ReWireを含めて64ビット環境に対応
Reason初となる録音機能を搭載
バージョン・アップの具体的な内容について説明する前に、あらためてReasonとはどのような特徴のソフトウェアで、これまでどのように進化してきたかを簡単に紹介します。少し回り道をするようですが、今回のバージョン・アップが持つ意味をより深く理解する手掛かりになるはずです。2000年にリリースされたReasonに、クリエイターたちは非常に驚きました。と言うのも、1996年にプラグイン規格VSTが発表され、さらに1999年にVSTiの規格が発表された当時は、CPU負荷の軽減などクリアすべき問題があり、"ソフトウェア音源の普及はまだ先"と誰もが思っていました。そんな状況下で登場したReasonは驚くほど軽快な動作で、ラック・システムというハードウェアに慣れているユーザーが難なく理解できるGUI、ラックの裏側に仮想のケーブルで楽器やエフェクトを結線するという分かりやすいアイディアも秀逸でした。取り回しに優れたMIDIシーケンサーや音源とエフェクターを統合し、完結した制作環境を幅広いユーザーに向けて実現したソフトウェア、それがReasonだったのです。Reasonのもうひとつの特筆すべき機能がReWireです。これはオーディオとMIDIをコンピュータ内の異なるDAWとの間でやり取りできるというもので、その後のVSTiなどの登場を促したエポック・メイキングな規格です。これによってReasonの楽器やエフェクターとしての高い機動力を、スムーズにほかのDAWと共有することを実現したのです。個性的なオリジナル・デバイスによる自己完結した制作環境と、他社DAWの"機能拡張"が自由に行える......それがReasonの最大の魅力と言えるでしょう。そんなReasonにとって大きな転換期が訪れます。2000年代の後半から日増しにオーディオ編集によるトラックやサウンド・メイキングが重要視されるようになってきたのです。そのニーズに対応するために同社は2009年、録音に特化したソフトウェアRecordをリリースしました。この時点でReasonに録音機能を持たせなかったのは、Recordを併用することでオーディオ・トラックを"追加機能"にとどめ、従来のシンプルな操作性を望むユーザーに配慮したと、個人的には推測します。その意味ではRecordとの併用にウェイトを置いたのが前バージョン"5"と言えます。少し話がそれますが、現在のDAW環境は"32ビットから64ビットへの移行"という転換期を迎えています。使用できるメモリー領域の違いなどから64ビットが有利なのは明らかですが、ハードウェアやOS、ホスト・アプリケーション、プラグイン・ソフトの対応状況は各社まちまちで、完全移行にはまだ時間が掛かりそうです。少々長い回り道になってしまいましたが、"Reason 6"の最大のポイントはこのReWireを含め、64ビット環境に対応したことと、初めて外部アプリケーションに依存せずに録音機能を実装したという2点なのです。ReWire本家のPROPELLERHEADが64ビットに踏み切ったことが、サード・パーティ製のReWireアプリケーションの64ビット化を促進することは間違いなく、その意味でも今回はReasonのスタンスが次のフェイズへ変革した、記念すべきバージョン・アップなのです。
Recordの主要機能を移植した録音部
入出力レベルを管理するビッグ・メーター
お待たせしました。まずはザックリと今回のバージョン・アップの重要なポイントを幾つか挙げてみました。①ReWireを含む64ビット化の実現(32ビット起動も可能)
②Recordとの統合によるオーディオ・レコーディング機能と新たなデバイス
③多機能なミキサー・コンソール
④大画面ディスプレイを考慮したウィンドウ・デザインの変更
⑤USBデバイスもしくはインターネット認証によるコピー・プロテクションの採用以上が今回のトピックではないでしょうか。それでは個別にじっくりチェックしていきましょう。①の64ビット化については前述した通りで、これを待ち望んでいたユーザーも大勢いることと思います。気になる64ビットのホスト・アプリケーションとのReWire接続ですが、筆者がMac OSX 10.6.7とAPPLE Logic Pro 9(バージョン9.1.5)とPRESONUS Studio One Professional( バージョン2.01)で確認したところ、両者ともOKでした。他の64ビット・アプリケーションの対応状況を調べてみると、現時点(10月31日現在)ではまだ問題があるものも残っているようですが、近日中のDAW側のアップデートで解決が期待できると思います。またMacのみの動作確認ですがAVID Pro Tools 9などの32ビット・アプリケーションは、Reason 6を32ビットで起動することでReWire接続が可能なのもうれしいポイントです。Windowsユーザーは対応OSがVistaと7の両方とも64ビットのみになった点には注意してください(XPはSP3のみ)。何と言っても②のオーディオ・レコーディング機能は今回のハイライトでしょう(画面①)。今までRecordとReasonの併用時に使えたレコーディング機能やタイム・ストレッチ、トランスポーズなどのオーディオ・エディットに関する機能が、Reason 6より使用可能になりました(画面②)。極力オーディオ・トラックのボタンを減らしたシンプルで分かりやすいデザインや、リージョンごとのピッチやレベル調整が簡単にできる点など、テンポ良くサクサクと作業できるため、ビギナーからDAWのヘビー・ユーザーまでお勧めできます。最近のDAWのほとんどに装備されている、複数のテイクから良いところを選択してOKテイクを編集する"コンプ(差し替え)モード"も当然用意されています。
ラック画面のトップに装備され、任意の入出力レベルを抜群の視認性で表示してくれる"ビッグメーター"に注目です(画面③)。単なるピーク・メーターではなくアナログ・メーターの動作をシミュレートしたVUのほか、PPM(Peak Program Meter)、PEAKの3種類のモードとその複合である、VU+PEAK、PPM+PEAKの5種類の表示モードが用意されています。状況や目的に応じてモードを切り替え、音色に応じた最適な録音レベルや、ミックス・ダウンの際のマスター・コンプのかけ具合など、シビアにレベルを管理できるのは、やや上級者向けではありますが、うれしい機能です。それからレコーディング時の入力レベルを別ウィンドウで開く"レコーディング・メーター"や、ボタンひとつでシーケンサーの各トラックのレベル・メーターがチューナーに切り替わる点も気が利いています。
作曲に貢献する音源ソフトID8
ボイス・エフェクトをつかさどるNeptune
数多く搭載されたRecordのデバイスも見逃せません。インストゥルメントの"ID8"(画面④)は、ピアノやベース、ドラムなどの基本的な9種類のカテゴリーごとに4種類のバリエーションの音色が用意したサンプル・プレイバック音源です。必要最低限のパラメーターのみを持ち、素早くかつ手軽に使えることを優先した高品位GM音源のようなインストゥルメントです。今までのReasonには無かったタイプで、今回のReasonがソング・ライティングを重要視していることを感じます。Neptune(画面⑤)は、ボイス・エフェクトの定番であるピッチ・コントロールやシンセサイズを行うエフェクターで、MIDIによってリアルタイムで音程/音質を変化させることも可能です。アンプ・シミュレーターの老舗であるLINE6の定評あるハードウェアをソフトウェア化したGuitarAmpとBass Ampも、Recordからの移籍組です。
新たに3種類のエフェクターを搭載
3chのゲート・エフェクトAlligator
さて、お待ちかねのニュー・デバイスですが、今回のバージョン・アップで新たに登場したのは"Pulveriser" "The Echo" "Alligator"の3種類のエフェクターです。"たたきつぶす、粉砕する"という意味の名前を持つPulveriser(画面⑥)は、コンプレッサー、ディストーション、フィルター、トレモロなどの複合エフェクト。名前通りの過激な"汚し系"デバイスです。コンプ→ディストーション→フィルター、もしくはフィルター→コンプ→ディストーションの順で直列に接続され、TREMOR(LFO)とFOLLOWER(エンベロープ)はフィルターなどで変調させ、ワウなど複雑な変化を得られます。原音とエフェクトのバランスを調整できるのも便利ですね。
フィルターやピッチ・モジュレーションなど多彩な変調機能を持つThe Echo(画面⑦)は、クリアなデジタル・ディレイから、ワウ・フラッターが激しい使い古されたテープ・エコーまで、あらゆるタイプのディレイ・サウンドに対応します。信号の入力モードにボタンをクリックする間だけエフェクトをかけられるTRIGGEREDや、簡単にフィードバックを上げて発振させるROLLモードが用意されている点もReasonらしいです。
3種類のエフェクトの中で個人的に一番気に入ったのがAlligator(画面⑧)。入力された信号をリズミックに刻む"パターン・ゲート"と、昔に大流行したSHERMAN FilterBankのような過激に加工するタイプのフィルターが組み合わせたような、最近流行の"Filter Gate"で、かなり面白いです。内蔵されている64種類のプリセット・パターンでコントロールする3基のゲートのあとに、パラレルにセットされたHIGH PASS/BAND PASS/LOW PASSの3つのフィルターが接続され、各ドライブ、ディレイ、フェイザー、パンなどの個別設定が可能......と、その効果を文章で説明するのが難しいので、PROPELLERHEADのチュートリアル・ビデオを見てから、いじってみることをお勧めします。
またReasonデバイスのほとんどのパラメーターがCVによって、パターン・シーケンサー/アルペジエイターなどからもコントロールできるのも大きな特徴です。アウトプットやLFO/ModEnvなどからCVが出力できるインストゥルメントもあるので、それらを利用すればPulveriserやAlligatorなどで"スネアが鳴ったときだけ深くひずんでフィルターも開く"とか、"フィルターの開け閉めをリズム・マシン(Redrum)でコントロールする"などということも可能です。
SSLの名機をモデリングしたミキサー部
アナログ・メーター付きのコンプを内蔵
③のミキサーに関しては、Recordのメイン・ミキサーを受け継いでいます(画面⑨)。音質や機能に関しては、さすがSSL XL9000Kをモデルにしただけあり、操作性も含めて高い次元でまとめられています。効きも良く、積極的な音作りが可能な4ポイントのEQやフィルター、コンプ/ゲートなどが、最初からスタンバイされているのは本当に良いです。これだけ大規模なミキシング・コンソールをDAW内に構築したものは今まで記憶にありません。フェーダーやセンド、EQなどすべてを表示すると、いくら大きなディスプレイでもチャンネル・モジュールのすべてを表示できないほど縦に長いのですが、ソフトウェアの利点で"フェーダーとEQのみ"など、表示も自由に選択できるので問題はありません。アナログ・メーター付のMaster Compressor(画面⑩)もメイン・ミキサーの魅力のひとつです。かかりが派手で音圧を稼ぐようなタイプではなく、少しアタックを強調しながら、入っている音同士をなじませてまとめるようなニュアンスは、まさしくSSLのマスター・バス・コンプといった趣です。
多様な音声形式に対応するサンプラー
使える音源ぞろいの充実のライブラリー
④のウィンドウ・デザインも今までのReasonには無く、Recordから受け継いだもので、従来は1本しか表示できなかったラックが、最大で横3本までの表示可能になりました(画面⑪)。特に大画面ディスプレイを使う際に有効で、作業効率も確実にアップします。また主要画面のメイン・ミキサー、ラック、シーケンサーなどがファンクション・キーにショートカットで用意され、素早く切り替えられるのも、最近のトレンドであるシングル・ウィンドウを考慮してのことでしょう。
⑤のコピー・プロテクションですが、今回より"イグニッション・キー"と呼ばれるUSBデバイスか、起動時のインターネット認証に変更になりました。意外と便利なのが後者で、ネット環境があればユーザー・ネームとパスワードを入力すればどこでも起動可能です。Reason 6は1つのフォルダーにアプリケーションと必要なサウンド・ライブラリーをまとめられるので、あとは条件を満たしたコンピューターさえあれば、どこでもReason 6を立ち上げて制作できます。一度に2台以上のコンピューターでの起動はできませんが、筆者のように複数のコンピューターを切り替えてチェックする場合、USBデバイスを差し替える手間もありません。
いささか急に思えた今回のバージョン・アップですが、32ビットから64ビットへのシステムの移行期だからこそ、大胆にも開発したばかりのRecordと一体化し、新たな方向性をユーザーに明確に提示する必要があると判断して実行に踏み切ったように思います。デビューした12年前、ハードウェアに慣れ親しんだ人のために実機を模したReasonですが、今ではハードウェアにあまり触れたことがない人のための"ハードウェア・シミュレーター"のような存在になっているかもしれないなぁ......なんてことを、ラックを裏返してバーチャル・ケーブルを差し替えながら想像してしまいました(笑)。
(サウンド&レコーディング・マガジン 2011年12月号より)