多彩な入出力用オプションを有するPro Tools|HD用オーディオI/O

AVIDHD I/O
192 I/Oから約9年ぶりにアップデートされたAVID純正のPro Tools|HD用オーディオ・インターフェースHD I/O。自分のスタジオでも2部屋で合計4台の192 I/Oが稼働しておりますので、発表当初からかなり気になっていました。888 I/Oから192 I/Oのアップデートが当時の印象として、"もう完全に別物"でしたので、192 I/Oから大幅に回路を見直したという触れ込みのHD I/Oにも期待が膨らみます。では、早速レビューしていきたいと思います。

高域の再現性に優れたDA部により
"見晴らしの良い音"を再生


最初に、音のジャッジはある程度レビュアーの主観(好み)から逃れられないと思いますので、自分の音質的な嗜好を理解していただくためにセットアップについて記しておきます。通常のミキシング業務では、DAWシステムがPro Tools|HD3 Accel、オーディオ・インターフェースはモニター出力/レコーディング用インプットとしてAPOGEE Rosetta 800、そしてアウトボードを割と多く使用しますので、ハードウェア・インサート用に192 I/O×2と96 I/O×1(計32chイン/アウト)となっております。Rosetta 800に関しては音の方向性が好みで自分のリファレンスになっているので、モニター出力をメインの目的として使用しています。192 I/Oに関してはインプット/アウトプットのバランスの良さとハードウェア・インサートで多チャンネルを扱うため、ある程度経済効率を考えて使用しています。それではまず、アナログ出力(D/A)から。今回はオーディオ・インターフェースという製品の特性上、音質についての言及が多くなりますので、ほかの機種との比較で述べていくのが妥当かつ(ある程度)正確に伝わるかと思われます。そこで以下のような状態で試聴してみました。


  1. 自分でミックスしたPro Toolsセッションを開いて、HD I/O、192 I/O、Rosetta 800と順番にオーディオ・インターフェースを替えて試聴し、第一印象をチェック

  2. もう少し厳密に比較するため、上記3機種のそれぞれのオーディオ・インターフェースのアナログ出力から(音に慣れている)Rosetta 800でAD変換してPro Toolsに録音。計3種類のテイクを用意してピーク・メーターでレベルをそろえ、それぞれのオーディオを切り替えて試聴


基本的には細かく比較した際も第一印象そのままでしたが、意外と思っていたより違いが大きく、"このレビュー、自分的にも勉強になるなぁ"と思いつつ(笑)、楽しく比較できました。HD I/Oに関してまず驚かされたのが、左右の位相感の良さ。他の2機種と比較するとパンの振りがもう少し開いたような印象で、WAVES S1などの位相系プラグインで広げた楽器はよりキレイに広がって聴こえます。トータルの周波数の感じはRosetta 800のシルキーさは無いものの、逆にクリアで派手さがあり、音が前に出てくる感じ。低域の量感はRosetta 800と比べると聴感上50Hzあたりがやや少ないものの、逆にアタックの粒立ちの良さでタイトに聴こえ、存在感としては同等のレベルに感じます。高域に関してはHD I/Oがダントツ。16kHz以上のエアー感がしっかり表現できており、"見晴らしが良い" 音像です。ボーカルに注目してみると、HD I/Oは面積が大きく、Rosetta 800は腰が据わったどっしりとした印象。全体のまとまりの良さはRosetta 800に比べるとないものの、アタック感や分離感が明確で非常に現代的な音だと思いました。とにかくレンジが広い印象です。192 I/OとHD I/Oの比較に関しては、正直192 I/Oは平面的に感じてしまいました。中低域〜低域の量感も少なく、キックなどは少しコンプっぽい詰まった印象にも聴こえてしまいます。やはりデジタル機器は日進月歩ですので、音が相当ブラッシュ・アップされた形跡が感じられます。また、192 I/OだけVUメーターの振れがやや少ない印象も受け、多少音圧が下がった感じもありました。音質的な傾向を端的に言うならば"密度のRosetta 800" "面積のHD I/O"といった感じでしょうか。

ADコンバーターも
レンジの広さやきらびやかさが印象的


次に入力について。こちらは出力と同様、上記3機種それぞれでAD変換したものをHD I/Oでアナログ出力して比較してみました。基本的にはD/Aをチェックした印象とかなり近いのですが、A/Dに関してはD/Aに見られた圧倒的な差というより、それぞれに得意なところがあるという印象。HD I/OがやはりD/Aの感じそのままで一番レンジが広く、全体の周波数をうまくとらえています。Rosetta 800のボディの強さに対して、HD I/Oは高域のきらびやかさやアタック感で音の存在感を出しています。また192I/Oも、Rosetta 800ほどの量感はないものの、中域の感じは好きでした。結局それぞれの機種で"どの辺りの周波数帯域に最もフォーカスしているか"という違いで、普段聴いている音楽のジャンルで好みが分かれるところかもしれません。HD I/Oに関してもう少し音質的な特徴を言うなら、全体的に音像がすっきりしていて、サブハーモニック的なローエンドからエアー感といったハイ成分までしっかりと聴こえ、ミキシング段階で伸ばせる"音の基礎体力"が高いように思います。試しに録った音に対してEQをかけてみたのですが、伸ばしたいところがキレイに伸びてくる感じが一番強かったのがHD I/Oでした。その意味では、ミキシングする段階になってありがたさを感じるのはHD I/Oのような気もします。

I/Oカードの追加により
入出力数のカスタマイズが可能


一通り音質についてレビューしたので、次に192 I/Oからの主な変更点について述べていきたいと思います。HD I/Oはアナログ/デジタルの入出力によって8x8x8、16x16 Analog、16x16Digitalの3タイプが用意されていますが、追加カードによって自在に入出力のカスタマイズが可能です(写真①②③)。HD I/Oは4つのカード・スロットすべてにAD、DAカードを装着でき、1台のHD I/Oでアナログ16イン/16アウトのシステムが組めるようになりました。192 I/Oはアナログ16イン/8アウトだったり、アナログ8イン/16アウトだったりとAD、DAカードを2枚ずつインストールできず、何かと不便でした。例えばハードウェア・インサートを使用する際も"このチャンネルはハードのEQをインサートできるけど、このチャンネルはリバーブのセンド&リターンにしか使えない"といった具合に、2台の192 I/Oで24chの入出力を確保していても、いろいろと試行錯誤してうまくチャンネル割り当てなくてはならず、多数のアウトボードを併用する際うまくチャンネルを使い切れなかったり、機材の設置場所を制限されたりしました。これでようやく余計なことに頭を悩まされず、効率的かつ自由にシステム構築ができるようになったと思います。

▼写真① HD I/O AD Option Card(130,000円)。8ch分のアナログ入力を追加



▼写真② HD I/O DA Option Card(130,000円)。8ch分のアナログ出力を追加



▼写真③ HD I/O Digital Card(100,000円)。8ch分のAES/EBU/TDIF/ADAT入出力を追加


外観について見ていくと、パネルが明るめのシルバーからガンメタちっくなつや消しの渋いシルバーに変更されており、高級感が増しています。ただちょっと思ったのが、もし192 I/OからHD I/Oにアップグレードしたとして、よくスタジオで一緒に並べられているSync I/Oだけそのままの色なので浮いてしまうのでは?ということ。こちらもオプションで同色にする"着せ替えサービス"があったらいいかもしれません(笑)。どうでもいい話の次は、あまり触れられてないこっそり大きな変更個所。コンピューターに内蔵するPro ToolsのPCIボードとHD I/OをつなぐDigiLinkケーブルのHD I/O側の端子がDigiLink Miniという新規格に変わっています。基本的には付属の変換ケーブルで対応できますが、他社のケーブルを使っている場合、せっかくの高性能が発揮されないパターンに陥るかと思います。僕自身OYAIDEのケーブルに替えているので、少々残念な結果になっています(笑)。純正以外のケーブルを使っている方は、一応ご注意を。またAD、DAカードのキャリブレーション調整にも変更があり、これまではそれぞれのチャンネルに対してA/B2種類の設定が可能でしたが、こちらは1種類に省略されました。ただ僕自身これまで2種類の設定を使い分けたことがなかったので、全くデメリットは感じませんでしたが。ほかの追加機能としては、192 I/Oに搭載されていた、散在するトランジェントを除去し、アナログ・テープ的な飽和感を出すSoft Clip機能(クリップする4dB手前までレベルを丸めてヘッドルームを確保する機能)に加え、HD I/Oにはソフト・ニー回路を使ったハードになり過ぎないリミッターCurv機能が搭載されました。これはProToolsソフトウェアの"セットアップ">"ハードウェア"から、None(バイパス)/Soft Clip/Curvをチャンネルごとに選択できる形になっています。アナログ・テープの飽和感と違いデジタル・クリップはできれば避けたいものですし、レコーディング時のサウンドのバリエーション作りとしても面白い機能だと思います。今回のアップデートはAD/DAコンバーターの音質改善が主で、幕の内弁当的にいろいろな機能を付加したりはしていません。ただオーディオ・インターフェースは"音の入出力の精度=存在価値"なので、個人的には質実剛健な正しいアップデートだと思いました。"この価格帯で相当頑張ったな"という印象がありますし、レイテンシー性能の大幅な向上もあり、今回192 I/Oと比較してみてもデジタル・オーディオの進歩の早さを実感しました。

▼HD I/O 8x8x8のリア・パネル。上段左がANALOG INPUT(+4dBu/−10dBV、D-Sub25ピン/計8ch分)、下がANALOGOUTPUT(D-Sub 25ピン/8ch分)、その右がAES/EBU IN/OUT(XLR)、OPTICAL IN/OUT(S/MUX対応)、S/P DIF IN/OUT(コアキシャル)、WORD CLOCK IN/OUT(BNC)、その下がPRIMARY PORT、EXPANSION PORT(DigiLink Mini)、ACCESSORY(D-Sub 9ピン)、電源コネクター



▼HD I/O 16x16 Analogのリア・パネル。上段左がANALOGINPUT(+4dBu/−10dBV、D-Sub25ピン/計16ch分)、下がANALOG OUTPUT(D-Sub 25ピン/計16ch分)、その右がAES/EBU IN/OUT(XLR)、OPTICAL IN/OUT(S/MUX対応)、S/P DIF IN/OUT(コアキシャル)、WORD CLOCK IN/OUT(BNC)、その下がPRIMARY PORT、EXPANSION PORT(DigiLink Mini)、ACCESSORY(D-Sub 9ピン)、電源コネクター



▼HD I/O 16x16 Digitalのリア・パネル。上段左よりAES/EBU(D-Sub25ピン/計16ch分)、TDIF I/O(D-Sub25ピン/計16ch分)、ADAT IN/OUT(オプティカル、S/MUX対応/計16ch分)、その右がAES/EBU IN/OUT(XLR)、OPTICAL IN/OUT(S/MUX対応)、S/P DIF IN/OUT(コアキシャル)、WORDCLOCK IN/OUT(BNC)、その下がPRIMARY PORT、EXPANSION PORT(DigiLink Mini)、ACCESSORY(D-Sub 9ピン)、電源コネクター




サウンド&レコーディング・マガジン 2011年4月号より)
AVID
HD I/O
HD I/O 8x8x8:400,000円 HD I/O 16x16 Analog:500,000円 HD I/O 16x16 Digital:250,000円
▪ダイナミック・レンジ(AD変換)/122dB▪ダイナミック・レンジ(DA変換)/125dB▪全高調波歪率(AD変換)/−114dB(0.0002%)▪全高調波歪率(DA変換)/−110dB(0.00032%)▪周波数特性(AD変換)/20Hz〜20kHz(±3dB)▪周波数特性(DA変換)/20Hz〜20kHz(±15dB)▪外形寸法/482.6(W)×88.9(H)×381(D)mm▪重量/8.65kg

▪Windows&Mac/Pro Tools|HD 8.1以降のソフトウェアを動作させるAVID認証済みのPro Tools|HDシステム、Core AudioまたはASIOドライバーに対応している他社のシステム