VCM技術を用いてニーヴ氏と共同開発したEQ&コンプ・プラグイン

STEINBERGPortico 5033 EQ/5043 Compressor
とある日曜日の朝、サンレコ編集部から荷物が届いていた。ルパート・ニーヴ氏のRUPERT NEVE DESIGNSとSTEINBERGの共同製作プラグイン・エフェクト、Portico 5033 EQ/5043 Compressorだった。とりあえずインストールして、軽く音を出して動作をチェックし始めたら......やばい、もう1時間以上ずっといじっている! 久々に感動してしまった。いじっている間、もう1人の自分が"欲しい欲しい"とささやいてくる。明日書く予定だったのだが、興奮がやまないのでほかの作業を中断し、そのままレビューを書くことにした。

どういじっても不自然に聴こえない
非常にナチュラルなPortico 5033 EQ


Portico 5033 EQ/5043 CompressorはAudio Units/VST仕様のプラグイン・エフェクト。Portico 5033 EQがイコライザーで、Portico 5043 Compressorがコンプ/リミッターだ(単体発売のほか2製品バンドル版もオープン・プライス/市場予想価格79,800円前後で販売)。RTASをサポートしていないため、AVID Pro Toolsではそのまま立ち上げられないが、上記規格をサポートした汎用的なDAWなら動作する。32ビットだけでなく、チェックではAPPLE Logic Proの64ビット・モードでの動作も完ぺきだった。本製品はYAMAHAのVCMという独自のバーチャル・モデリング技術を駆使し、ハードウェアのPortico 5033/5043をプラグイン化しているという。個人的にNEVEサウンドは大好きだが、やはり1073などのビンテージに固執していて、最近のニーヴ氏の製品も気にはなっていたものの、あまり食指が動かなかった。ハードウェアのPorticoも知ってはいたが触ったことはなかったし、正直に言うと本製品もそこまで期待はしていなかった。簡素なパネル・デザインがそう思わせたのだ。しかし、悪態をついたのはここまでだった。まずABLETON Live 8.2.2のアコギ・ソロに、Portico 5033 EQを立ち上げて試聴してみた。MFのゲイン・ノブをQ幅や周波数をいじらずにただ上げてみたのだが、あまりの感動に身震いしてしまった。中域がグンと持ち上がるのだが、不自然さが全く無い。自分の持ち上げたい帯域を強調しつつ、あたかも"最初から原音はこういう音でした"というような聴かせ方をする。他の帯域をいじってもQ幅を狭くしても、 まるでどういじってもニーヴ氏が"お前の好みの音に変えてやろう"と魔法をかけているような感じなのだ。本プラグインはシェルビングのLF/HFとピーキングのLMF/MF/HMFという計5バンド構成のシンプルなEQだ。それぞれON/OFFスイッチが付いており(LF/HFは一括)、ゲイン・レベルは±12dB(画面①)。ピーキングの3バンドに関してはQ幅も変えられる。201109_Portico5033EQ5043Compressor_01.jpg

▲画面① Portico 5033 EQは5バンド方式で、LFは30〜300Hz、LMFは50〜400Hz、画面外だがMFは330Hz〜2.5kHz、HMFは1.8〜16kHz、HFは2.5〜25kHzの中心周波数を選ぶことが可能となっている



今回はハードウェアのPortico 5033が手元に無かったので、NEVE 1073を模した他社プラグインと比較してみたところ、その1073系プラグインは中域を上げた際に気持ちのよい盛り上がりがあるが、バックグラウンド・ノイズが目立ったり弦の乾いた感じをも付け足してしまう。良い意味でオールドNEVEの癖付けをされてしまうのだが、 Portico 5033 EQはさらにその上を行くような感触......NEVEサウンドで特徴的な音色変化は残しつつ、ノイズや乾いた感じなどの"エグさ"は付け加えない。EQプラグインは世にあふれていて、"自然/ナチュラル"と評されるプラグインは山ほどある。でもそのほとんどはそのナチュラルな変化の最後の1パーセントでどこか冷たいデジタルの質感をもたらす印象だった。それが本プラグインには全く無い。本当にすごいEQだ。DAWを変えて、今度はLogic Pro 9.1.4でドラム、ボーカル、ベースにもかけてみた。ドラムはアタックの帯域や低域の強調がとてもしやすい。いじった変化がもたらす"嫌らしさ"が全く無いからだ。ボーカルは高域を上げるときに、プラグインによってはまるで金属板の切断面を見ているかのようなエッジ感が出るものがある。だがザラッとしたあの嫌な感じが本プラグインには一切無い。さらに96kHzで録ったピアノ音で検証したところ、結果は変わらなかった。むしろハイサンプリングによって増えた音の情報を非常にうまく処理してくれているように思える。どんなにいじっても不自然に聴こえないということは、ある意味初心者にとっても最高のプラグインと言えるのではないだろうか? EQプラグイン1つで約5万円という価格は高いだろうか? 筆者はそれに見合うだけの成果をもたらしてくれると思う。VCMというバーチャル・モデリング技術を駆使してハードウェアをプラグイン化しているということは、"実機もこんなすごいEQなのか、なぜ今まで手を出さなかったのか"と後悔するほどだった。プラグインのみならず、実機をも買ってしまいそうな勢いでうずうずしている。

コンプを熟知する人なら必ず納得する
Portico 5043 Compressor


次にコンプ/リミッターのPortico 5043 Compressorを見ていこう。こちらもパネルはシンプルで、スレッショルド、レシオ、アタック/リリース・タイム、ゲインというおなじみのツマミが並ぶ。音質に変なデジタルくささが加味されない感じはPortico 5033 EQと同じですごく良いのだが、どういじっても変なコトにならないPortico 5033 EQと違い、こちらはむしろプロ・エンジニア向けのツールだと感じる。結論から言うと、往年の名機NEVE 33609の改良版だと思った。33609の筆者の印象は、音を通すとほんの耳かき一杯分だけ音にスモーキーさが加わり、そしてミックスの端っこの襟を整えられるような音になるのだが、 Portico 5043 Compressorはそのスモーキーさが無くなった感じ。ただ使用感は33609だと思えばそのまま素直に使えるし、むしろふっくらした動作レスポンスでベターに感じる。96kHzでの使用感はハイサンプリングによって暴れがちな音をうまくまとめてくれる。96kHzでの使用の方がより威力を発揮しそうだ。33609は放送局などでリミッターとして絶対的な信頼を得て使い続けられた製品だ。Portico 5043 Compressorでは、パネル中央のFBボタン(フィードバック・モード)をONにすることで33609と同じ挙動になる。33609はピーク・リミッターとしての用途が多かったために、他社のリミッターのように急激なピーク音があったときに"パコン"と音のコブが出ないようになっている。FBボタンを押すことで、ちょうど33609と同じようにピーク音に対してパコンと音のコブを作らなくなるのだ(画面②)。マスター・フェーダーへのトータル・コンプとしての使用が特にお勧めである。マルチバンド・コンプのように壮大に音圧を稼いで前に出すというよりは、ミックスに全体的な締まりと広がり感をもたらしてくれるだろう。ボーカルなどの個別トラックでは、別のコンプで歌のレベルの地ならしをした後、仕上げのリミッターとして本機を使うのがよいと思う。33609を音の"コブ"のできにくい早いコンプとして好むベーシストやギタリストも多いが、当然そういった方にもお薦めだ。201109_Portico5033EQ5043Compressor_02.jpg

▲画面② Portico 5043 Compressorのパネル中央にあるFBボタンはフィードバック・モードのON/OFFで、急激なピーク音が入った際に"パコン"という音のコブが出ないようにする機能。NEVE 33609系に似たリミッティングの仕方をする



逆にFBボタンをOFFにすると、一般的な動作のコンプ/リミッターと同じ挙動となる。ピークに対しても"コブ"ができるので、これを積極的に利用するのが良いだろう。試しにドラムやギター・トラックでアタックを出すように使ってみたところ、アタックがガツンと出つつも、音にギスギスした音ヤセが伴わない。実に良い感じだった。ちなみにFAIRCHILDなどに代表されるような、緩く大きな動きのレベリング・アンプとしての使用はちょっと苦手だった。アタック/リリース・タイムを駆使しても、挙動の早さ故にスレッショルドを深くし過ぎるとコンプの動作が目立ってしまう。ここがプロ向けだと感じる理由だ。長く使い続けられてきた33609と同様に、 コンプを知り尽くしたエンジニアなら目的をかなえてくれる強力な武器となることは間違いない。ミックスを極めたいDAWユーザーは、自分の腕が上がるにつれてこのプラグインの価値を感じることになるのだろうなと思う。ちなみに筆者の使用しているプラグインの中で、音の質感の変化が好きでほんの少しかける目的で常にインサートするプラグインが2つあるが、Portico 5043 Compressorはそのラインナップへ新たに加わるに違いない。特にPortico 5033 EQに関しては、こんなに良いEQが世に出ていたのに知らなかったなんて、プロ・エンジニアとして恥だと思う結末だ。情けない。しかし、それをプラグインとして私に知らしめてくれたSTEINBERGにあらためて感謝しなければならないと思う。そしてルパート・ニーヴ氏の止まらない向上心。長年数々の製品を出しつつ、彼が目指したゴールはこれほどまでに超自然で芸術的な変化をもたらすEQだったのだ。ニーヴ氏の偉大さに敬服するばかりだ。ニーヴ氏のヒストリーやYAMAHAが開発に至ったきっかけなどを紹介するムービーがSTEINBERGのWebサイトに上がっているので、こちらもチェックしてみてほしい。 
STEINBERG
Portico 5033 EQ/5043 Compressor
それぞれオープン・プライス (市場予想価格/49,800円前後)
▪Windows/Windows XP(SP2以降)/Vista/7(32/64ビット)、2GHz以上のプロセッサー(Dual Core推奨)、1GB以上のRAM、50MB以上のハード・ディスク空き容量、1,024×768ピクセル以上のディスプレイ(1,280×800以上推奨)、VST2/VST3に対応したホスト・アプリケーション、DirectXまたはASIO対応デバイス(ASIOを強く推奨)、USB-eLicenser/Steinberg Key(別売)▪Mac/Mac OS X 10.5.8/10.6(32/64ビット)、INTEL Coreプロセッサー(Core Duo以上を推奨)、1GB以上のRAM、50MB以上のハード・ディスク空き容量、1,280×800ピクセル以上のディスプレイ、VST3またはAudio Unitsに対応したホスト・アプリケーション、Core Audio対応デバイス、USB-eLicenser/Steinberg Key(別売)