地域や時代を限定しない
さまざまな楽器音を収録する
とても豊富な楽器の音色だが、アコースティック楽器では、まずさまざまな笛の充実が印象的だ。素朴なリコーダーのようなブルガリアのフルート、ブレス･ノイズ混じりのハワイや中国の竹笛などを収録。すべてキー･スイッチによるバリエーション付きで、リアルなトリルや装飾音符を付加できる。いずれも民族楽器的なクセのある倍音を持っているが、ぱっと聴いただけでは地域や時代が分からないのがいいところだ。一種抽象的なエスニックっぽさは、この製品全体の特徴で、シチュエーションを限定せずに使用できる。打楽器も強力だ。さまざまな太鼓が収録されているが、やはり固有の特徴はうまく薄められていて、程良く柔らかい打音だ。パッチ名には和太鼓の名前も見えるが、日本人が聴いてもそれとは分からないほど。とはいうものの、いずれも間違いなくリアルな太鼓のサウンド。しかもどこか原始的だったり自然な質感を持っているので、音色だけで雰囲気を演出できる。太鼓以外にも、シェイカーやウィンド･チャイム、レイン･スティック、マリンバなど数多くの打楽器を収録。通常の楽器とは異なる素材のものも含まれていて、貝殻や木片などさまざまな物体がこすれ合ったり、ぶつかり合うような音色としても使用できる。マリンバも、アフリカとも東南アジアともつかない独特の倍音を持つものだ。筆者が個人的に気に入ったのは、女性のソロ･ボイスのパッチだ。ロング･トーンの単音マルチサンプルだが、アタック感とビブラートが絶妙で、鍵盤で演奏しても全く違和感無くフレーズがつながる。何語とも特定できない母音でハミングしているので、架空の民謡や宗教音楽のような旋律が簡単に作れる。また、ボイス系では低い男声の呪術的なドローンのフレーズ･サンプルも収録しており、何とも雰囲気のある世界が出現する。さらに、シンセによるパッド音色も数多く内蔵。多数のサンプルや非整数倍音素材などを複雑にレイヤーした深みのある音色は、それ自体に動きがあるので、ロング･トーンで押さえっぱなしにしているだけでもサウンドトラックとして成立する。ほかにも、定番のケルティック･ハープや尺八のブレス･アタックも収録するなど、楽器の音色はとにかく充実。いずれも、深いアンビエンスを伴った完成された音色で、適当に弾いているだけで雰囲気のあるフレーズが次々に思い浮かぶ。
本ライブラリーでしか得られない
ユニークなSEも魅力的
ＳＥでは、鳥の鳴き声がユニークだ。実際の鳥を録ったのではなく、バード･コール（バード･ウォッチング用の器具）によるものが多いため、それだけにクリーンで使いやすい音で録音されている。1種類の鳥だけでも10音色程度の豊富な表情の鳴き声がキー･スプリットされていて、それが20種類あり、そのほかにも実際の鳥を録音したと思われる音色も9音色ある。これだけでもライブラリーとしての価値が感じられる。さらに、カエルや爬虫（はちゅう）類の鳴き声のようなサウンドや、小動物が水辺を動いているようなピチャ、ポチャといった音、ネズミのような鳴き声やざわめき、さらに猛獣の遠ぼえを思わせるような声を収録。これらは、キー･スプリットではなくキー･スイッチによって音色を変えるようになっているのも気が利いている。鍵盤で音の高低を変えて動物のサイズを表現したり、複数の鍵盤を押して数を増やしたりできるわけだ。これら動物の鳴き声は、楽器同様、それらしい雰囲気を持ちながらも、特に動物が特定できるわけではないので、やはりシチュエーションを選ばずに使用できる。楽器同様深いアンビエンスのついた空間を感じさせる音なので、適当に選んでちりばめるだけで、明け方や夕暮れ、深夜など森のさまざまな表情が演出できる。本ライブラリーは、まさに深い森の情景を演出するのに最適だ。通常こういった音世界を作るには、さまざまな民族楽器やSEなどを組み合わせるのだが、これだけですべてが賄えてしまうほどの充実ぶり。ファンタジーやSFのサントラ制作はもちろん、ニュー･エイジやニュー･アコースティック系の曲作りに用いてみるのも面白いだろう。
（サウンド＆レコーディング・マガジン 2012年2月号より）
