最大100バンド/音作りの高い自由度を誇るボコーダー・プラグイン

WALDORFLector
ドイツのWALDORFからD-Coderというボコーダー・ソフトがリリースされたのはもう10年ほど前。D-Coderは100バンド・フィルターをはじめとするマニアックな仕様で一部の愛好家たちから絶賛されていましたが、現在では生産完了となっています。今回紹介するLectorはそのD-Coderをベースに大幅な改良を加えた最新型ボコーダーです。早速レビューしましょう。

スピーチ入力にコンプ/ノイズ機能付き
内蔵シンセは単体でも使えるクオリティ


最近はあまり知らない人もいると思うので、簡単にボコーダーについて解説しておきましょう。ボコーダーはA(スピーチとかモジュレーターと呼びます)とB(こちらはキャリア)の2つの信号を入力すると、BがAのマネをした音を出力するという面白いエフェクトです。例えばAに"コンニチハ"としゃべる声を、Bに440Hz(ラ)でチューニングしたノコギリ波の音をそれぞれ入力すると、出力にはノコギリ波の音質で"コンニチハ"としゃべる音が現れます。ただし一定の音程(この場合はラ)に固定されて出力されるので、生身の人間のしゃべりとしてはかなり抑揚の無い奇妙な感じになります。でも、その無機質さがロボットのようだということで、昔からボコーダーというと真っ先にロボ声をイメージする人が多いのです。簡単に動作原理にも触れておきます。Aに入力された音を例えば100Hz以下、10kHz以上、その中間というように複数のフィルターで分割し、それぞれエンベロープ信号に変換します。B入力はAと同じ数のフィルターがあるところまでは同じですが、その後にVCAが接続されており、先ほどのエンベロープ信号がそのVCAをコントロールします。この例の場合、3バンド(ボコーダーでは分割数をバンドと呼びます)なので出力音は言葉が濁って聴きづらいです。そこで、どれだけバンド数を細かくすることで明りょう度を上げられるかがボコーダーの良しあしを計る1つの指針となります。うんちくはここまでにして、Lectorの話に入ります。ボコーダーはスピーチとキャリアの信号を必要としますが、Lectorにはあらかじめキャリア用にシンセサイザーが内蔵されています。まず、このシンセがなかなかの強者なので紹介しましょう。ポリフォニック、2VCO、リング・モジュレーター、マルチモード・フィルターといった仕様の中で、特にイチ押しなのがオシレーター関連。ノイズを含む6つの波形+フルートやチューブラー・ベルなどのサンプル波形+ユーザーが自前で用意したサンプル波形をも読み込み可能です(画面①)。さらにFMのかかり具合の良さと、モジュレーションが申し分ないほど過激にかけられる点が素晴らしい。こういったマニアックとも言える仕様は、さすがWALDORF。老練な職人技ならではというところですね。このシンセはキャリア用だけでなく、ボコーダー機能をスルーして使うことも可能です。CPUパワーの消費量も少ないので、率先して使っていただきたいです。なお、キャリアにはこの内蔵シンセ以外の音を使うことも当然可能。パネルのSidechainスイッチ1つで瞬時に切り替えることができます。 201201_Lector_01.jpg▲画面① オシレーターにはオーソドックスな波形に加えてサンプルも用意されている。どれもちょっとダークな80's系でいかにもWALDORFっぽい。一番上のLoadからユーザーが用意した波形を選択することも可能さて、ロボ声を例にLectorでの操作を細かく見てみます。まずスピーチ用として、"コンニチハ"としゃべったものを録音し、DAW上に張り付けます。"コンニチハ"だけだとすぐ終わってしまうので、その部分だけループ再生するか、適当な朗読などでも良いでしょう。キャリア用信号である内蔵シンセはデフォルト状態だと三角波が選択されているのでノコギリ波に変更、Semitone(ピッチ)を9時くらいに設定します。エフェクト・パネルのコーラスもOFFにするとベター。これで準備完了。DAWを再生させると、Lectorからロボ声で"コンニチハ"と出力されるはずです。アナログ・ボコーダーの経験がある人は、恐らくこの出音を聴いただけで"すんごい精度!"と感心するかもしれません。Lectorはデフォルトでフィルターが42バンドに設定されています(最大100)。昔のアナログは高額なもので16、普通で8〜10バンド程度だったわけで、明りょう度が格段に上がっていることが分かります。キャリアのピッチを9時から3時くらいの間で動かしてみるといろんなロボ声が楽しめますし、速いスピードのLFOをかければ宇宙人の声(笑)も作れます。ただ、しゃべる言葉の内容によってはダイナミクス(声の大小)が原因で解析精度がイマイチかもしれません。そんなときに便利なのが入力部に用意されたコンプレッサー機能で、レベルを均一化してくれます(画面②)。小さなことですが、とても重宝します。こういうところはさすがWALDORF、分かってらっしゃるという感じです。 201201_Lector_02.jpg▲画面② スピーチ入力にはコンプレッサーが用意されており、音量のバラ付きが多い声素材にうってつけ。その後段にはノイズも用意されている。さらに画面のようにSwapボタンを押すと、スピーチ/キャリア入力の経路を入れ替えることができるまたUnvoiced Detector機能も便利。簡単に言うと、信号に任意の量のノイズを混ぜることで歯擦音を除去または強調し、明りょう度を上げてくれます。"こんなに奇麗じゃなくて、もっと昔っぽいのが欲しいんだけど"と思われるなら、バンド数を8〜16程度に落としてみると、適度に荒れた感じになり昔の雰囲気が再現できます。

スピーチへ声以外のサウンドを入力したり
解析帯域を変えてユニークな音作りも


ここまでのロボ声は、スピーチ用の素材とLectorシンセのオシレーターだけで完結できました。さらに外部MIDI鍵盤やDAW上に張り付けたMIDI情報を使うことでハーモニーを加えたり、メロディを付けることも可能になります。シンセ部のトリガー選択肢にはNormal(ポリ)/Single(単音)/Latch(鳴りっぱなし)があり、先ほどのロボ声では外部鍵盤無しでセルフ・トリガーするようにLatchを使いました(Lector起動時のデフォルトです)。ここをNormalにして外部鍵盤から和音で"コンニチハ"を鳴らしてみましょう。和声はバンド数が少ないと音が濁りやすいのでボコーダーのアキレス腱なのですが、Lectorでおよそ40バンド以上に設定すると、しゃべりの内容までかなり聴き分けることができます。Singleにするとメロディを奏でることができます。ボコーダーは動作原理の限界から、いわゆるケロリ声作成ソフト的な結果にはなりませんが、逆に中途半端なマネ具合がボコーダーならではの味となるのです。また、Single時にちょっと試していただきたいのがグライド機能。レガートのON/OFFやポルタメント/グリッサンドの選択が可能で、極端な設定にすればいろいろなピッチ・ベンド効果を付加できます。言い忘れましたが、Lectorはリアルタイムでも動作可能です。DAW上でマイクにしゃべりながらMIDI鍵盤を弾いたパフォーマンスを録音しておけば、ツマミの動きも含めて後から再現も可能です。ボコーダーの魅力は、スピーチとキャリアにいろいろな音を使うことで多彩な音を作り出せることです。例えばスピーチにドラム・ループを入力し、リズムに合わせて鍵盤上のコードを変更すると、キャリアの音をリズムに合ったバッキングにすることが可能になります。このときキャリア側の波形を変更してみると楽しめます。お勧めはノイズ波形。全帯域に倍音を持つので、ドラム・ループのようにキックからシンバルまでいろんな帯域の音が混じった音に最適なのです。解析(各フィルターの情報を音の大きさに変換しVCAをコントロールする情報)は音がはっきりしている部分(スネアやキック)に強く反応しますので、リズム・アクセントを付けることができます。あえてバンド数を粗くした方が良い結果になることも多いのですが、この辺りの自由度の高い操作性もLectorのウリでしょう。またLectorの出力前にミキサーがあり、スピーチとキャリア、ボコーダーの各音量調整ができるので、オリジナル音にリバーブを加える要領で少しだけボコーダー音を足すなんてことも可能。必ずしもボコーダー音だけを使う必要は無いのです。この発想をさらに推し進めると、Lectorは積極的なサウンド編集ツールとしても見事な活躍を見せてくれます。例えばドラム・ループの解析帯域を特定区間だけに設定し、キックの低域だけを削除すれば"ドチパチ・ドチパチ"という8分音符が"チチパチ・チチパチ"といった具合になる。秀逸なのは操作性で、音を再生しながら解析画面のL(最低周波数)とH(最高周波数)アイコンをドラッグ&ドロップして、任意の帯域をチョイスすることができます(画面③)。さらに、普通キャリア側はスピーチ側と同じ帯域範囲に設定されていますが、この幅をそのまま別の帯域へシフトさせたり、任意で増減させれば全然違う世界に連れていってくれます。 201201_Lector_03.jpg▲画面③ ボコーダーはスピーチとキャリアが1対1の状態が基本だが、Lectorは双方の特定帯域だけを絞り込むことが可能なのがミソ。画面ではグラフの上半分がスピーチ、下半分がキャリアの設定範囲となる。さらに絞り込んだ範囲にレゾナンスでクセを付けたりすると、元音からどんどん離れた新しいサウンドを生成できるキャリア側にはレゾナンスやバンドワイズ、LFOにEQと文字通り編集ツールも用意されていますので、自在なサウンド・エディットがあっという間に実現できます。筆者のお気に入りを1つ紹介すると、テンポ・シンクさせたLFOで解析範囲を揺さぶってやるというもの。8分音符や3連符のタイミングで動かせば、ありえないほど音色が変化しつつ新たなリズムを構築できます。そのほかLectorはオーバードライブ/コーラス/ディレイ/リバーブといったエフェクトも搭載しています。Lector内でエフェクト込みのサウンド作りを行いたい際に重宝しますね。市場を見渡すと、Lectorのほかにも一芸に秀でたボコーダーは存在するようです。しかし筆者が知る限りにおいて、使いやすさ、音質、価格、自由度の高さを採点してみると、現段階ではLectorが最高点だと思いました。音作りを仕事にしている人は言わずもがな、ボコーダーに対して固定観念の無い初心者にこそ柔軟な発想で使い倒していただきたいソフトだと感じました。
WALDORF
Lector
21,000円
▪Mac/Mac OS X 10.4以降(10.7対応)、INTEL製CPU、100MB以上のハード・ディスク空き容量、VST2.4もしくはサイド・チェインをサポートしたVST3/Audio Units 2.0準拠のホスト・アプリケーション、インターネット環境(アクティベート用)▪Windows/Windows XP/Vista/7、INTEL Pent ium 3/AMD Athlon 1GHz以上のCPU、100MB以上のハード・ディスク空き容量、VST2.4準拠のホスト・アプリケーション(IMAGE LINE FL Studio、SONY Acidシリーズには非対応)、インターネット環境(アクティベート用)