
音色は瞬時に選択が可能
サンプリングとは異なるリアルな倍音特性
Chromaphoneはこれまでに多くのフィジカル・モデリングを開発してきたAPPLIED ACOUSTIC SYSTEMS(以下AAS)がリリースしたソフト・シンセです。このソフト・シンセは"アコーステック楽器"に特化していますが、もちろん特定の楽器音しか出せないという意味ではありません。詳細は後述するとして、まずはその概要から見ていきましょう。
このソフトはMac/Windowsに対応し、スタンドアローンかプラグイン(Audio Units/VST)で起動します。モノトーンなパネルと整然と並ぶツマミのマッチングが良い雰囲気ですが、中央に見える筒や板のようなイラストが従来のシンセとは違う印象をもたらしています。音の呼び出しはいわゆるバンク(カテゴリー)選択後に各プリセットをセレクトするという分かりやすい仕様。バンクはマレット系、パーカッション系、鍵盤系、ストリング系、シンセ系、サウンドスケープ系にエフェクト系など12個に分かれています(画面①)。カテゴリーに鍵盤やシンセの名前があることから分かるように、実は広範囲なジャンルを網羅し、多彩なサウンドを出すことが可能になっています。
▲画面① バンクは12に分類され、それぞれ50から100程度のプログラムを持っている。もちろんMIDIによるプログラム・チェンジに対応しているが、クリックも無く瞬時に音色を呼び出すことができる
それではプリセットの音色を聴いていきます。まずはマレット系から試してすぐに"オオ!"と思わされたのが、倍音の気持ち良さです。例えば、実際のビブラフォンを和音で弾くとノート同士が干渉して別の倍音が生まれます。しかし、これがサンプリングだとその干渉具合がイマイチよそよそしいのですが、Chromaphoneはちゃんとした倍音があるので、音が生きているように聴こえます。またパーカッションやベースなどの低域の量感や音圧も申し分無しです。圧巻なのはサウンドスケープ系に代表される不思議サウンドのパッド群。サントラ系の仕事人であればここまでチェックしただけでポチってしまうことでしょう。
音色を構成する基本は
マレットとレゾネーターの組み合わせ
出音に満足したところでもう少し踏み込んで解説しましょう。まず図①を見てください。簡単に言うと図左のマレットやノイズ(あるいは両方)を使って、その隣の素材(最高2つ)をトリガーすると音が出るというのがこのソフトの基本構成です。一番シンプルな例だと、左はマレット、右に木材のピースを選択すればとりあえず木琴の音が出ます。これだけだと誰が作っても同じ音になってしまいますが、実際にはマレットの固さや素材の倍音構成など、さまざまなパラメーターを操作して作り手の意図を反映できる上、弾き手次第でも随分違う音になるのも面白い点です。この右側をレゾネーターと呼びますが、ふたつあるA/BをそれぞれON/OFFしたり、カップリングできる仕様になっています(画面②)。このレゾネーターの後ろにエフェクトが2基控えています。以上が音声信号の流れです。図にはありませんが、ビブラートやLFOなどの変調をかけることもできます。
▲図① Chromaphoneの信号の流れを図で表したもの。レゾネーターの緑と橙は8つの素材の中からひとつを選択する。まずはマレット、ノイズ、あるいは両方を使ってレゾネーターを共振させることから始まる。つまりマレットとノイズをオフにすると音は出なくなる
▲画面② 左のレゾネーターAにはピッチ・エンベロープがかけられるようになっている。LEVELはプラス/マイナスの両方面に調節が可能。VEL(ベロシティ)は鍵盤をたたく強さでピッチをコントロールできる。RATEはデフォルトに戻るまでの時間を変化させられる。ちなみにエンベロープはレゾネーターAのDECAY設定値が反映される。右はレゾネーターA/Bの素材エリアを共にマニュアルにしたところ。各レゾネーター下部にある4つのドットは"クオリティ"と呼び、4段階でサウンドのクオリティを表示する。加えて各パーシャルのレベルを設定できる
このようにかなりユニークな構成なので、実際に音を作る手順に沿って説明していきます。先述したようにマレットとレゾネーターの組み合わせで音を作ります。レゾネーターで最初にやることは素材となるパーツを用意すること。Chromaphoneにはひとつのレゾネーターあたり8つの素材からひとつを選択できます。選択肢は弦、角材、マリンバで使われる裏がへこんだ木材のピース、長方形の板、円筒などがあります。8種類しか無いの?とガッカリすることはありません。各素材は倍音をはじめ、各種のコントロールが可能なので、自由度は呆れるほどに高いです。AASとしてもさまざまな素材を用意したり、ツマミを増やすことは難しくはないでしょうが、あえて"特にパーカッション系などの素材を基に各種組み合わせてシンセサイズする"というコンセプトがChromaphoneということなのでしょう。
素材を選んだら自動的に可変ツマミが現れるので各種の調整をしていきます。DECAY-RELEASEは音量全体のアンプ・エンベロープ、MATERIALは倍音のディケイを、TONEは倍音の音量をコントロールするという具合ですが、最初はパラメーター間の相関関係がつかみにくいので、思い通りにコトが進まないかもしれません。例えば筒を硬いマレットでたたくというようにきっちりと設計するよりも、大雑把な方向性でスタートして、あとは成り行きに任せる方が面白い音に出会えるように感じました。しかし、音作りが好きな人にとっては、これらの作業は苦痛無く楽しい時間になるはずです。
ここまでで筆者が感動した点をひとつ紹介します。2つのレゾネーターをカップリング・モードにすると、構成は並列から直列で接続した考え方に近くなりますが、いわゆる直列がAからBに流れるだけなのに対して、ChromaphoneではAとBは相互に影響を与え合う関係を構築できます。現実の世界でタムタムを2つ並べて片方をたたくと反対側が共振しますが、それと同じような事象をパソコン内のレゾネーター同士で起こせるのです。これはすごいことだと思います!
マレットはたたく強さと素材以外に
ノイズと質感の設定も可能
要素で、たたくモノまでを想定できるのが面白いところです。Chromaphoneではマレットとノイズが用意されています。まずマレット側のパラメーターはたたく強さと、その素材(硬さ)、たたいたときに発生するノイズ量とその質感を設定でき、このノイズがさまざまな効果を発揮します。そもそもマレットと言うと、打ち下ろして鳴らすというイメージがありますが、ノイズを混ぜることができれば、笛に息を吹き込んでいるのと同じ効果が作れるのです。ということは、レゾネーターで筒を選択して息吹で鳴らせば笛になります。そのまま素材を板にしたり、弦にすると......全く想像のつかない楽器が出来上がるというわけです。弦に息を吹きかけて鳴らすって? みたいな(笑)。これこそフィジカル・モデリングの真骨頂ですね。
このマレットにノイズを混ぜるというのはいろんな使い方ができますが、もっとノイズ自体を積極的にコントロールしたいときのために、マレットとは別の専用ノイズ・モジュールも用意されています(画面③)。このノイズはそのまま使うだけでなく、ローパスやハイパスなどとエンベロープやLFOを組み合わせたフィルター変調ができる点が素晴らしいです。グラス・ハープ(ワイングラスのふちを手でなぞって音を発するもの)演奏や、ブリキの板にコーヒー豆をすべらせる雨や波音(古いね)、くぐもったパッドにサウンド・テクスチャー系などなど、多彩なサウンドを独自で構築できるのでノイズって偉いなあと、あらためて感心することができました。
▲画面③ ノイズ・セクションはフィルターを内蔵し、LP/HP/BP/HP+LPから選択ができる。フィルターを選択すると周波数とQツマミが有効になりサウンド・カラーを決めることができる。加えて専用のエンベロープも装備するため、ワンショットから自在なカーブまでを使える。白眉なのはDESTINYで、ノイズの粒子数を増減するような効果が得られる
パネルのツマミを回すと即座に数値が表示されるのも視認性が良いです。加えて特定のツマミではLFOやエンベロープ、MIDI鍵盤やベロシティで変調をかけることができます。その方法がユニークで、ツマミ下にある色のついたKEYやVELの文字上をマウスでなぞると数値が増減でき、その数値に合わせて可変エリアがツマミの周りに表示されます(画面④)。つまりカラー・エリアの面積を見ればそのつまみにどの程度アサインされているかが即座に判明するという仕掛けで、とても賢いアイディアだと思います。また最終段には2基のエフェクトがアサイン可能なのですが、そろそろスペースに限りが見えてきたので、その詳細は上の画面⑤をご覧ください。
▲画面④ 左のツマミの周りにある赤と青のラインは、ツマミ下にあるKEY/VELという文字上をマウスでドラッグすると現れる。ツマミ上が12.0dB/octとなっているのは、文字上をドラッグしている間だけ表示される設定値だ
▲画面⑤ 画面はリバーブの設定時のもので、クラブ/ホール/ラージの3種類を用意するほか、バランス、ディケイ、カラーの調整も可能。エフェクトはリバーブ以外にディレイ/コーラス/トレモロ/ワウ/ノッチ・フィルター/EQ/ディストーション/リバーブとスタンダードなものはひと通りそろえている
このようにChromapnoneは、木片から木琴、金属の板に筒をつければビブラフォン、板切れからシンバルやベル......突き詰めれば本物そっくりの音を作り上げられますが、個人的には先述したように、金属と筒で作ったビブラフォンをたたき台にして金属を弦に変更し、さらに粒子を粗くしたノイズ(そういう設定が可能)でトリガーするとどうなるか......という未知のサウンド作りの方に興味があるので、それをスンナリ実現してくれるこのソフト・シンセには畏敬の念さえ抱いたほど気に入りました。これぞ真のシンセサイズ。とりわけサウンドトラックや音響効果などをされる方、音作りを始めると寝食を忘れてしまうような方は要チェックです。
(サウンド&レコーディング・マガジン 2012年5月号より)