M-AUDIOが新たに送り出すバーチャル・アナログ/デジタル・シンセ

M-AUDIOVenom
M-AUDIOと言えばオーディオI/OやMIDIキーボードなどでよく知られたメーカーですが、今回何とバーチャル・アナログ/デジタル・シンセをリリースしました。シンセ・メーカーのイメージは無かったので、ちょっとビックリ。ちなみに近ごろの制作はソフト・シンセでほぼ完結の筆者なのですが、本誌3月号のシンセ特集でハード・シンセのレビューを担当したことで実機の良さを再認識。ひそかに"実機マイブーム"の折に、今回のレビューの話をいただいたので、これはもう興味津々です。M-AUDIOは一体どんなシンセを作ったのか、このVenom(ヴェノム)なるニュー・マシンをじっくり触ってみました。

魅力的なルックス
オーディオI/Oとしても機能


まずはそのルックスから。透明感あるオフホワイトのボディにはグレーとオレンジを基調にしたシンプルなパネル・デザインが施され、グリーンで統一したLCDディスプレイと自照式ボタンが色合い良く映えます。キーボードは49鍵のベロシティ対応フルサイズを装備。サイド・パネルにはガンメタリックのラジエイター風装飾も施され、全体を引き締めています。流線型のボディ・シェイプと相まって、全体的にどこかレトロ・フューチャー的というかキューブリック的というか、このデザインにはついくすぐられてしまいます。何といってもハード・シンセはルックスが命ですから!制作部屋に置きたいと思わせるかどうかが勝負かと思いますが、本機は軽々とクリアです。ではトップ・パネルを見ていきましょう。左手にはボリューム/ゲイン・コントロール系のノブが5種類、アルペジオ・スイッチ、オクターブ・スイッチ、モジュレーション・ホイール、ピッチ・ベンド・ホイールが整然と並びます。その右手、4つのノブを中心とした操作子は"パフォーマンス・コントロール・マトリックス"なるリアルタイム・エディット・セクション。4つのノブと1つのボタンにはそれぞれ6つのエディット・パラメーターが割り当てられ、フィルターのカットオフやレゾナンス、パン、ボリュームなどの主要パラメーターをリアルタイムでエディットすることが可能です。その右手にはマルチ/シングルなどのモード切り替えセクション、LCDディスプレイ右手にはパッチ・セレクトなどに活躍するバリュー・ノブ、マルチモード時のパート・セレクト・スイッチなどが並びます。リア・パネルにはUSBポート、MIDI IN/OUT、サステイン&エクスプレッション・ペダル用端子、マイク入力、インストゥルメント入力(Hi-Z対応)、AUX入力、メイン出力を装備。注目すべきはこの入力系統で、本機はこれらの入力端子を利用してミキサーとしても機能します。ラインのほかマイクやエレキギターを直結し、ダイレクト出力はもちろん、本機のフィルターやエフェクトをかけた上でメイン・アウトから出力することもできます。さらにUSBでコンピューターと接続すれば(Windows/Mac対応)、2イン/2アウトのオーディオ・インターフェースとしての活用も可能。本体のシンセ・サウンドだけでなく、外部入力もUSB経由で簡単にコンピューターへ送ることができます。もちろんUSBを介してMIDIインターフェースとしての役割も果たします。この辺りの充実ぶりは、さすがはオーディオ&MIDI I/Oで一日の長があるM-AUDIOといったところでしょうか。

ウェーブシェイプなどを備えた
充実のオシレーター・セクション


サウンド・セクションを見ていきましょう。最大同時発音数は12音、ボイスごとに3基のオシレーターを装備します。オシレーター波形にはビンテージ・シンセからサンプリングしたという41種類の波形と53種類のドラム・サウンドを用意。アナログ・シンセの揺れを再現する"ドリフト" やウェーブシェイプまでも装備した充実のオシレーター・セクションです。フィルターには12dB/oct(2ポール)および24dB/oct(4ポール)のマルチモード・フィルターを装備。このフィルター、レゾナンスの効きが非常に強力で、フルにすると簡単にピーピー発振してくれて大満足でした(笑)。さらに3基のLFO、3系統のエンベロープも用意され、幅広い音作りが可能です。プリセットはシングル・パッチが512、マルチパッチが256。マルチモード時には4パートのマルチティンバーとして活用が可能です。DAWでシーケンスする場合にはMIDIチャンネルの割り当てで独立した4パートの同時再生ができますし、キーボード・マッピングにより任意のキー・レンジに4種類の異なるサウンドを配置することもできるので、ライブ・パフォーマンスの際に役立つかと思います。エフェクト類も充実しており、リバーブ、エコー、コーラス、フェイザーなど2系統のグローバル・エフェクトのほか、マルチティンバーでパートごとにインサートできるコンプ/EQ/ビット・リダクションなどのマルチエフェクトも装備しています。その出音ですが、全体的に良い意味での荒さが印象に残りました。きめ細かで流麗というよりは、どこかザラッとしていて存在感が際立つサウンド。ですが決してレンジが狭いわけではなく、ローの太さやハイの抜け感は上々です。アナログ・シンセが本来持っているような"音の躍動感"を感じることができます。プログラミングのセンスが良く、どのプリセットも非常に練られている印象。オリジナリティが強く、新しいシンセ・サウンドを作っていこうという意気込みが感じられます。個人的には、ある意味ローファイ的とも言える本機の音の感触には同時代性のようなものを強く感じ、共感しました。ビット・リダクションやディストーションなどのひずみ系エフェクトを活用したエッジィなサウンドも多く、エレクトロ系にはまさに即戦力になりそうです。想像以上にファットなドラム・サウンドも好印象ですし、LFOやエンベロープを駆使した動的なサウンドも魅力的。またパッドやSE系なども非常にイマジネイティブで、エレクトリック・ミュージックのみならず、さまざまな楽曲での活躍が期待できそうです。さて、そうしたパッチのプレイ時に手が伸びるのが、先述のパフォーマンス・コントロール・セクション。定番のフィルターの開閉はもちろん、センドやエンベロープ、LFOレートなど主要なパラメーターに簡単にアクセス可能。思い付くままにノブをひねってグイグイとサウンドを変化させることができ、すごく快適です。4つのノブそれぞれに6つのパラメーターがアサインされているので多少慣れは必要ですが、直感的に音を変えることができ、サウンド・メイクに大いに活用できます。キーボードを弾きながら音色をリアルタイムに変えていくスムーズなエディット感はハード・シンセならでは。まさに"楽器を触っている"リアルな手応えを感じることができます。また本機はアルペジエイターも非常に強力。いわゆる上下に動くスタンダード・モードのほか、特定のフレーズをプレイするフレーズ・モード、さらにリズム・パターンをプレイするドラム・モードなど計256パターンを用意。プレイ中にパターン・ボタンを押しバリュー・ノブでパターンを次々に変えていくのですが、パターンによってシンセ/リズム音のテイストもどんどん変わっていきます。特にリズム・パターンをさくさく変えていけるのは便利ですし、曲のアイディアの源にもなります。イマジネーションをくすぐられ、かつ飛び道具的にも使えるユニークな機能だと思います。

エディター・ソフトとの連携により
詳細な音色エディットが可能


本機で特徴的なのがエディター・ソフトVyzexVenom Editor。コンピューターにインストールして本機とUSB接続することで、より細かなエディットを行うことが可能となります。本体ディスプレイの情報量には限界がありますし、階層が深くなることで操作にストレスを感じることは往々にしてあるので、これは賢明な選択かと思います。コンピューター側でソフトを起動すると自動的にVenom本体のパッチやプログラムを読み込み、連携を開始します。大きめのウィンドウで視認性も良く、一見して機能が把握できる明快なインターフェースは好感が持てます。サウンド・エディットの基本となるシングル・パッチのエディットは"シングル・プログラム・エディタ" 画面から行います(画面①)。オシレーターの選択やピッチの調整、細かいエンベロープの設定などをこの画面から追い込んでいくことができます。

▼画面① 付属のエディター・ソフトVyzex Venom Editorのシングル・プログラム・エディタ画面。実機のシンプルなインターフェースとは対照的に、各パラメーターをふかんできる構成。ハードウェアでざっくり音色を作った後、この画面でディテールを追い込むという使い方も考えられる


ややこしくなりがちなモジュレーション・マトリクスの設定は"mod"ページが大変便利。ソースとディスティネーションをドロップ・メニューからセレクトし、最大16系統の複雑なモジュレーション・ルーティングを構築することができます。また"マルチプログラム・エディタ" 画面(画面②)ではマルチティンバー時の各パートへのプログラムアサインやキーボード・マッピング、アルペジエイター、エフェクトの設定などを効率よく進められます。エフェクトのエディットは本体では不可能なので、とりわけこのページはサウンドの追い込みに必要不可欠と言えるでしょう。また、"BANK"ボタンをクリックすると開くのがブラウザ画面。全体をふかんできる大きな画面はやはり便利ですし、スピーディなプリセットの選択に大いに役立つでしょう。

▼画面② マルチプログラム・エディタ画面のエフェクト設定画面。プリセットを選ぶだけでなく、詳細なエフェクト・パラメーターの設定もこの画面で可能


このソフトは本体との連動感も良好。本体のノブやボタンに触れると、対応した画面上のコントローラーがとても軽快に反応します。最も感心したのは本体の操作時に自動的に画面ページが切り替わる点。マルチからシングルへ、あるいはオシレーターからモジュレーションへといった画面上のページの切り替えが、該当するノブやボタンに触れると自動的に行われるのです。クリックで切り替える必要がないのでマウス操作を減らせ、とても快適な設計だと感じました。


本機の充実ぶりから考えて驚かされるのが、その価格。うーん安い。価格帯から連想されるチープ感は全く無く、ルックスやサウンドに共感したなら気軽に導入できそうです。オーディオI/Oやミキサー機能を生かし、さらにマスター・キーボードしても十分に機能するので、Venom1台とコンピューターのみという、超シンプルなスタジオ構築もカッコよさそう。個人的にはマルチアウト化とモジュール化を将来に期待しつつ、この個性的なシンセの登場に拍手を送りたいと思います。

▼リア・パネル。中央左よりアナログ出力L/R(フォーン)、AUX入力L/R(RCAピン)、インストゥルメント入力(フォーン)、マイク入力(TRS フォーン)、エクスプレッション・ペダル用端子(フォーン)、サステイン・ペダル用端子(フォーン)、MIDI入出力、USB端子、電源アダプター端子 (DC)、電源スイッチ




サウンド&レコーディング・マガジン 2011年6月号より)
M-AUDIO
Venom
オープン・プライス(市場予想価格/57,750円前後)
▪音源/オシレーター×3、波形×41、バーチャル・ビンテージ・アナログ・シンセ、FMデジタル・シンセ、サンプリング・ドラム・サウンド×53▪最大出力レベル/+6dBV▪最大入力レベル/2.1dBV▪互換性/MME、ASIO、Core Audio/Core MIDI、Pro Tools M-Powered 8以降▪外形寸法/805(W)×85(H)×300(D)mm▪重量/4.6kg

▪Windows/Windows XP(SP3)/Vista(32/64)/7、1.8GHz以上のマルチコア・プロセッサー(INTELまたはAMD)、5,400RPM以上のハード・ドライブ、DVD-ROMドライブ▪Mac/Mac OS X 10.5.5以上、1.8GHz以上のマルチコア・プロセッサー、5,400RPM以上のハード・ドライブ、DVD-ROMドライブ