上位機種と同等の音質と処理能力が魅力的な小型デジタル・ミキサー

DIGICOSD11
DIGICOはデジタル・コンソールを作るために2002年にイギリスで設立された比較的新しいメーカーですが、現場を意識した機能面と高次元のデジタル技術によって今や世界中のPA現場で導入されているブランドです。そんなDIGICOがいよいよコンパクト・タイプのデジタル・コンソール、SD11をリリースしました。早速その実力を見ていきたいと思います。

WAVESプラグインにも対応する拡張性
FPGA技術により圧倒的な高音質を実現


SD11は32系統のチャンネル(8chをステレオ切り替え可能)を装備し、19インチ・ラックに収納できる小型デジタル・コンソール。筐体には12本のフェーダーを用意し、リア・パネルにはマイク/ライン入力×16とライン出力×8、ほかにもAES/EBUデジタル入出力を備えているので、本機だけで小規模な現場は十分カバーすることができます。バス数は12モノラル/ステレオ+マスターLR/LCR+8マトリクスという仕様。また、リア・パネルに用意されたCAT5eやMADIイン/アウト端子とオプション・ラックを接続し、入出力を拡張することもできます。例えば、MADIで接続可能なオプション・ラックであるMadi Rackを併用すれば最大48chのミキシングが可能。これらを用いれば上位機種と同等のシステムが構築でき、コンパクト・コンソールの中では高い拡張性を持っています。さらに本機はWAVES SoundGrid(別売)にも対応。WAVESプラグイン・エフェクトが扱えるのも魅力でしょう。そして何と言っても同社のデジタル技術が惜しげもなく注入されているポイントとして、浮動小数点演算で動作するFPGAのテクノロジーを利用したステルス・デジタル・プロセッシングの採用が挙げられます。これは上位機種であるSD7などにも使われている技術で、圧倒的な処理能力と高音質を実現するというものです。

15インチの大型タッチ・スクリーンを搭載
コンパクトながら操作性に優れた設計


続いては外観です。ここは何と言っても15インチの大型タッチ・スクリーンにくぎ付けになります。コンパクト・コンソールの場合、コスト削減や操作性をアナログライクに仕上げるために液晶を小さくしている製品もありますが、そこはデジタル・コンソール・ブランドであるDIGICO! フロント・パネルの半分近くを占めるディスプレイを設置して、圧倒的なデジタル感を出してきました。スクリーンの右にはチャンネルごとのプロセッシング(EQ、コンプ、ゲート)を行うためのロータリー・エンコーダーがあり、このエンコーダーを回すかもしくは該当するプロセッシングをディスプレイ上でタッチすれば選択したチャンネルにプロセッシングが割り当てられてスクリーン上にポップアップされます。このエンコーダーは必要最低限しか備わっていないため、ポップアップした画面に対応するスクリーン下のエンコーダーで調整します。スクリーンの左側にはクイック・セレクト・ボタンがあり、ここで選択したプロセッシングがスクリーン下のロータリー・エンコーダーで調整可能になります(写真①)。

▼写真① スクリーン右側にあるツマミで各チャンネルのプロセッシングを行うことができる。スクリーン左側にはクイック・セレクト・ボタン(上からゲイン、ローパス・フィルター、ハイパス・フィルター、コンプ、ゲート)を備える。ここで選択したものはスクリーン下のツマミで設定が調整できる


ここまで説明して、DIGICOを使用したことがある方なら気付いたかもしれませんが、SD11は上位機種であるSD8やSD9から1ユニット分を引っ張り出した構成であることが分かります。つまり、機能的には上位機種と全く変わらず、操作性や機能面で省かれたものは一切ありません。これは特筆すべきことで、スペースの都合でコンパクトなコンソールしか置けない......けれども操作性や機能はそのままのものが欲しいという現場のニーズに見事に応えてくれます。また、今回は専用ケースのFC-SD11(別売)に入れた状態で使用しました。小型コンソールは、持ち回る機会も多いので、ケースのフタを開ければすぐ使えるのは便利です。内部システムはSD7やSD9といった上位機種と大差は無く、DIGICOのコンソールを使用した経験があればスムーズに使いこなせるでしょう。筆者的な印象ではエンコーダーの並びなどから最も近いのはSD9だと思いました。SD11で音を出すための設定は特に必要ありません。マイクをつないでフェーダーを上げればOKという感覚は他ブランドのコンソールと変わりません。もちろん、フェーダー・バンクやインプット・パッチはユーザーの方でカスタマイズできますので、あらゆるルーティングが可能です。音作り以外の設定はフェーダー右横にあるmaster screenボタンを押せば各種設定画面を選択することができるようになります。内蔵エフェクターやグライコもここから設定します。DIGICOのコンソール全般に言えることですが、オールインワン・コンソールでのミキシングで不可欠なこれらの操作に入るのにシステム階層を行き来しなければならないのは少し残念。そのためにスクリーンの右上にあるmacros機能を使うことで、各種設定を割り当てることができますが、設定済みのパラメーターを呼び出す機能(例えば、リバーブ・タイムを2.4msにするという場合にはmacrosに割り当てればエフェクターのパラメーターが一瞬で変わります)のようで、ダイレクトにアクセスすることはできませんでした。実際にこの操作性に慣れず、エフェクターやグライコに関してはアウトボードを使用するPAが多いのはこの辺りが理由でしょう。

音楽的に効くダイナミクス系のエフェクト
現場でも追い込んだ音作りができる


内蔵されている4系統のエフェクターはかなり高品位で、リバーブやディレイも現場で即戦力として使えるものばかりです。グライコも12系統搭載しているため、これだけあれば困ることはありません。先述した本機のポイントである強力なCPUを積み高度な演算処理をしているからにほかなりません。実際その恩恵は音質にも表れており、"何も足さない/何も引かない"という表現がまさにピッタリ。ダイナミクス系のプロセッシングも実に音楽的に効いてくれます。思わず全チャンネルに使用してしまいそうなほど気持ちいいです。チャンネルEQに関しては最大4chまでの対応ですが、各バンドにダイナミックEQを搭載しているため、現場においてもかなり追い込んだ音作りも可能です。現場での使用感は、12本のフェーダーのみのコンパクトな筺体で32イン/12モノラル/ステレオ/8マトリクスを操作することになりますが、フェーダー・バンクやレイヤーで分かりやすく配置できるので、自分なりの使いやすい設定を組んでおくと良いでしょう。使用チャンネルが少なければ1つのレイヤーに収めることも可能なので、レイヤー切り替えの手間を省くこともできます。先述したエフェクターやグライコを除けば何の問題もありません。自分が今何をしているかを分かりやすく表示してくれるため、デジタルならではの恩恵を受けつつ迷わないという意味でアナログ・コンソール的に使用することができます。SD11で特殊なことはステレオ・マスターをユーザー側で設定するということ。ステレオ・マスターはグループ・マスターの1つとでも言えばいいでしょうか、すべてのインプット・チャンネルは任意のグループ・マスターにルーティングした上でそのグループのアウトプット・ポートをステレオ・マスター出力に対応するようにルーティングする必要があります。デフォルトではグループ・マスターのうちステレオに設定した"Grp 1"にルーティングされます。もちろんこれもカスタマイズ可能です。それ故に単独のフェーダーやレベル・メーターは存在しません。


今回のレビューでは現場目線で若干辛口な部分も書いてきましたが、音質や操作性、機能性が高次元だからこそ既存のコンソールでは気にならない部分が浮き出てきた結果だと思います。このサイズで現在実現できるクオリティを示した製品であり、PAシステムの中でスピーカーとともに核となるコンソール分野で、設立10年未満の新興メーカーが市場を席巻できた証しだとあらためて実感しました。

※専用ケースのFC-SD11は別売(オープン・プライス)


▼リア・パネル。上段左からANALOG IN1〜16(XLR)、ANALOG OUT1〜8(XLR)、中段左からWAVES SoundGrid接続用ポート、DIGITAL IN/OUT×1(AES/EBU)、GP IN、MIDI IN/THRU/OUT、GP OUT、下段左からワード・クロック・イン/アウト、MADIイン/アウト、D-Rack CAT5e Connections、Network Remote端子、USB端子×2




サウンド&レコーディング・マガジン 2011年12月号より)

撮影/川村容一(リア・パネルを除く)

DIGICO
SD11
オープン・プライス
▪周波数特性/20Hz〜20kHz(±0.6dB)▪サンプリング周波数/48kHz▪最大出力レベル/+22dBu▪最大入力レベル/+26dBu▪残留ノイズ/90dBu以下(代表値:20Hz〜20kHz)▪マイク等価入力ノイズ/−126dB以上▪外形寸法/483(W)×232(H)×577(D)mm▪重量/22.2kg(本体のみ)