往年のシンセ・モジュールをブラッシュ・アップさせたソフト・シンセ

ARTURIAOberheim SEM V
世界的に名高いビンテージ・シンセサイザーを次々とソフトウェアで復刻しているフランスのARTURIA。同社が開発したTAE(トゥルー・アナログ・エミュレーション)と呼ばれる技術は、シンセの回路自体をデジタル・エミュレートするものですが、そのクオリティの高さはアーティストのCDクレジットやブログなどで、何度となくARTURIAの名を見かけることが何よりの証だと思います。そんなARTURIAが今回エミュレートしたのはOBERHEIM SEM。荒削りなオシレーターとマルチモード・フィルターの組み合わせが奏でる独特のサウンドはそのままに、いくつかの新機能を加えたことで、強力なシンセとなっているようです。早速レビューしてみましょう!

往年のOBERHEIM SEMならではの
アナログ特有の暴れ具合を再現


ARTURIA Oberheim SEM V(以下SEMV)はMac/Windowsで動作するソフト・シンセ。まずはザックリと仕様を紹介します。基本は2オシレーター、1マルチモード・フィルター、1アンプ、2エンベロープにLFOがひとつ、というところまでがオリジナルのSEMと同じで、それに2つめのLFOとサブオシレーター、ノイズが追加されています。さらにアルペジエイターとエフェクト、そしてモジュレーション・モジュールズと呼ばれる変調専用ページも用意されています。オリジナルSEMは単音(モノ)しか出ませんでしたが、SEMVではモノ/ポリの切り替えができる上、音色のメモリーや呼び出し、ツマミのMIDIコントロール、LFOテンポをホストDAWと同期させることもできます。ちなみにオリジナルのSEMは20センチ四方くらいの小箱でしたが、SEM Vは当時発売されていた2Voice(SEMを2台内蔵し、鍵盤とアナログ・シーケンサーなどを加えたモデル)を想起させるルックスになっています(もちろんパソコン画面内のGUIですが)。起動はスタンドアローンでもDAWプラグイン(Audio Units/VST/RTAS)でもOK。しっかり64ビットOSコンパチブルです。


ここからはもう少し細かく見ていきましょう。2つのオシレーターはそれぞれノコギリ波と矩形波が用意され、シンクも可能。変調系統はエンベロープと2つのLFOにより周波数とPWMをコントロールします。とりあえずフィルターをスルーして素の音を聴くと、ああ、久しぶりに聴いた懐かしのOBERHEIMサウンドそのもの。バリっとした音は高域から低域までしっかり厚みが感じられ、思わず"あったよねえ!"とつぶやいてしまいました。低い音域でオシレーター・デチューンをさせたときに起こる、アナログ特有の野蛮な暴れ具合などが見事に再現されていて、ARTURIAのTAE技術は大したものだとしみじみ思います。


ところでSEM Vの操作はマウス(あるいはトラック・パッド)でツマミを動かすのが最も一般的だと思いますが、マウス・ポインターをツマミに当てて、グイっと値を増減させるのは窮屈に感じる人も多いかもしれません。特にSEM Vはセンター(12時)でゼロというツマミが多く、何とかならないものかと思っていると、ちゃんと解決法がありました。まず値の増減は左クリック+マウス・ドラッグで粗く、右クリック(Macの場合Control+クリック)+ドラッグで細かく設定ができます。また、ツマミ上でダブル・クリックをすると瞬時にゼロになります。これを知っただけで、音作りのスピードが3倍速くなりストレスを感じなくなりました。


汎用性を高めたディケイ・タイムに加えて
サブオシレーターやノイズを追加


SEM Vの心臓部であるフィルターの仕様は、ローパス、ハイパス、バンドパス、ノッチのマルチモード。特性は12dB/octでレゾナンス付きです。カットオフ変調はエンベロープ2、LFO1/2の3種類から選択可能。早速エンベロープと組み合わせて音を作ってみたところ、もうキレキレです。オリジナルのSEMのエンベロープはものすごく速いディケイ・タイムがトレード・マークですが、その特性がしっかりエミュレーションされており、バッキバキのシンセ・ベースを作れます。このディケイ・タイムですが、オリジナルだと速い分には良いのだけど、遅めのタイム設定は苦手でした。その点もSEM Vはしっかり補正されていて、可変範囲が広がっています。こういうオリジナルにこだわり過ぎない姿勢は評価して良いのではないでしょうか。そうそう、ノッチを試すとかかりがよく分からないと感じる方がいるかもしれませんが、こちらはオリジナル通りです。この控えめとさえ言えるかかり具合がOBERHEIMの"味"なのです。


このフィルター・セクションにはミキサー部もあり、2つのオシレーターのミックスのほか、サブオシレーターかノイズを任意量加えるツマミもあります。このサブオシレーターとノイズを追加したのは大正解。まずサブオシレーターはサイン/ノコギリ/矩形の3波形があり、−1か−2オクターブ下の音域をカバーします。つまりSEM Vでは最高3オシレーターを重ねることができるわけですね。サブを使わなくても十分太いですが、やはりサイン波ベースのような超低域が欲しいとき(ちなみにサブ単独での使用も可能)や、ちょっとした味付けに少しだけ加えたりと、さまざまなシーンでの活躍が期待できるでしょう。他方ノイズはホワイトが用意されています。そして先述のマルチモード・フィルターこそノイズと組み合わせると俄然本領を発揮し、ザーっというだけのノイズを縦横無尽に変容させることができるのです。


多彩な変調を可能にした新機能
モジュレーション・モジュールズ


さて、字数が迫ってきているので、アルペジエイターとエフェクトは画面①②の解説をご覧いただき、続いて強力な新機能であるモジュレーション・モジュールズの紹介をしていきます。SEM Vにはモジュレーション・モジュールと呼ばれる3つのページが用意され、複雑な変調が行えるようになっています。このページは普段はパネル上に見えていませんが、パネル右上のOPENボタンを押すとパネル裏からニョキっと顔を出し、各種の設定が行えるようになります。


▼画面① アルペジエイターはクラシカルな仕様で扱いやすく、モジュレーション・モジュールズとセットで使ってほしい。パネル上にはTUNEとPORTAMENTOも用意。PORTAMENTOは最高2秒まで設定が可能



▼画面② エフェクトはオーバードライブ、コーラス、ディレイの3種類。このパネルではドライ/ウェットのバランスとON/OFFのみだが、裏パネルでもう少し細かくパラメーターを調節できる。最終段のSOFT CLIPは出力を上げ過ぎたときに発生する不快な"デジタルひずみ" を緩和させるための機能



まずは3つのページの概要です。最初はキーボード・フォロー(画面③)で、ほとんどのシンセなら鍵盤の位置でフィルター・カットオフの開き具合をコントロールするために用意されているので、なじみのある方も多いでしょう。SEM Vではユーザーが最大6つまでパラメーターを登録し、同時に使うことができるのがミソです。分かりやすい例を挙げると、高い音を弾くとLFOスピードが速くなり、同時にレゾナンスも効いてくるというようなことが可能になるわけです。


▼画面③ キーボード・フォローではカットオフ、レゾナンス、LFO1の周波数など、ユーザーが登録したパラメーターを任意のカーブで増減可能。ブレイク・ポイントの増減、リニアとエクスポネンシャルどちらのカーブでも変化をつけられたりと、細かい編集ができる



次が8ボイス・プログラマー。このページはSEM Vのハイライトと言っていいでしょう。先ほどのキーボード・フォローでは鍵盤、すなわち音階が対象でしたが、こちらは最大8つまでの音に対してそれぞれのパラメーターを設定することができます。例えばアルペジエイターを自走(HOLD)モードにして、ド・ミ・ソ・シと鍵盤を押すと4つの音が繰り返されます。次にステップ数を3にして、対象パラメーターをカットオフにして、3番目のステップだけフィルターが開くようにします(画面④)。こうすると基本は4拍子を繰り返しているのに、アクセントが3拍子で入るという面白いフレーズを作ることができます。音列はアルペジエイターに入力する音、つまり鍵盤の押し方を変えれば即座に変化するので、いわゆるシーケンサーによるプログラムより全く自由度があるのです。なにしろ最大6種類のパラメーターを同時にコントロールするので膨大なバリエーションを加えることができます。ディレイやコーラスを併用すると一層グルービーな雰囲気が出せますから積極的に使いたいところです。


▼画面④ 8ボイス・プログラマー。左縦に6種類並ぶのがコントロール可能なパラメーター。下に並ぶ1から8の数字がステップ数で、1-3までという選択も 可能。左の設定だと1-3までを繰り返す。またフィルターが選ばれており、グラフが下に行くほどカットオフは閉まり、上に行くほど開く。従ってここでは3 つ目の音だけ開いていることが分かる



またこのページにはもうひとつ別の使い方もあります。1970年代にオリジナルのSEMを複数組み込んだ4/8 Voiceというシンセがありました。これには複数のSEMを一括操作できるコントローラーが付属していましたが、SEM Vではそこからヒントを得て、同じことができるモードも用意しています。"8ボイス・プログラマー"という呼び名はここから来ているようですね。もちろん実際にはオリジナルより高度なことができます。例えば4音のコード・リフを鳴らし、プログラマー側で個別ボイスごとにパン(定位)を設定すると、音がスピーカーの間をくるくる回るような効果も得られるわけです。


3つ目のモジュレーション・マトリクス(画面⑤)は各種の変調を1つの画面上で同時に設定するページです。マトリクスなので複数のたすきがけが可能になるのがミソです。分かりやすいところだと、モジュレーション・ホイールひとつでオシレーター1のピッチとカットオフを同時に動かせたりするわけです。


▼画面⑤ モジュレーション・マトリクスを使えばソースとデスティネーションの関係が瞬時に判別可能だ。アマウントはプラスだけでなくマイナス方向にもアサインできる



この3つのページの中だと何と言っても8ボイス・プログラマーが面白かったです。ユーザーがある程度まで予想して、パラメーターを操作していくと、途中からSEM Vが"こんなのはどうですか?"って返してくれるかのようなインタラクティブ感がたまりません。これはリアルタイム・パフォーマンスで使っても楽しいでしょう。


SEM VはOBERHEIMならではのサウンドを維持しながら現代の作業環境を視野に入れて、うまくまとめ上げたシンセサイザーだと感じました。パネルでの信号の流れも理解しやすく、必要な機能もちゃんとそろっているので、初心者にも安心してお薦めできますし、シンセの肝であるモジュレーション系も充実していて、かつ奥深さもあるので、中級者以上でも十分満足してもらえるものだと思いました。



サウンド&レコーディング・マガジン 2012年4月号より)


ARTURIA
Oberheim SEM V
31,290円
▪Mac/Mac OS Ⅹ 10.5以降、2GHzのINTEL製マルチコア・プロセッサー、1GBのRAM、動作フォーマット:スタンドアローン/Audio Units/VST2.4/VST3(32/64ビット)/RTAS/インターネット接続環境▪Windows/XP/Vista/7(32/64ビット)、2GHzのマルチコア・プロセッサー、1GBのRAM、動作フォーマット:スタンドアローン/VST2.4/VST3(32/64ビット)/RTAS/インターネット接続環境