
周波数/定位/音量を視覚的に表示
フィルター臭さの無い音量調整が可能
まずは、本ソフトを構成する2つの主な技術について説明していきましょう。V-Remasteringは、オーディオ信号に対して周波数ごとにレベルや定位といった音楽的情報を抽出して、各音色のバランスから残響の再構成までをトータルに制御するROLAND独自の信号処理技術。そしてVariPhraseはオーディオ・フレーズを構成する3つの要素......ピッチ(音程)、タイム(時間)、フォルマント(声質)を独立してリアルタイムに制御する技術。こちらも同社独自の信号処理技術です。R-Mixでは、このうちピッチとタイムのコントロールができるようになっているようです。早速2ミックスを取り込んで再生してみます。取り込み方としては、オーディオ・ファイルのドラック&ドロップではなく、メニューの"素材の取り込み"から取り込みたいオーディオ・ファイルを選択するという手順(画面①②)。取り込める素材は16ビット/44.1もしくは48kHzのWAVかAIFF(AIFFはMacのみ)で、ステレオ/モノラルの両ファイルに対応しています。ファイルを取り込むと、画面下のトラックに取り込んだファイルの波形が表示されます。トラックはステレオで2系統用意され、時間軸に沿ってボリュームのオートメーションを書いたり、ループの設定が可能です。
▼画面① オーディオの読み込みはメニューから行う

▼画面② "素材の読み込み"をクリックすると、パソコンのハード・ディスク内のオーディオ・ファイルを選択する画面が表れる。読み込めるファイルは16ビット/44.1もしくは48kHzのWAV/AIFFとなる

▼画面③ HARMONIC PLACEMENTにグラフィックを表示させたところ。縦が周波数、横が定位、グラフィックの色が音の強さを示し、赤が強く、青が弱い。画面中央の赤枠が"窓"で、窓の内側のレベルや定位をINSIDEで、窓の外側のレベルや定位をOUTSIDEで調節していく仕組みになる

▼画面④ "窓" はHARMONIC PLACEMENTの左上"SHAPE"で四角形から円形に切り替えることも可能。だ円や真円など形や大きさも変えられる

▼画面⑤ 2ミックス・ファイルからボーカル部分を消したところ。窓でボーカルの部分を囲む→INSIDE LEVELのLEVELを−INFにするという工程のみ。これでカラオケも作れる

▼画面⑥ ボーカル部分のみを抽出したところ。こちらはボーカルの部分を窓で囲む→OUTSIDE LEVELのLEVELを−INFにして窓の外の音を消すのみ

任意のパートにエフェクトをかけたり
ノイズを消したりすることもできる
ここまで紹介した本ソフトの機能を応用すれば、2ミックスのバランス調整などにかなりの威力を発揮すると思います。しかもそのやり方も、先ほど試したのと同じように、INSIDE LEVELとOUTSIDE LEVELを変えるだけ。実際に2ミックスのボーカルのバランスを少しだけ下げる、または上げるといった作業を行ったところ、EQでボーカルの帯域をブースト/カットするよりも自然かつ簡単にバランス調整ができました。さらに本ソフトは、窓で囲んだ部分にComp1/Comp2/S.Delay/M.Delay/L.Delay/RoomRev/Hall Rev/Plate Revという8種類のエフェクトを使用することもできます(画面⑦)。やり方はこちらも簡単で、HARMONIC PLACEMENTの左上にある"EFFECT" 設定画面で行います。まずは"TYPE" からかけたいエフェクトを選び、DEPTH(0〜100)のスライダーで量を調整するだけです。PA卓からのアウトの2ミックスやホールで行ったライブ録音などでも、特定のパートへリバーブをかけたり、コンプをかけたりが容易にできてしまいます。ただし、窓の中の音にしかエフェクト処理ができず、そのとき使えるエフェクトも1種類のみになりますが、特定のパートにリバーブとディレイをかけたいといった場合は、tr2に同じ音源を同時に走らせ、tr1ではリバーブ処理、tr2ではディレイ処理を行い、同時に再生しながら音量のバランスをとれば2つのエフェクト処理もできます。
▼画面⑦ エフェクトはコンプ/ディレイ/リバーブ合わせて8種類。窓の中の音に1つだけかけることができる。TYPEでエフェクトを選択→DEPTHで調節という簡単操作だ

▼画面⑧ ノイズ・キャンセル機能も、エフェクト同様に使用可能。こちらは4種類用意されており、窓の中/外両方のサウンドに適用される

VariPhrase機能により
テンポやピッチもリアルタイムに変更可能
そのほかにも、本ソフトはいろいろな用途が期待できます。例えば楽曲の分析や楽器の練習に使える機能も充実。HARMONIC PLACEMENTの右側に配置されたVariPhraseセクション(画面⑨)の"TEMPO" のスライダーを左に動かすと、最大で通常の半分のスピードまでテンポを落とすことも可能。逆に右に動かしていくとテンポは速くなり、最大で通常の1.3倍速で再生することが可能です。これらを使えば、練習したいパートを抜き出した後、再生スピードを落として演奏の分析をしたり、波形上のマーカーからの再生や、練習したい部分のループ・ポイントの設定、VariPhrase機能でのキーの変更("PITCH"のスライダーでは半音単位で上下1オクターブまで、"FINE"のスライダーでは1セント単位で上下50セントまで変化可能)で歌や楽器のキーを合わせ(キー変更の音質変化もとても自然でした)、マイナスワンでカラオケ・トラックを作り、もう片方のトラックに自分の歌を録音するような使い方も考えられます......好きなアーティストのトラックに、自分の歌を乗せてしまうことができるんですね! このとき、簡単なミックス・ダウンから2ミックスのファイルの書き出しまでできてしいます。書き出しは、ミュート/ボリューム・エンベロープ/HARMONIC PLACEMENT/VariPhrase/エフェクト/スライダーの情報が反映された状態で、16ビット/44.1kHzのWAVとなります。
▼画面⑨ VariPhraseでは、PITCH(半音単位で上下1オクターブまで)、FINE(1セント単位で上下50セントまで)、TEMPO(50〜130%まで)を調整可能。すべてスタイダーで調整できるのが直感的だ

▼画面⑩ 読み込んだオーディオ・ファイルは、トラック上でボリューム・オートメーションを書いたり、波形ごとに20個までのマーカーを付けることが可能。マーカーを付けた場所からの再生やマーカー間のループ、波形ごとに違うエフェクトをかけるなど、さまざまな編集に対応する。さらに、2つのトラックに交互に波形を並べ、テンポを合わせることでメドレーを作ったり、片方のトラックの楽曲からボーカルを消し、もう片方のトラックに自分のボーカルを録音するなどさまざまな使い方ができる

DAWと併用すればREQUIREMENTS
"これまでできなかったマスタリング"も!
さてさて、僕はマスタリング・エンジニアなので、マスタリングでの使い道も考えてしまいます。マスタリングでは、クライアントからボーカルのバランスを調整してほしいという要望が上がることもたまにあります。R-Mixの場合、インポートできるフォーマットが既述の通り16ビット/44.1もしくは48kHzのWAVかAIFFなので、24ビットのファイルや96/88.2kHzの素材などをダウン・コンバートするのは避けたいし、ほかのプラグインと併用したいもの。ですから、これ1つでマスタリングを完結することは現実的ではないかもしれません。しかし、本ソフトをほかのDAWとの併用すれば、これまで無かったようなマスタリングが可能になります。例えばマスタリングでボーカルを上げたいときにEQやマルチバンド・コンプで中域辺りをブーストするのはよくやる手法ですが、R-Mixでボーカル・パートを抜き出したファイルを、DAWソフト上で元のファイルと同時に走らせて音量バランスをとると、EQやマルチバンド・コンプでブーストした感覚と違い、とても自然に歌(中域)が前に出てきます。EQ臭さも無く、ミックスのバランスが崩れず前に出てくるので、"これは使えるな"と思いました。この自然なブースト感は、キックやベースといった低域、ストリングスやハイハットなど高域のパートに関しても同様でした。これでM/S機能が付いていたり、そもそも本ソフト自体がVSTやAudio Unitsのプラグインになったりしたら最高だなと思ったり......現状でも今までより視野の広がるプロセッシングができるので十分なんですけどね。
いろいろと使ってみましたが、これまで難しかったことがこんな簡単に、クオリティも高くできてしまうのに本当に驚きました。操作も簡単で、画面上にあるメニュー・バーには"耳コピー""マイナスワン" "リミックス&ノイズ・キャンセル"、さらにヘルプ機能も用意されているので(必要無いぐらい簡単ですが)、インストール後すぐにすべての作業ができてしまうでしょう。そしてこの機能でこの価格というのは"安過ぎ?"とも思いました。さらに、トラック数やVariPhrase機能、オーディオの書き出しなどの機能が限定されたAPPLE iPad用のアプリ、R-Mix Tab(写真①)も発売され、手軽にV-Remastering技術を楽しめます。本ソフトの導入を検討している方は、一度R-Mix Tabでその実力を確認してみるのも良いかもしれません。
▼写真① APPLE iPad用アプリケーションR-Mix Tab(app Storeにて850円でダウンロード販売)。R-Mixの簡易版という位置付けで保存やVariPhrase機能などは搭載されないが、V-Remastering技術により、iTunesライブラリーから読み込んだステレオ・ミックスに対してR-Mix同様のオーディオ・プロセッシングが可能。またR-Mix Tabのみの機能として、iPadの傾きに応じて選択窓が開く"モーション機能"を搭載する

(サウンド&レコーディング・マガジン 2012年2月号より)