2つの回路を組み合わせ4種のサウンドを作り出す2chプリアンプ

SLATE PRO AUDIOFox
DAW時代になり、レコーディングにおけるトラック数はますます増加傾向にありますが、EQやコンプに頼り過ぎず、録音時にマイキングやマイクプリの使い分けでしっかりと音作りを行うことは以前にも増して重要だと感じています。さまざまなキャラクターのマイクプリを複数そろえられる環境にあればベストですが、ある程度のクオリティを満たす製品は高価であるとともに、名機と呼ばれるビンテージ機材はコンディションも玉石混交ですのでなかなか難しい面もあります。今回レビューするSLATE PRO AUDIO Foxは2chのマイクプリで、それぞれのチャンネルが完全に独立したキャラクターの異なる2つのプリアンプ回路を持ち、入力/出力回路を組み合わせることで、計4種類のサウンド・キャラクターを1台で実現できる画期的かつぜいたくな設計です。今回、さまざまな音源を録音する機会がありましたので、実際の使用感、音色を中心にレビューしていきたいと思います。

必要にして十分な操作子構成
回路の切り替えはスイッチ1つ


本機の操作子は非常にシンプルですが、必要にして十分な構成。ゲインは60dBで12ステップ、dB表記はありませんが約5dBステップ刻みです。MIL規格を満たすGRAYHILL製のゲイン・ノブはカッチリとした操作感でプロ機らしい質感。出力ボリュームが付いているのは何気にうれしく、これにより適正なレベルで録音できるほか、ゲインを大きめに設定し出力を絞ることでドライブ感をコントロールすることも可能になります。スイッチ類は−10dBのPAD、ファンタム電源のオン/オフ、Phaseリバース、MIC/DI入力の切り替えなど、ごく標準的な構成です。また本機の最大の特徴であるプリアンプ回路の切り替えはModern/Vintageスイッチで行い、Normal/Comboスイッチで入力/出力回路の組み合わせを切り替えます。組み合わせは前述の通り4つで、Modern/Normal、Modern/Combo、Vintage/Normal、Vintage/Comboとなります。どのような回路構成なのかは情報が無く全く不明なのが残念ですが、取扱説明書やWebサイトには、開発者のスティーブン・セラート氏自身が開発に至る経緯を解説しています。面白いので、興味のある方はチェックしてみてください。

サウンド・チェック中も回路を切り替え
サウンドのオーディションが可能


それでは、最初にドラムから5〜6mほどオフにセットしたステレオ・ペアのNEUMANN TLM50を本機で受けてみます。ちなみに、普段ならマイクプリにNEVE 1073を使うセットを想定してみました。Vintage/Normalの組み合わせはファットでコシもしっかりありながら、エッジの立ったサウンド。粘りとひずみ感はNEVE 1073に軍配が上がりますが、これはこれでまた違った個性を持つ良い音です。サウンド・チェックしながら4通りの組み合わせをカチカチ切り替えながら聴けるのも素晴らしい。結構な変化がありますので、違いは一聴して分かるでしょう。切り替え時に一瞬音がミュートされますが、これは実際に回路を切り替えているので仕方ありません。Modern/Comboの組み合わせは現代的な抜けの良いサウンドで魅力的でしたが、今回のマイキングにはVintage/Normalの組み合わせがマッチ。Phaseの切り替え時にも一瞬ミュートされますが、よほど大きなノイズが入るのでなければ、ここは音が途切れない方がいいのでは......と感じました。続いてエレキギターを試してみます。コンボ・アンプでのクランチ・サウンドをSHURE SM57とROYER LABS R-121の組み合わせで試したところ、NEVE 1073と比較するとやや腰高に感じますが、既にEQされたようなエッジの強さと言うか、中高域〜高域に張り出し感を感じます。バッキングとしては存在感があり過ぎたので、ここでは重ねたアルペジオのトラックを本機で録ることで良い結果が得られました。NEVEともSSLともAPIともAVALON DESIGNやMILLENNIAとも違った......けれど十分プロ機として使えるクオリティの個性的なサウンドです。続いてはストリングス。オフ気味に立てたR-121のステレオ・ペアを本機で受けたのですが、これが良かったです。リボン・マイクならではの密度感、柔らかさもありながら抜けが良く、これまでのR-121のイメージとは少し違う印象。ここではModern/Normalの組み合わせがぴったりハマりました。そして最後にボーカルです。マイクはSONY C-800Gで、声量のあるボーカリストなので出力は高めですが、ひずみ感は全く感じず、クリアでみずみずしいサウンド。ここでもModern/Normalの組み合わせがワイド・レンジで抜けが良くこのセットに非常にマッチしています。もちろんほかの設定も良く、マイクやボーカリスト、楽曲などによってはよりハマる設定もあるかと思います。


本機の強みは、確かな設計により実現された基本的なクオリティの高さとシンプルな操作性、また2つの回路の組み合わせることで楽曲に合ったサウンドをかなりの確率で実現できる点。ワルそうなデザインの印象に反してハイファイなサウンドも得意としています。原音に忠実なキャラではありませんが、非常に音楽的なサウンドと操作性を持ち個性的なので、選択肢の一つとして自分も欲しくなってしまいました。特にボーカルとドラムのオンマイク、ストリングスをもう少し追い込んでみたいと感じさせるものがありました。

▼リア・パネル。左からAC IN、AUDIO OUT R(XLR、フォーン)、MIC IN R(XLR)、AUDIO OUT L(XLR、フォーン)、MICIN L(XLR)となる




サウンド&レコーディング・マガジン 2011年12月号より)

撮影/川村容一

SLATE PRO AUDIO
Fox
オープン・プライス (市場予想価格/186,900円前後)
▪入力インピーダンス/1.5kΩ▪周波数特性/9Hz〜101kHz▪外形寸法/490(W)×45(H)×255(D)mm▪重量/6.8kg