英国TRIDENTの伝統を今に引き継ぐ8ch仕様のアナログ・ミキサー

TOFT AUDIO DESIGNSATB 8
宅録に慣れている方はお分かりかと思いますが、マルチトラックの録音時にトラックが増えていくと、それらをモニターしてバランスを取ることが必要になってきます。また、マイクを立てて楽器を録る作業も同時に行うことになるので、録音の必須機材と言えるミキサーには録音系/モニター系の機能が装備されているのです。この2つのモジュールのレイアウトの仕方には2つの方式があり、録音系とモニター系を左右分離して配置したものをスプリット式(APIやQUAD EIGHT)、縦型の一本のモジュール内に配置したものをインライン式(SSLやNEVE)といいます。今回紹介するTOFT AUDIO DESIGNSATB 8は、この2つの方式が両方備わっているミキサーなのです。

1本のモジュールで
録音系とモニター系を制御可能


マニアックな方はご存じでしょうが、このATB8はTRIDENT Series 80のデザインを基にして作られています。黒くて重いメタルの丈夫なシャーシにオレンジがかったウッド・パネルが付いており、クラシックなデザインで高級感が漂います。メーター類も充実していて、I/Oモジュールのチャンネル・フェーダー右にはインプット・レベルをLEDで表示、モニターのインプットはメーター・パネルに、バス・アウトのレベルはモニター・モジュールにLEDメーターで表示、マスターのステレオ・アウトはトップ・パネル右上にLEDメーターとVUメーターとの両方で表示されるようになっており、視認性が良く使いやすいと思います。電源部は本体とは別の1Uユニットが付属。S/N的にも有利ですし、電源ケーブルを交換して音色をチューニングする楽しみもあるでしょう。まずトップ・パネル左のI/Oモジュールから見ていきましょう。この縦型の1本のモジュールで録音系とモニター系をコントロールできるようになっています(写真①)。上の方から信号の流れを説明していきましょう。まず最上段のINPUTGAINですが、3系統の入力をセレクトできるようになっており、スイッチを押さなければマイク入力、LINEスイッチを押せばライン入力、I/P REVスイッチを押せばモニター入力になります。3系統ともゲイン・トリムと位相反転スイッチが効くようになっていて、マイク入力には48Vファンタム電源が供給できます。

▶写真① I/Oモジュールの構成。最上段のINPUT GAINの右に並ぶのが+48V、I/P REV、LINE、位相反転の各スイッチ。その下は4バンドのEQセクションとなっており、H(I 8/12kHz)とLO(60/120Hz)はシェルビング、HI MID(1〜15kHz)とLO MID(100Hz〜1.5kHz)はベルカーブのパラメトリック式となっており、80Hz以下をカットするハイパス・フィルターも装備する。その下の緑色のノブはAUXセクションで、AUX 2〜6はPREスイッチでプリ/ ポスト・フェーダーの切り替えが可能。その下が本機に特徴的なモニター・セクションで、MON LEVEL、MON PANノブの右にAUX 5-6 TO MON、EQ TO MON、MON MUTEの各スイッチが並ぶ。その下はチャンネルのPANノブとSOLO、MUTEボタン。∞〜+5dBのチャンネル・フェーダーの右には+10/−20dBのLEDインジケーターに加え、L-R、1-2、3-4、5-6、7-8のバス送り用スイッチが並ぶ


プリアンプの音色は中域にガッツがあり、ゲインを上げていくと自然なひずみ感がプラスされていくので、特にロック系の音楽に良い感じです。次に信号は黒いノブの4バンドEQに流れます。このEQはHI MID(1〜15kHz)とLO MID(100Hz〜1.5kHz)がベルカーブのパラメトリック式で、HI(8/12kHz)とLO(60/120Hz)は周波数固定のシェルビング式。ゲインはそれぞれ±15dBで、80Hz以下をカットするハイパス・フィルターも付いています。このEQの効き具合が素晴らしい。Q幅は狭めですがガッツリ効く感じで、プリアンプと同様にロック向きの音色。このミキサーの大きなセールス・ポイントと言えます。次に信号は一番下の白いチャンネル・フェーダーからその上にある黒いノブのPANへと流れます。録音の際はこのフェーダーの横にある1-2〜7-8スイッチを押せばMTRなどへのバス・アウトになり、ミックス時はL-Rボタンを押してステレオ・バスに送ります。PANの横にある赤いボタンはMUTEで白いボタンがSOLO。このチャンネル・フェーダーの前にはインサート・ポイントがあり、リア・パネルにチャンネルごとのINSERT端子があるので、アウトボードを使うときにはこちらを使用します。チャンネル・フェーダーの後にはダイレクト・アウトもあり、これもリア・パネルにチャンネルごとのDIR O/P端子が装備されているので、バス・アウトと組み合わせて使うといいでしょう。またこのバス・アウトにはBUSGROUP INSERTがあり、ドラムのステム・ミックスにコンプをかけるときなどに使えます。ここまでが録音系です。次にモニター系ですが、リア・パネルのMONINにつないだ信号は紫色のノブのMON LEVELから黒いノブのMON PANに流れます。通常はDAWのパラアウトをこちらにつないで、録音時のモニター・バランスを取るのに使うといいでしょう。右にある赤いスイッチがMON MUTE、青いスイッチがEQ TO MON、もう1つの緑色のスイッチを押すとAUX 5/6がモニター側につながるようになります(AUX5/6のPREスイッチを押さないとつながりません)。そのAUXは6系統あり、ミックス時のエフェクト送りなどに使用します。

中域の荒々しさとひずみ感を残しつつ
現代的なスピード感もある音


次に右側のモニター・モジュールを見てみましょう。一番下にある赤いフェーダーはバス・マスター・フェーダー。その上にある紫色のノブのMON LEVELと黒いノブのMON PANでリア・パネルのMONITOR RETURNSに入力した信号のバランスが取れます。ATB 8は先ほど説明したようにI/Oモジュールにも8ch分のモニター機能があるので、併せて計16ch分のモニターが可能になります。分かりやすい使い方としては、録音中の楽器音をI/Oモジュール側でモニターし、既に録り終わった楽器のバランスをモニター・モジュール側で確認するといいでしょう。MON PANの下にSOLO/TAPEスイッチがあり、TAPEスイッチを押すとバス・マスター・フェーダーの後の音が聴こえるようになります(写真②)。例えばMTRの使用時に、TAPEを押さない状態ではMTRの出力が聴け、押すとミキサーのバス・アウトの音を聴くことになります。つまりMTRの入力/出力の音の違いを聴き比べられるのです。もう少しマニアックな使い方としては、このスイッチのオン/オフで、SUBMASTER OUTPUTSとMONITOR RETURNS間に入れた機材(ケーブルなど)の音質変化をチェックできます。

▶写真② モニター・セクションの一部。中ほどに見える赤いスイッチがTAPEスイッチで、これを押すと下のバス・マスター・フェーダー後の音がモニターできるようになる


MON LEVELの上には緑色のノブでAUX5(PREボタンあり)/6があり、モニター・リバーブやミュージシャンのヘッドフォン送り用にうまく組み合わせて使うといいでしょう。バス・アウトのLEDメーター上には、紫色のFX RETノブと黒色のBALノブがあり、リア・パネルのSTEREO FXRETURNSから8系統の入力が可能。ボリュームを固定してリバーブなどのエフェクトのリターンに使用するといいでしょう。注意点としては、BALはL/Rのどちらか片方に振り切ることはできない仕様になっており、センター付近のバランスの調整用となっています。このモジュールの一番上には緑色のAUXILIARY MASTERSがあります。このノブは右側に振り切った状態で使用するのがいいでしょう。最後に、トップ・パネル一番右にあるマスター・モジュールを見てみましょう。一番下にはステレオのマスター・フェーダーがあり、振り切りが+5dBという仕様になっています。リア・パネルにはMASTER INS端子があり、トータル・コンプの使用などに使えます。その上にはトークバック用のTALK TO GROUPS/TALK TO AUXESスイッチがありますが、TALK TO GROUPSの方がステレオ・モニターにも割り込むので使いやすいでしょう。その上にはMON LEVELノブとALT MONITORスイッチがあり、2系統のスピーカーを切り替えて使えるようになっています。また、MONOスイッチをオンにするとモニター音だけがモノになるので、位相のチェックに使用するといいでしょう。LEDメーターの上にある1系統のPHONES LEVELとSOLO MASTERノブで、それぞれ好みのボリュームに設定することができます。一番上にはヘッドフォン出力端子とモニター切り替えスイッチが2TK 1 RET/2TK 2 RETの2系統あり、リア・パネルの端子にマスター・デッキやCDプレーヤーなどをつないでおくと、聴き比べなどに便利です。何もスイッチを押さない状態ではATB 8のインターナル・モニターになります。

▼リア・パネル(メーター・ブリッジを外した状態)。左がアウトプット・セクションで、上からMASTER O/P×1系統、MASTERINS.×1系統、2TK RET.×1系統、ALT SPKR×1系統 、MAIN SPKR×1系統(すべてフォーン)。その右がAUXなどのセクションで、上からSTEREO FX RETURNS×8、MONITOR RETURNS×8、SUBGROUP INSERT×8、SUBMASTEROUTPUTS×8、AUX MASTERS×6(すべてフォーン)。その下にはパワー・サプライのコネクターとデジタル・オプション用の空きスロットも装備。その右にはインプットが 8ch分並んでおり、1chあたりの端子構成は上からLINE、MON、INSERT、DIRO/P(以上、フォーン)、MIC(XLR)


ATB 8はデザイン的にはクラシックでビンテージな感じですが、サウンドの作りはTRIDENT特有の中域の荒々しさとひずみ感を残しつつ、現代風にアレンジしスピード感を増した印象です。サイズの割には入力数が多く、多機能でさまざまな使い方ができるので、現在お持ちのハードウェアやDAWなどシステム環境に合わせて工夫すれば、個性的な使い方ができると思います。例えば、ぜいたくなDAW用モニター・コントローラーとして使用するのも面白いでしょう。また本機はマルチトラック録音におけるアナログ・ミキサーの基本的な使い方が分かりやすく学べるので、教育機関、例えば音楽大学や専門学校の教材として複数台導入するのもいいと思います。

サウンド&レコーディング・マガジン 2011年2月号より)

撮影/川村容一(写真①、写真②、リアパネル)

TOFT AUDIO DESIGNS
ATB 8
オープン・プライス(市場予想価格/500,000円前後)
▪マイク入力/>1.2kΩ▪ライン入力/>10kΩ▪出力/<100Ω(グループ/AUX)▪マイク・ゲイン/6dB〜65dB、70dB@チャンネル入力→グループ出力▪ライン・ゲイン/−15〜+25dB▪最大レベル/マイク入力:+20dBu@全帯域、ライン入力:+22dBu@全帯域、グループ出力:+26dBuバランス、+22dBuアンバランス 2kΩ▪周波数特性/マイク入力:20Hz〜40kHz ±1dB、ライン入力:20Hz〜30kHz ±0.5dB▪ノイズ・レベル/マイク入力:<−127dBu ref200Ω/20Hz〜20kHz、ライン入力:<−75dBu(EQオン、ダイレクト・アウト)20Hz〜20kHz、システム全体:<−75dBu(ライン入力→グループ出力)20Hz〜20kHz▪歪率/マイク入力:<0.03% THD@−50dBuIn/+4dBu Out、ライン入力:<0.03% THD@+4dBu In/Out▪標準信号レベル/+4dBu▪外形寸法/530(W)×125(H)×570(D)mm▪重量/非公開