2つのVSTi追加など機能拡充を図った老舗DAWの新バージョン

STEINBERGCubase 6.5
 ここ数年、DAWも円熟してきて以前ほど驚くような新機能を見なくなってきた気がします。どこのメーカーのものを使ってもほぼ同様のことができるようになり、基本的なDAWの機能としてはほとんど完成されたものになってきていると思います。今回アップデートされたCubase 6.5の新機能も一見地味ですが、作業効率に直接かかわる機能拡充がされているので、順番に見ていきたいと思います。

テイクまとめに便利なコンピング機能向上
オーディオ・クオンタイズも簡単に


●コンピング地味な変更だと思うかもしれませんが、個人的にこれが一番重要なので最初に書こうと思います。Cubaseの"レーン"機能はメインのトラックに対し別テイクをキープできるもので、簡単なところではボーカル・トラックや生楽器のテイク管理/コンピングに使われますが、リズム・トラックやSEなどを作成するのにも大変便利な機能です。Cubase 6以前のレーン・システムは慣れたユーザーにとっては素晴らしいものでしたが、どのイベントが選択されていて再生されるのか初心者には分かりづらいこともあり、それを明解にするためCubase 6で機能の拡充が計られました。しかし、この変更は長年使ってきたユーザーにとっては混乱の元になる場合があったため、今回Cubase 6.5でさらにブラッシュ・アップされています(画面①)。具体的にはコンプ・ツールの導入、レーンをオーディオ・トラックにコンバートする機能、重なったイベントを消すためのクリーンアップ・コマンドなどが挙げられます。Cubase 6では、選択されていないイベントをクリックするだけでそのイベントが再生されるように変更されたのですが、Cubase 6.5ではコンプ・ツールに持ち替えて選択する方式に変わりました。といってもコンプ・ツールを選ぶという操作が増えてしまうわけではなく、普通の矢印ツールでも新たに追加されたイベントの中央にあるアイコンをクリックすればそのイベントが再生されるようになり、Cubase 6以前の方式よりも分かりやすくなったと思います。個人的にCubase 6のレーン・システムにはかなり違和感があったので、今回の機能拡充は非常にうれしいです。 ピクチャ 1.jpg 

▲画面① コンピング機能が改善。従来あるレーン・システムはそのままだが、新たに加わったコンプ・ツールに持ち替えて任意のテイクの範囲を選択&クリックするだけで本トラックに反映されるようになった


●ワープ・クオンタイズこれも画面は地味なアップデートですが、やはり作業効率に関するものです。録音されたオーディオ・ファイルをクオンタイズする場合、以前はヒット・ポイントを検出してオーディオ・ファイルをいったんバラバラのイベントに分割し、各イベントをクオンタイズした後、移動によってできたギャップを埋める、という手間のかかる手順が必要でした。今回導入されたワープ・クオンタイズはこれら一連の動作をまとめ、はるかに少ない手順でオーディオ・トラックのクオンタイズができるようになっています(画面②)。若干怪しかったヒット・ポイント検出アルゴリズムもやはりCubase 6で変更され既に精度の高いものになっているので、十分使用に耐えるものになったと思います。 audiowarp.jpg ▲画面② オーディオ・クオンタイズもより簡単に。あらかじめアタック部分でヒット・ポイントを検出しておけば、コマンド一発でオーディオ・クオンタイズができる。従来のようにイベント分割してクオンタイズする手間が省けた

グラニュラー・シンセPadshopを新装備
可逆圧縮のFLAC形式をサポート


今回のアップデートでは2つのVSTiも追加されました。Retrologue(画面③)は、構成を見るとMOOG MinimoogとARP OdysseyとROLAND SH-2を掛け合わせたようなバーチャル・アナログ(以下VA)シンセです。減算合成方式のVAはちまたにあふれていますが、エイリアス・ノイズのほとんど無いスムーズでレンジの広いオシレーターと幅広いモードを持つフィルターは、ほかのどんなVAにも引けをとらない音を出しますし、柔軟なモジュレーション・マトリクスと、何よりとても使いやすくコンパクトにまとまったGUIが秀逸です。実はこのVSTiはSTEINBERG Halion 4とHalion Sonicで使われているVA部分を抜き出して一画面にまとめたものといってもいいと思います。同社創業者であるカール・スタインバーグ氏作のNeonやModel E(これらは最近復刻され無償ダウンロードできるようになりました)などのVSTiと比べると、最近のVAは奇麗な音が出るようになったなあと実感します。 reto.jpg 画面③Padshop(画面④)はその名の通りパッド・サウンドを作ることに特化したVSTiです。音源方式はグラニュラー・シンセシス......多くの人はCYCLING'74 Max/MSPなどで作った"シャーシャーブチブチ"と鳴るような音のイメージかと思いますが(偏見でしょうか・笑)、これはグラニュラーとしては抜群に簡単で使いやすいシンセです。しかも、グラニュラーにありがちな各グレイン(音の粒子)のクロスフェードの関係でプチプチ鳴るような危うい感じは全く無く、滑らかで複雑な倍音を持った音色です。プリセットからエディットしていけば幅広い音作りができますし、パッド以外にも使えます。それからシンセ・オタクとしての立場から言うと、フィルター前段でサンプル・レートとビット・デプスを変えることができて、しかもサンプル・レートがキー・フォローするところがすごいです。何のことだか分からないかもしれませんが、1990年代以前の古いサンプラーは、サンプルのピッチを変える場合、再生するサンプル周波数を直接変えることで実現していました。その出音はいわゆるロービット・サンプラーなのですが、本当はレートを落とすことで例の高域のノイズ(これもエイリアス・ノイズです)が出るのです。Halion 4でもこのサンプル・レートのキー・フォローが使えますが、Padshopでも使えるのはうれしい限りです。ただ1点、グレインのソースとして自分のサンプルが使えないところだけ不満が残りますね。今後のアップデートに期待したいところです。 pad.jpg ▲画面④ こちらも新搭載されたVSTi、Padshop。いわゆるグラニュラー・シンセで、グレイン・ソースにプリセットの波形を選び、グレイン数やデュレーション、スピードといったパラメーターをいじっていくことで不可思議なサウンドを生成可能。パッド・サウンド以外も作れる●VSTエフェクトの追加/改善同社の音楽制作ソフトSequel 3に搭載されているMorph FilterとDJ EQの両VSTプラグインがCubase 6.5でも使えるようになりました。DJ EQはいわゆるアイソレーターみたいにも使えますし、固定のEQポイントも良い感じの場所に設定されていますから、単純ですが意外と効果的です。アンプ・シミュレーターのVST Amp Rackの方は、新たにLimiterとMaximizerが使えるようになり、それに伴ってプリセットも増えました。VST Amp Rack自体は前々からあるプラグインですが、レイテンシーを抑えられる環境ならば、ギターを直接Cubaseに入力してVST Amp Rackでひずませたりエフェクトをかけたりするとハードのアンプ・シミュレーターは要らないんじゃないかと思うほどのクオリティです。ギターを演奏するCubaseユーザーで意外と使っていない方も多いと思いますが、もったいないので使ってみてください。結構良い音がします。●FLAC対応FLACはオーディオ・ファイルを圧縮する技術の1つで、MP3などとは違い可逆圧縮であるという特徴を持っています。この場合の可逆圧縮というのはサイズは小さくなるけれどもクオリティは変わらない、という意味です。Cubase 6.5はFLACをインポート/エクスポートするだけでなく、オーディオ・トラックのファイルそのものにFLACフォーマットが利用できるようになりました。今やファイル・サイズの縮小は以前ほど大きなメリットでは無くなったかもしれません。それでもネットワーク越しにプロジェクト・ファイルをやり取りする際にFLACを使えば、格段に速いスピードでできるということです。


ほかにも64ビットReWire対応(こちらは最近出た無償アップデートの6.0.6でも対応)、SoundCloudへ直接アップロード可能、細かな初期設定スイッチやキー・コマンド・エントリーの追加があります。極端に言えば、Padshopが付いてくるというだけで既にアップデート代の元が取れるんじゃないかと思いますが、一番最初に書いたコンピングは必須機能ですし、Cubase 6ユーザーはアップデートすることをお勧めしますね。また、大量にバグ・フィックスされているのでアプリケーション自体もとても安定しています。
STEINBERG
Cubase 6.5
Cubase 6からのアップデート価格:4,980円 (japan.steinberg.netよりダウンロード) ※2012年1月1日以降にCubase 6を購入したユーザーは無償
▪Mac/Mac OS X 10.6/10.7(32/64ビット)、INTEL製デュアル・コア・プロセッサー、2GB以上のRAM、8GB以上のハード・ディスク空き容量、1,280×800のディスプレイ解像度、Core Audio対応オーディオI/O、ダブル・レイヤーDVD-ROMドライブ、USB端子(USB-eLicenser接続用)、インターネット接続環境(アクティベート用) ▪Windows/Windows 7(32/64ビット)、INTEL AMDデュアル・コア・プロセッサー、2GB以上のRAM、8GB以上のハード・ディスク空き容量、1,280×800のディスプレイ解像度、DirectXまたはASIO対応オーディオI/O、ダブル・レイヤーDVD-ROMドライブ、USB端子(USB-eLicenser接続用)、インターネット接続環境(アクティベート用)