中低域の重心がしっかりした再生音
録り音はS/Nの良さが特筆モノ
まず何と言ってもTrack 16が目を引くのはそのルックスでしょう。サイズはCDケース2枚を縦に並べてひと回り大きくした程度。アルミ合金で作られたボディはヘアライン塗装が施され、LEDメーターとバックライト付きボタンの彩りがコントラストを強調し、一層の美しさを際立たせています。キモはパネル中央にたった1つある大きなノブ(マルチファンクション・ノブと呼ぶ)で、10個のバックライト付きボタンと組み合わせて使うという、シンプルでありながら必要な機能に即アクセスできる優れたユーザビリティを実現。とにかくこれを目の前で見せられたら、誰もが欲しくなるような魅惑のデザインだと感じました。さてTrack 16の使用例としては、2つのケースを紹介すると分かりやすいかもしれません。1つは本機の入出力をフル活用する場合。こちらはブレークアウト・ケーブルという、要するに数本のケーブルをひとまとめにしたプラグを背面のコネクターにガシっと装着することで、ケーブルの反対側にあるマイク入力×2(XLR)、ライン入力×2(フォーン)、ライン出力×2(フォーン)、ギター入力(フォーン)、メイン出力×2(フォーン)、MIDIIN/OUTの端子が使えるようになります。また、電源アダプターの接続もこのブレークアウト・ケーブル経由で行います。ブレークアウト・ケーブルは1mくらいなので、本体から少し離れたところでケーブルの接続ができ、配線がゴチャゴチャになりにくいのが利点です。もう1つの使い方はFireWire接続で本体の入出力端子だけを使うというもの。本体にはギター入力(フォーン)、ライン入力L/R(ステレオ・ミニ)、ヘッドフォン出力×2(ステレオ・フォーン、ステレオ・ミニ)といった最低限のアナログ入出力が付いているので、前述のブレークアウト・ケーブルを使わない、いわば機能限定モードのような感じです。例えば旅先のホテルで作業したり、友達宅で録音するという場合に便利。しかもFireWireならばバス・パワーで駆動するので(パソコンの端子が6ピンまたは9ピンのバス・パワー供給に対応している必要あり)、パソコンとケーブル1本でつなげばすぐに使えるのが利点です。ちなみに、本体のリアにはADAT兼S/P DIFデジタル入出力(オプティカル)も用意されています。では再生関連から音質チェックに入ります。筆者は以前、本誌の企画で同社のUltra Lite-MK3 Hybridをチェックし、その素晴らしさに圧倒された記憶があるのですが、Track 16もまさに同じ傾向で、中域はしっかり、低域はどっしりという筆者好みのサウンドであります。特に全帯域にわたって音のピントがバチッと合った感じなので、ミックス時のわずかな音量の動きもはっきり感じられる点が素晴らしい。恐らく本機の特徴である高精度のDDSクロックとAD/DAの関係に起因するものではないかと思われます。続いて録音。Track 16はマイク/ライン楽器/ギターの入力ソースに対応しており、マイク入力はファンタム電源&PADを備えています。まずは声とアコギをダイナミックとコンデンサー・マイクでそれぞれで録ってみました。音質はとても素直で、マイクのキャラクターをそのまま生かした感じが好印象。そして何より感動したのは、良好な操作性とマイクプリのS/Nの良さです。例えば本体にあるMICボタンを押して、LEDメーターを見ながらマルチファンクション・ノブでゲイン調整という作業がスムーズに行えますし、マルチファンクション・ノブは素早く回せば大雑把に、ゆっくりクリックに合わせて回せば1dB刻みでレベル調整を設定することができ、素早いセットアップが可能になります。ゲイン幅が53dBもあるので、かなり特殊な音源でも適正レベルで収録できるわけですが、このゲインを目いっぱい上げてようやく"シャー"というノイズが聴こえてくる程度というのは、相当良好なS/Nだと言えるでしょう。続いてギター入力をチェック。Hi-Z対応なのでギターやベースを直接挿すことができます。早速試したところ、こちらもまずS/Nの素晴らしさに圧倒されました。筆者所有のギターは昔ながらのパッシブ型なので、特に宅録で使う場合はハム・ノイズなどを拾いやすく常々頭を悩ませていたのですが、シンプルに接続しただけで実にクリーンな録り音があっさり実現できてしまいました。インピーダンスが適合されることで、楽器が持つ本来のサウンドをフルに引き出せる......この当然の帰結にMOTUの魔法が加わることでワンランク上のサウンドが構築でき、筆者的にはここだけで買いじゃないかと思ってしまうほどでした。
ミキサー・ソフトCueMix FX付属
エフェクトやアナライザーも用意
ところで本機にはCueMix FX(画面①)というミキサー・ソフトが付属し、パソコン上から各種設定が行えるようになってます。このソフトはDAWとの架け橋を担うものですから作業効率に及ぼす影響は非常に大きく、ぜひとも使いこなしたいものです。主にミキサーとエフェクトから構成され、さらに後述するように特殊な計測機能なども用意されています。まずミキサーはいろいろな使い方がありますが、DAW上の音と本体への入力音(録音ソース)のモニター・バランスを取るというのが基本中の基本。しかもそのモニター・バランスを複数作るなど、プロ・スタジオ並みの凝ったこともできます。また入力のゲイン設定もでき、本体でゲイン数値をいじった際も直ちにソフト上に反映されます。なので、CueMix FXを見ながらゲイン調整を行えば、より素早く正確な設定を行うことも可能。また本体ではできない位相反転などもCueMix FXで行えます。Track16本体だけでも主要な設定はできますが、より細かなセットアップをしたい場合はCueMix FXを使うのがいいでしょう。
もう1つ見逃せないのが内蔵エフェクトです。Track 16には7バンドEQ、スタンダード・コンプレッサー、レベラー(オプティカル・コンプをシミュレートしたもの)、そしてリバーブが内蔵されています。どのエフェクトもかけ録りが可能(正確にはリバーブだけ扱いが少し違うので、こちらに関してはモニター用と考えた方がいいでしょう)。処理はTrack 16のDSPで行うのでパソコン側に負担をかけず、またレイテンシーがほぼゼロという状態で録音作業ができます。EQもコンプもおまけ的なものではなく、実用性は十二分です。またリバーブが本当に素晴らしく、エレキギターのモニター用リバーブとして使ってみたところ、トロットロに溶けてしまいそうなドリーミー・アメリカン・サウンドになりました。さらに、CueMix FXには"あると便利な機能"が用意されているのもトピック。チューナーをはじめ、周波数特性や成分を表示するFFTアナライザーとスペクトログラム、ステレオ信号の位相調整に必須のX-Yプロットやフェイズ・アナリシスなどが用意されています。使いこなせばアナタの録音技術を数段引き上げてくれるものなので、これで勉強してみることを強く推奨します。なお強いて気になる点を挙げれば、CueMix FXの概念が少々独特なので最初は使いづらいかもしれません。まあ慣れれば問題は無いでしょう。
再生能力の素晴らしさは記した通りですが、加えて録音サウンドも優れています。マイクからギターまでワンランク上のサウンドで収録したい宅録家へ強力にプッシュしたいです。
(サウンド&レコーディング・マガジン 2012年10月号より)
▪Mac/Mac OS X 10.5以降(10.5.8以降推奨、10.6/10.7対応)、PowerPC G4 1GHz以上のCPU(PowerPC G5およびすべてのINTELプロセッサーに対応)、1GB以上のRAM(2GB以上推奨)、250GB以上のハード・ディスク ▪Windows/Windows 7/Vista(64ビット対応、VistaはSP2推奨)、INTEL Pentium 1GHz以上のCPU、1GB以上のRAM(2GB以上推奨)、250GB以上のハード・ディスク