
音質に関して言うと、一番本物に似ているのはスネアのSD808で、精密に聴き比べないと分からないくらいそっくりに感じた。BD808も本物に肉薄している。サステインの響き方に若干キャラクターの違いを感じたが、こちらもかなり実機に近い出音と言えるだろう。ハイハットのHATS808については若干TR-808との差異を感じたが、マニュアルを読むと意図的にそのようにサウンド・デザインされているようだ。より音が硬くアタッキーな印象で、実機のTR-808のようにサラッとしたハイハットとは少しニュアンスが異なる。Bandpass Outに備えられたFilter-Q(レゾナンス)、VC-Q(Qを電圧でコントロール)など実機には無い機能も満載。Filter-Qは回し切ると自己発振するので、強烈なインパクトのあるハイハット音も作成可能だ。
一連のTIPTOP AUDIO製品を紹介してきたが、小規模メーカーながら、モジュラー・シンセの"うまみ"をよく分かった製品作りをしているという印象だ。エンベロープ・ジェネレーターなどまだラインナップにはない必須モジュールも数多くあり、すべてをTIPTOP AUDIO製品で賄うには無理があるが、今回試せなかったマルチエフェクトZ5000 Multi Effect(写真⑨)や他社のEuroRack互換モジュールにも面白いものがたくさん出ているので、"いいとこ取り"で集めていくのが正解だろう。"今年はTIPTOP AUDIOをちょっと狙ってみるか"という気にさせられたレビューだった。もっと実際の音作りにも触れたかったが、それはまた別の機会に。 (サウンド&レコーディング・マガジン 2012年7月号より)