パラメーターを枝に見立て種の遺伝で音色を進化させるソフト・シンセ

SONIC CHARGESynplant
シンセサイザーというものはいろいろな音を千変万化で作れるのが魅力だ。しかし多彩な音が出るということは、その分だけパラメーターが増えていくわけで、狙った音に仕上げるにはそれなりの知識と経験が必要になる。今回ご紹介するSynplantは、そんな苦労を過去のものとして吹き飛ばしてしまうほど、斬新なユーザー・インターフェースを持ったソフト・シンセだ。

バルブ/シード/ブランチの概念を採用
種の遺伝で音色が変化していく


まず簡単な使い方を説明していこう。本製品はMac/Windows用プラグインで、対応規格はVST2.4およびAudio Units(Macのみ)。SONIC CHARGEのWebサイト(soniccharge.com/download)から完全動作版のデモがダウンロード可能で、三週間試すことができる。ぜひ実際に触りながら本レビューを読んでいただきたい。Synplantは従来のシンセと違い、遺伝子工学的なアプローチで音を作り出す。中央のバルブと呼ばれる、黒い羅針盤のような場所の中央にシード(種)がある。そこから12本のブランチ(枝)が育っていく過程を通して音色をコントロールするのだ。従来のシンセにあるようなパラメーターやスライダーはバルブ周りの4つと、下側の3つ、計7つしかない。ではシード周りの黒い部分をクリック/ドラッグしてみよう。するとカーソル付近のブランチが伸びると同時に音が変化する。ブランチを伸ばすほど、シードから変化した音になる。ほかのブランチを伸ばしたり縮めたりしてみると、すべてのブランチが違う音色変化をする(音色によっては同じ変化になっているものもある)。つまり、バルブ内ではシードの基本的な音色から最大で12種類の変化が同時に体験できる。バルブの外周にあるローテーション・コントロールという小さい輪っかマークをドラッグして動かすと、ブランチとともにぐるっと回転するので、一定の音程を鳴らしつつ、いろいろな変化をさせるのも可能だ。ちなみに、ブランチは緑や黄色に枝葉を茂らせるただの飾りではなく、ちゃんと音色を表現している。例えばすべての音程で同じ変化をする音色の場合、画面のブランチもすべて同じ外観になる。特定のブランチからいろいろ発展させてみたいというときは、そのブランチをセレクトしてから中央のシードをクリックするか、右クリック(Macの場合はcontrol+クリック)で"Plant Chosen Branch"を選ぼう。するとその音色自体がシードとなり、そこからさらなる変化が楽しめる。このように好みの音色をベースに、優性遺伝のごとく次世代のブランチでさらに変化させていくという方式がまさに遺伝子工学的だし、音作りの作業工程には非常に都合が良い。MIDIキーボードからもいろいろコントロールしてみよう。モジュレーション・ホイールを上下させると、バルブ内の黄色い破線の輪の径が変化する。これによりすべてのブランチの長さを同時に調節できるようになる(コントロール量は画面下の"wheel scaling"スライダーで調節する)。また右クリックから"Reassign MIDI Controllers"をセレクトすると、画面①のようにMIDIコントロール・チェンジ信号のアサインが可能だ。このシンセの性格上、MIDIノート・データだけでなくブランチもいろいろ動かしたくなるのは間違いないなので、扱いの簡単なコントロール・チェンジで操作できるのはとても便利だ。 201111_Synplant_01.jpg▲画面① 右クリック(Macの場合はcontrol+クリック)で"Reassign MIDI Controllers"を選ぶと表示されるMIDIコントロール・チェンジ信号のアサイン画面。"Manipulate Genes"以外のページのパラメーターはほぼすべてアサインできる 余談になるが、Synplantはアンドゥ/リドゥがものすごく重視されている。画面左上にアンドゥ/リドゥ・ボタンが装備されているのはもちろん、MIDIコントロールによってもアンドゥ/リドゥが操作できるのは面白い。このシンセの製作者はきっとアンドゥ/リドゥを多用する人なのだろう。

構造は2オシレーターながら
多彩なモジュレーション設定が特長


さて、こうしてSynplantをいじっていると、シンセに詳しい人は"どんなシンセのどういうパラメーターを動かしているの?"と知りたくなってくるかもしれない。その謎をひもとく1つの鍵が"Manipulate Genes"(遺伝子操作)だ(画面②)。この画面はDNAのらせん構造のようなインターフェースで、Synplantのシンセ+エフェクト部(後述)の実際のパラメーターをコントロールできるようになっている。パラメーター名はスペースの都合のためか略称が多いが、画面の右上にある"?"マークをクリックすると、各パラメーターの説明が表示される。 201111_Synplant_02.jpg▲画面② "Manipulate Genes"の画面。DNAのらせん構造のようなインターフェースに各パラメーターが表記してあり、各ブランチがこのデータを基に変化していく。右上の"?"マークをクリックすれば各パラメーターの説明を画面下に表示してくれる これだけだと分かりにくいので、マニュアルにあるSynplantのブロック・ダイアグラムを見てみよう(図①)。すると一目りょう然、Synplantは2オシレーターの基本的なシンセということが分かる。しかし、あらゆるところに"mod"という表記がされており、これがブランチを大きくしたときに影響を受けるであろうポイントと思われる。 201111_Synplant_03.jpg

▲図① 古典的(?)なSynplantのブロック・ダイアグラム。2オシレーターのオーソドックスな構成ではあるが、モジュレーションが非常に多く、この図だけでは何がどうなるのかは把握しにくいだろう


 しかし、行き当たりばったりにモジュレーションを増加させても散漫になってしまう。そのためSynplantではブランチの変化をバルブ周りのスライダーによってある程度コントロールできるようにしている。特に"atonality"(無調性)というスライダーは重要な意味を持つ。これはSynplantが生成する音色が演奏できる音か、あるいは効果音のたぐいのどちらかの傾向になるかを決めることができる。実際に使ってみると、演奏できる傾向の音はオシレーターのピッチをあまりいじらないようにして、倍音構成を変えたりすることが多いようだ。効果音の方は何でもアリという感じで、奇想天外の音が次々と出てくる。

思いも寄らない効果音はもちろん
パッドやシーケンスで使うのも面白い


音質についても触れておこう。Synplantの音はさまざまなモジュレーションがかかったデジタル・サウンドになると思いきや、金属的なデジタル感みたいなものはそれほどでもない。これはこれでアリな音ではあるのだが、もうちょっと硬質な感じも出たら良いのでは?と思い、"Manipulate Genes"の画面も含めいろいろいじってみた。その結果、内蔵のコーラス+リバーブ・エフェクト("effect"スライダーで調節可能)の音質がSynplantサウンドをかなり左右していると感じた。Synplantの内蔵エフェクトをゼロにして、お好みのプラグインをかけるとかなり印象が変わってくるので、"自分好みの音質にしたいなぁ"という人は、ぜひ外部エフェクトも試してみてほしい。以上を踏まえて、Synplantの効果的な使い道を考えてみよう。まず最初に思い付くのは不思議系の効果音だ。ブランチを伸び縮みさせるだけでもいろいろな音が出せるし、一気に12タイプものSEが作れ、そこからまた気に入ったものを派生させて作り込んでいくというのは、このソフトでしかできない。得られるサウンドも本当に面白いものばかりなので、効果音専用として持っていても損ではないと思う。それから純粋なアナログ・シンセ的な音色が活躍する場......例えばパッド・サウンドやシーケンスのフレーズなどにも良いだろう。特にモジュレーション・ホイールや、ローテーション・コントロールなどを活用して有機的な動きのあるサウンドを作ってみよう。使いやすいシンセを目指して今までにさまざまなアイディアが現れては消えてきた。その結果、ソフト/ハードに限らずほとんどのシンセが減算合成という方式を採っている(広義でSynplantもこの方式と言える)。これは音の変化が順を追って分かりやすいし、使い慣れている人も多いので、各社が採用する理由も分かる。が、ユーザー・インターフェースまでも似たりよったりじゃなくてもいいと思う。百歩譲ってハードは仕方ないとしても、ソフト・シンセでハードっぽいノブまで再現しているのは懐古趣味という感じもする(モデリングなら実機と同じ感覚を再現できる、という意味があるけどね)。もしSynplantが従来のようなノブやスライダーだらけのユーザー・インターフェースで設計されていたら、縦横無尽にモジュレーションがかけられる、相当に難易度の高い変態シンセになっていただろう。それらの難解な部分を丸ごとDNA配列と考え、"種からの成長"="モジュレーションの増加"と定義した、Synplantの発想には脱帽だ。使い始めはブランチがわさわさ揺れていたりとキワモノ・シンセかと思ってしまったが、非常に理にかなった、素晴らしいシンセだと思い知らされた。皆さんもSynplantの見た目に惑わされずに音作りを楽しんでほしい。
SONIC CHARGE
Synplant
7,980円 (ダウンロード価格/ 9月30日現在)
▪Mac/Mac OS X 10.4以降(10.6対応)、INTEL 2.4GHz以上のCPU(PowerPC非対応)、1GB以上のRAM、VST2.4/Audio Units対応 ▪Windows/Windows XP(32ビット)/Vista(32/64ビット)/7(32/64ビット)、INTEL Pentiu m IV 2.4GHz以上のCPU、1GB以上のRAM、VST2.4対応