手軽に高域/低域の存在感を向上させるエキサイターの新モデル

APHEXExciter
Aural Exciter(以下、AE)は、1975年アメリカ生まれと歴史は古く、長くプロ・オーディオ業界に君臨している2chエキサイターだ。そして本機は、同社のAEおよびBig Bottom(以下、BB)の機能を統合した最新機。開発元であるAPHEXにとって、AEは最初の製品だという。37年も前に生まれ今もこうして第一線で使用されていることが、基本回路の秀逸さを物語っている。AEの開発当初は、製品としては販売せずスタジオに機材をレンタルする形態だったと聞く。驚くべきことに当時のレコードには、スタッフのごとく"Aural Exciter"とクレジットされているものがある。これこそプロデューサーやアーティストがその価値を高く評価していた証しに違いない

1セクションにつきツマミは3つ
シンプルに倍音成分を生成


AEが高域、BBが低域という明確な役割分担で、1chにつきAE/BBそれぞれに3つのツマミのみと操作性も直感的。ちょうどHPFやLPFのようなイメージだ。FREQ-Hzでかかる帯域は指定可能で、さらにAMOUNTでエフェクトの深さを決められる。FREQの可変範囲は、AEが600Hz〜5kHz、BBは60Hz〜200Hzとなっていて、EQとして考えると、"もっと幅広く"と感じてしまうが、実際に使ってみると手ごろな設定であることに気付かされる。ほかに、AEはHARMONICSというパラメーターで倍音の質感をコントロールでき、上げるほどにざらつき感が増しパンチが出てくる。一方BBにはDRIVEというノブがあり、HARMONICSと同じような機能を果たしてくれ、名前の通りドライブ感が増す。EQとの違いは、音源には本来含まれていなかった倍音成分を作り出すことができ、失われた倍音を取り戻したかのような効果が非常に簡単に得られる点。倍音成分の位相調整を行うことで生み出しているようだが、パテントとなっている特殊回路だ。しかも、レベルを上げることなく、ノイズを増やすことなく、それを実現してくれる。同じ効果をEQで出そうとすれば、当然高域成分がブーストされ、音量が上がってクリップするので、入力段でゲインを下げておく必要が生じる。結果的に、高域は上がっても全体の音圧が下がってしまう。しかし本機では、レベルを保ったままで、倍音成分が増えたニュアンスを作り出せることが素晴らしい。このメリットは、低域に働くBBにもそのまま言える。EQでローブーストしようとするとオーバー・レベルを招きやすく、全体のレベルを下げてから低域をブーストすることになりがちだ。しかしBBはその必要がほぼ無く、シンプルな操作で太い低音感が得られる。実際には若干レベルが上がる設定も可能だが、最大レベルが+27dBuと昨今のDAWのフル・スケール・レベルと比較しても数dBほど余裕があるので、ほとんどの場合クリップの心配無くそのまま使用できる。またEQでハイブーストすれば、当然ノイズ成分も上がってきてしまうが、本機の場合は不要なノイズが増えない点も非常にありがたい。こちらもBBでも同様で、ハム・ノイズが目立ったりしないという点で、EQには無いメリットがある。とはいえ、かけ過ぎは禁物で、フルテンにすれば、ひずみ感やざらつき感が目立ってくる。しかしそこは、親切な設計者によって、パネルに適正に使用する範囲が指定されており、その範囲は太い線で表される。さすがに設計したメーカーの指針だけに、相当言い当てている。

レベルを上げることなく
抜けの良さとパンチ感を演出可能


ボーカルやナレーションなどの声に使うと非常に効果的。言葉の明りょう度が上がる。パーカッションに使えばパンチが得られ、ギターに使えば、古くなった弦を新しい弦に張り替えたかのような効果が感じられる。マスター・トラックにかけるのもお勧めで、AEによって抜けが良くなりきらびやかさが増す。またBBにより低音のパワー感が出せる。双方を適量ずつかけることで、ミックス全体に抜けの良さとパンチを加えることもできる。基本的なオーディオ・スペックのクオリティの高さが、このサウンドを支えている。周波数帯域が広いことも魅力で、特に高域の伸びは素晴らしい。説明書のスペックを見ると、周波数特性は10Hz〜35kHzとなっており、一般的なデジタル機器のほとんどが20Hz〜20kHzであるのと比べても非常に広帯域だ。ダイナミック・レンジも最大+27dBuと広く、フル・ビットまで振ったデジタル・ソースをそのままインプットしても極端な設定にしない限り問題無くドライブしてくれる。コンソールと組み合わせるなら、インサートに入れて使用する。設備などでは、音声がシリアルに流れるようにワイアリングする。間違っても、エフェクトのセンド&リターンに入れて、リバーブなどのように原音にミックスしない方がいい。入出力端子としてXLRとTRSフォーンを備え、リア・パネルに備わったスライド・スイッチにて、チャンネルごとに入出力同時に+4dBuと−10dBVを切り替え可能だ。


おかげさまで、私の本拠地であるKim Studioは南青山で25周年を迎えるが、設立当初からAural Exciterを使い続けている。当時の機材はすべてが高額だったので、比較的廉価だったType Bがやっとだった。しかし今は円高も手伝い、当時よりもはるかに高性能なモデルを、こんなに安価に入手できるとは、なんと幸せなことだろう。

▼リア・パネル。左側はCHANNEL 2セクションで、左からOUTPUT(フォーン/XLR)、OPERATING LEVEL切り替えスイッチ、INPUT(フォーン/XLR)、その右はCHANNEL 1セクションで、左からOUTPUT(フォーン/XLR)、OPERATINGLEVEL切り替えスイッチ、INPUT(フォーン/XLR)。右端が電源端子となる




サウンド&レコーディング・マガジン 2012年8月号より)

撮影/川村容一

APHEX
Exciter
45,675円
▪周波数特性/10Hz〜38kHz(±0.5dB)▪ダイナミック・レンジ/120dB▪最大入力レベル/+27dBu(+4dBu設定時、−10dBV設定時は+14.8dBu)▪最大出力レベル/+27dBu(無負荷時)▪外形寸法/482.6(W)×44.5(H)×209.6(D)mm▪重量/2.73kg