高品位ADコンバーターと定評あるコンプを搭載した4chマイクプリ

UNIVERSAL AUDIO4-710D
1台で真空管とソリッド・ステートのサウンドを自由にミックスできることで人気の1chマイクプリ、UNIVERSAL AUDIO 710 Twin-Finity。これを4ch仕様にし、同社の名機1176を踏襲したコンプを搭載、さらに8chのADコンバーターまで内蔵するという、欲しかった機能が満載のモデルが登場しました。

2つのプリアンプの音をブレンド可能
内蔵コンプはパラメーター固定


温かく倍音が豊かなサウンドの真空管プリアンプと、ノイズや色付け、ひずみなどの少ない音が得られるソリッド・ステート・プリアンプ。本機ならその2つのプリアンプが持つサウンドを、出力レベルや位相を乱すことなくブレンドでき、立体感のある音色を1台で得られます。まずは入出力端子をのぞいてみましょう。リア・パネルには、入力チャンネルごとに4つのエリアに分けられた端子群が並んでいます。各入力チャンネルにはマイク・イン(XLR)やライン・イン(XLR)、ライン・アウト(XLR)を配置。またフロント・パネルにはHi-Z(フォーン)を備え、本機をエレキギターやベースのDIとしても使用可能です。次に、操作子はフロント・パネルに集約され"GAIN"ノブで入力レベルを、"LEVEL"ノブでは出力レベルを調整できます(写真①)。また2つのプリアンプ・サウンドは、フロント・パネルに"∞"と記載されているトーン・ブレンド用のノブでミックス可能。ツマミを"TRANS" 側に回し切るとソリッド・ステート・プリアンプのみ、"TUBE" 側にひねり切ると真空管プリアンプのみのサウンドとなり、その間を動かすことで両者の混ざり具合を調整できます。また、2つのプリアンプ・サウンドの割合を調整しているときは、全体の出力レベルは一定に保たれたままとなります。

▼写真① フロント・パネルにはマイクプリの操作子を集約。"GAIN"ノブでは入力レベルが調整でき、"∞"ノブではソリッド・ステート(TRANS)/真空管(TUBE)の音色バランスを制御可能だ。さらに、"LEVEL"ノブで出力レベルを決定する。そのほか、"FAST" "SLOW"といったコンプ用の操作子や、VUメーターの仕様を切り替えられる"MTR" などのスイッチを配置。なお、"INSERT"スイッチをINにすると、リアのSEND/RETURNに接続したアウトボードなどをプリアンプ&コンプ後段にインサートできる


各プリアンプ・サウンドの印象ですが、本機のソリッド・ステート・プリアンプは輪郭が明りょうで、音がグッと前に出てくる感じです。一方、真空管プリアンプには極めて高い倍音成分が多く含まれるため、音の存在感と奥行き感が増します。75Hz固定のローカット・スイッチや−15dBのPADスイッチも備えるので、楽曲にマッチしたサウンドを柔軟に作っていけるでしょう。さて、本機には同社が1967年にリリースし、現在もその復刻版が販売されているコンプ"1176"タイプの回路が内蔵されています。1176というのは、"プロ用のスタジオでこれが無いところなど存在しない"と断言できるほどの定番コンプです。ただ、各パラメーターの値をコントロールできる実際の1176とは違い、本機のコンプは幾つかの設定が固定されています。パラメーターを見ていきましょう。まず、スレッショルドは+10dBu、レシオは4:1で固定。このため、"GAIN"ノブで入力レベルを高めるとコンプのかかり方が強くなります。本機の場合、コンプのかかり具合はこの"GAIN"ノブでコントロールしなければなりません。ちなみに"MTR"スイッチを用いると、アウトプット="OUT"とドライブ="DRIVE"、さらにゲイン・リダクション="GR"のメーターを切り替えることができます。例えば、コンプを使うときは"GR"を選択し、そのかかり具合をフロント・パネルに備えられたVUメーターで目視可能です。なお"DRIVE"を選択したときは、VUメーターで真空管のサチュレーション量を確認できます。また、"OUT"を選ぶと出力レベルを表示。このメーターを参考にしつつ、実際に楽曲を聴きながらそれに合った音質を"GAIN"ノブでコントロールし、気に入ったサウンドになったところで出力レベルを"LEVEL"ノブで調整します。アタックとリリースについては、両パラメーターのタイムがあらかじめ固定された"FAST" "SLOW"という、2つのプリセットを用意。"FAST"はアタック・タイム0.3ms/リリース・タイム100ms、"SLOW"はアタック・タイム2ms/リリース・タイム1.1sにそれぞれ設定されています。このいずれかをフロント・パネルの切り替えスイッチで選択でき、"OFF"にセットした際にはコンプを解除することが可能。ロック/ポップスのボーカル、またはアタックを抑えたい場合のアコギやスラップ・ベース、さらにキックやスネアのサウンドを平坦にする際には"FAST"を使うとよいでしょう。一方、"SLOW"はアコースティック・ベースのピークを削りたいときや、激しいロックなどでエレキギターのつぶれた音が欲しいとき、またはビンテージ・コンプ的な音質が必要な場合にお勧め。このコンプは簡易的な作りですが、初心者にはかえって使いやすい仕様かもしれません。

高域に特徴がありSN比も良好
アコギやボーカルに最適な音色


ここからは実際に楽器を使い、より詳細に音の特徴を見ていきます。今回はアコギ、エレキギター、ドラムとボーカルを試してみました。まず、アコギの音を通すとジャキジャキとした現代的なアコギ・サウンドが得られました。"∞"ノブを"TUBE"側に回し切り、真空管プリアンプを使うと、倍音成分が付加されてさらに存在感のある音が出力されます。コンプについては、"FAST"を選択し軽めにかければ、良い具合にピークを抑えてくれます。アコギと同様、ボーカルも今っぽい、少し高域が強調されたザクッとした音質が得られます。ただ真空管/ソリッド・ステート、どちらのプリアンプもやや低域が少ない感じで、若干腰高になる傾向です。ドラム・キットに使ったときも、やはり同じ印象でした。とは言え、決して低域が極端に弱いわけではないので、その音質をどうとらえるかはユーザーの好み次第だと思います。周波数レンジやダイナミクスに関しては、ものすごくワイドではないものの、真空管/ソリッド・ステート共にSN比などは合格レベルと言える出来栄えとなっており、この価格帯のマイクプリとしては十分なサウンドに仕上がっていると思います。ところで実際に録音しているとき、"∞"ノブをどこに設定するかは、もちろん楽曲次第です。例えばドラムやベース、エレキギターなどの音を入力する際は真空管アンプの"TUBE"側で入力レベルを上げてひずませ、アコギやボーカルについては"TRANS"側に振り切り、ソリッド・ステート・プリアンプでかっちりと中央に定位させる......なんていう音作りをしてみると面白そうです。

音に輪郭を与えるADコンバーター
8chに対応したアナログ・リミッター


さて、本機の売りの1つとして、8ch ADコンバーターが内蔵されている点も見逃せません。このADコンバーターの入出力端子はリア・パネルに集約されています。まず、1〜4chは各chのマイク・インに対応。2つのプリアンプをブレンドした後の音は、各chのライン・アウトからも出力されます。一方5〜8chは、全部で4つ備えられたライン・イン(TRSフォーン)に対応。また、出力用としてADATアウト(オプティカル)×2、AES/EBUアウト(D-Sub25ピン)×1が用意されます。さらにワード・クロック・イン/アウト(BNC)を備え、外部クロックの入力にも対応しています。サンプリング周波数は、フロント・パネル右側の"Digital Controls"セクション内"SAMPLE RATE"ノブで44.1/48/88.2/96/176.4/192kHzから選択可能(写真②)。また、量子化ビット数は16/24ビットに対応しています。ちなみに、"Digital Controls"セクションにはリミッター・スイッチの"LIMIT 1-8"が装備されていますが、これは1〜8chの音がAD変換される前段階に入るアナログ・リミッターとなります。

▼写真② "Digital Controls"セクションでは、"SAMPLE RATE"ノブでサンプリング・レートを選択するなど、ADコンバーター関連の操作を行うことが可能だ。"LIMIT 1-8"スイッチをONにし、1〜8chの音がAD変換される前段階でアナログ・リミッターをかけることができる


さてこのADコンバーターですが、1〜4chへの入力音がライン・アウトからも出力されるのに対し、5〜8chのライン・インに入力された音は、ADATアウトやAES/EBUアウトからもデジタル出力されます。これはなかなか便利な機能です。用途としては、リンクさせたもう1台の4-710Dの出力をライン・インに入力し、1本のAES/EBUケーブルでAVID Pro Toolsなどに8chのデジタル信号を送ったり、本機以外のアナログ機材の音をAD変換して一度に8ch分のデジタル信号を送るなど、実にさまざまなパターンが考えられます。そして肝心の音ですが、これが良いんです。輪郭がはっきりしていて、音が前に来る。この機材の一番の売りは、意外にこのADコンバーターの音色かもしれないと思うほど好印象でした。音については好みの問題もありますので一概には言えませんが、女性ボーカルやアコギなど、倍音を強調すると気持ちの良いサウンドにはお薦めのADコンバーターです。従来、プロによく使われてきたADコンバーターと比較すると、例えばDIGI DESIGN 192 I/Oに搭載されているものとはまた違ったキャラクターのサウンドがこの価格で手に入るのはおいしいですね。2つのキャラクターが得られる4chマイクプリを軸に、簡易なものとはいえコンプも付き、さらにはハイクオリティの8ch ADコンバーターまで搭載......この充実ぶりで市場予想価格210,000円前後とは、信じられないコスト・パフォーマンスの高さです。4ch仕様となるので、単純計算すれば1chあたり50,000円ほど。これはかなりお買い得ではないでしょうか?

▼リア・パネル。左側から AES/EBUアウト(D-Sub25ピン)や、ワード・クロック・イン/アウト(BNC)とターミネーション・スイッチ、ADATアウト×2(オプティ カル)、5〜8ch用ライン・イン(TRSフォーン)×4が並ぶ。続いて、ライン・アウト(XLR)とインサート・センド(フォーン)、インサート・リターン(フォーン)、ライン・イン(XLR)、マイク・イン(XLR)といった端子群を4ch分装備




サウンド&レコーディング・マガジン 2011年2月号より)
UNIVERSAL AUDIO
4-710D
オープン・プライス(市場予想価格/210,000円前後)
●マイク/ライン入力部▪マイク・ゲイン/14〜70dB▪ライン・ゲイン/-7〜49dB▪マイク入力インピーダンス/2kΩ▪ライン入力インピーダンス/10kΩ▪Hi-Zインピーダンス/2.2MΩ▪ローカット・フィルター/75Hz、−23dB(20Hz)▪PAD/-15dB●ADコンバーター部▪サンプリング周波数/44.1〜192kHz▪量子化ビット数/16(ディザ)、24▪Hi-Zインピーダンス/2.2MΩ●全体▪外形寸法/482(W)×89(H)×305(D)mm▪重量/5.2kg