現場感を意識したアナログ・モデリングのドラム専用ソフト・シンセ

FXPANSIONTremor
FXPANSIONからソフト音源のTremorがリリースされました。同社と言えば、リアルな生ドラムにこだわり抜いたBFD2など"この分野はウチの製品に任せておけ"というような専門性の高さが特徴です。Tremorは同社のシンセ、DCAMの技術を応用したドラム専用シンセサイザーです。ちなみにTremorは日本語で"震え・揺れ・振動"という意味ですが、一体どんなサウンドを出すのか、早速レビューしていきましょう。

アナログ・モデリングの発音方式
フロア対応の硬くパワフルな低音


TremorはMac/Windowsに対応し、VST(32ビット/64ビット)/RTAS/スタンドアローンで動作するソフトです。GUIの上部にはLCD Screenと呼ばれるエリアがあり、この部分は"Pattern"(内蔵シーケンサー)、"Graphs"(オートメーションのようなステップ・シーケンサー)、"Mapping"(MIDIコントローラーへのアサイン画面)の3つを切り替えて表示します。続いてGUI下部の機能ですが、左側はドラムの音作りをするエリアで"KIT"と呼ばれ、主にドラム・キットのミキサーの役割をする画面で、シンセサイズをするSYNTH画面と切り替えて使います。右側はエフェクト・セクションで、チャンネルごとのエフェクトとマスター・エフェクトを切り替えます。画面一番下の左側は音作りをする上で一番キモとなるモジュレーション・システムTransmodのボタンが並び、右側にはトランスポートやUNDO/REDOなど、ソフトウェアの制御に関わるボタンが配置されます。Tremorの最大の特徴は、発音方式がサンプル・プレイバックではなく、オシレーターを発音させるアナログ・モデリングであるところです。試しにReset Tremorでパラメーターをまっさらの状態で鳴らすと、"カーン"というようなオシレーターの素の音が出ます。これを加工してドラムの音色を作っていくわけです。これはROLAND TR-808やTR-909などと同じ構造です。本ソフトが持つ8つのチャンネルには、それぞれオシレーターとノイズ・ジェネレーター、LFOを2系統搭載しており、各チャンネルのパラアウトも可能です。まずはプリセットをロードして音色のキャラクターを聴いてみましょう。プリセットはドラム単音/ドラム・キット全体/シーケンスなども含めたプリセット全体の3種類から選択できます。出音は硬くパワフルでダンス・フロアを揺らす(=Tremor)ような低音を出せます。筆者は今までドラム・シンセはもっとピコピコした軽い音のイメージがありましたが、Tremorはそのイメージを覆すような重量感と硬さがあり、オケと混ぜても埋もれにくく、PCM音源では出しにくい質感です。また、今のダンス・ミュージックのトレンドを押さえたホワイト・ノイズやスウィープ音も得意としています。プリセットのパラメーターやモジュレーションのかけ方を見ると、最良のサウンドが得られるように細かく調整されています。各チャンネルには4つのマクロ・コントロールが割り当てられるので、"自分で作り込むのはちょっと......"という方でもプリセットを読み込んで、これら4つのノブをいじるだけで簡単に音作りが可能です。

モジュレーションで909風のキックを再現
ドラムに特化したエフェクト群


とは言え、やはりダンス・ミュージックのビートは自分で音を作り込むことが重要です。TremorもTransmodによる柔軟で自由度の高いモジュレーションが可能なので、これを活用しない手はありません。試しにオシレーターの素の状態からTR-909風のキックを作ってみましょう。まずは、アタックの部分に急激にピッチを下げるモジュレーションをかけますが、このピッチの下降がキックのアタックになる重要な部分です。画面下部のFENVをクリックして、オシレーターのPITCHの外周をドラッグし、FAST ENVに合わせてキックらしいアタック感が出るようにTransmodモジュレーションをかけます。このアサインの操作方法は直感的で分かりやすいですね(画面①)。そうするとキックが発音するごとに、PITCHノブの外周部の矢印がモジュレーションの深さだけ動きます。このTransmod機能はとてもよくできていて、どのパラメーターにどの程度のモジュレーションをかけているか、グラフィックで表示されるので視認性も良好です。さらに、画面中央部のVISUALIZERにリアルタイムの波形表示やエンベロープの形など、マウスを置いた場所の情報が表示されるので、こちらでも音作りの状況を確認することができます。この辺りはソフトならではの便利機能ですね。

▼画面① オシレーターのピッチにTransmod機能を用いてモジュレーションをかける。ノブの周囲をドラッグすることでアサインされ、ドラッグ範囲が割当量になる。パラメーターがモジュレートされると、黒い三角がグラフィックで動くため、視認性も良好


次にMIXERでOSCとNOISEを下げてSUBを上げるとそれっぽいキックになりますが、これだけだとアタックが弱いのでFENVをクリックしてOSCとNOISEをアタックの部分だけ音量が上がるようにFAST ENVに合わせたモジュレーションをかけます(画面②)。オシレーターはそのまま鳴らすと音程感が出てしまうので、OSCの隣のHARMONICSセクションで倍音を加えてひずみ感を出して音程感を薄くします。MIXERでOSCとNOISEを9時くらい、SUBを3時くらいにしたあと、FILTER MODEを4 POLE LOWPASSにして3kHzくらいまで絞って、軽くFASTENVでアタックに合わせてフィルターが開くようにすれば、硬めのTR-909風のキック・サウンドになります。あとは好みに合わせてFILTERの前後段でドライブさせることもできます。

▼画面② ROLAND TR-909風キックを再現したTransmodによるモジュレーションのアサイン状況。この場合はFAST ENV(FENV)をオシレーターのPITCHとボリューム、NOISEのボリューム、さらにはエフェクト部分のDISTORTIONのDRY/MIXにアサインしてアタック感を出している


続いてコンプをかけます。内蔵エフェクトは各チャンネルにつき3系統、マスターでも3系統使用可能です。EQ/フィルター/汚し系/モジュレーション系をはじめ、必要なものは一通りそろっており、ドラムに特化した印象を受けました。ちなみに今回セレクトしたChannel Compはアタックが最大1.20msと速めで、通常のコンプとはかなり異なる仕様。そのせいか深めにかけても音ヤセせずに自然と太くなる印象です。各エフェクトはDRY/MIXを自由に混ぜられるので、薄くディストーションをかけたり、Transmodでアタック部分だけにリバーブやディストーションをかけるという使い方もできます。

ノイズでハイハットをサウンド・メイク
Graph画面でグルーブを調整


次にノイズ波を使ってハイハットを作ります。以前筆者はROLAND Juno-106のノイズ波でハイハットを作っていました。ノイズを16分音符で鳴らし、リアルタイムでエンベロープをいじり音の長さを変化させてグルーブを作るのですが、それをMIDIに記録できないのでオーディオに録音して、あとからの編集が大変でした。さてTremorは同じことができるのでしょうか?まず画面上部のLCD ScreenでPatternページを開き、内蔵シーケンサーにハイハットを16分音符でベタ打ちします。ベーシックとなるハイハットの音色はノイズ波で行います。次にMIXERでOSCとSUBのボリュ−ムを下げて、NOISEのみにします。NOISEはバンドパス・フィルターのようになっているので、出したいTONEノブでノイズの周波数、WIDTHノブでQ幅やステレオ幅を調整します。音色の傾向はFUNKTION ONEのようなスピーカーで鳴らしたときに映える、パキッと乾いた印象を受けました。続いてノリを出すために、画面上部のLCDScreenにGraphsページを開きます。Graph1を選択し、画面下部のG1ボタンを押して、AMPENVのDECAYのスライダーの周囲をドラッグしてモジュレーションを割り当てます(画面③)。するとGraphsのステップに書かれたグラフにハットのディケイの長さを割り当てられるので、Graphsの画面上でグラフを書き、ステップ・シ−ケンサーの要領で長さを調節します。さらにマクロ・コントロールのノブにAMP ENVのディケイを割り当てれば、ここぞと盛り上げたいときに、さらにハットの長さを伸ばすこともできます。

▼画面③ 16分音符で打ち込んだハイハットのディケイを内蔵ステップ・シーケンサーからコントロールしているところ。シーケンサーの棒グラフがAMP ENVのディケイに割り当てられる


ほかにも音作りに便利な機能にRampがあります。これは入力された信号を短い間隔でリピートさせる機能で、リピート回数を設定するRptsとリピートの間隔を調整するRateの2つで構成されます。特にクラップやスネアの音を作るときに便利な機能ですが、Rateを長めに設定してRptsをグリグリと動かすと不思議な連打感が生まれ、面白いロールを作ることができます。もう一つMapping機能も見逃せません(画面④)。これはMIDIコントローラーを併用するときに便利な機能で、コントローラーに割り当てたパラメーターのリストが表示されます。さらに可変幅など細かい挙動もエディット可能。マッピングしたリストは書き出し/読み込みが可能なので、一度コントローラーにマッピングしてしまえば、ほかのプロジェクトでTremorを使用したときに、いちいち割り当て直さなくても同じ状態でコントローラーを使えます。

▼画面④ MIDIコントローラーのアサイン状況が一目で分かるMapping画面。アサインするパラメーターの最小値/最大値やコントロール・チェンジに対する挙動を設定することが可能。また、ホスト・アプリケーションからのオートメーションもアサインできる




全体的な使用感はエレクトリックなダンス・ミュージックに特化しているように感じましたが、オケ中で埋もれにくいため、打ち込み系の音楽全般に合うでしょう。質感や硬さ、音圧などは今のクラブ・ミュージックの現場感をよく研究していると思います。GUIはシンセのパラメーターが多く、モジュレーションも複雑に組まれているため、難解な印象を受けるかもしれませんが、Transmodに慣れてしまうと、逆にこのモジュレーションの柔軟さでサクサクと音作りでき、シンセサイズの楽しさを味わえるソフトウェアだと思います。中でも"硬さと音圧"のある音は、筆者のドラム・シンセへの見方を変えるほど強烈でした。

サウンド&レコーディング・マガジン 2012年6月号より)
FXPANSION
Tremor
12,600円
▪Mac/Mac OS Ⅹ 10.5以降、INTEL Core CPU、512MB以上のRAM、70MB以上のハード・ディスク空き容量、動作フォーマット:Audio Units/VST/RTAS▪Windows/Windows XP(32ビット)/Vista(32/64ビット)/7(32/64ビット)、512MB以上のRAM、70MB以上のハード・ディスク空き容量、動作フォーマット:VST(32/64ビット)/RTAS