詳細なモデリングによりリアルな音を実現するアンプ・シミュレーター

MAGIXVandal
MAGIX Samplitudeといえば、ハイクオリティなサウンドに定評のあるDAWです。その最新バージョンにバンドルされたアンプ・シミュレーターが機能拡張され、単独のプラグインとしてリリースされました。"玄人好み"とも言える高品位なエフェクターたちはSamplitudeの魅力の一つでもあるので、ほかのDAWのユーザーにとっても興味津々の製品ではないでしょうか? 今回はそんな注目の新製品、MAGIX Vandalの気になる実力を紹介します。

目的に応じたカスタムが可能
自分だけのオリジナル・アンプを構築


まずスペックをかいつまんで紹介しましょう。①3種類のプリアンプと2種類のパワー・アンプの組み合せから選択可能なアンプ・セクション
②ルーム・シミュレーターと2本のマイクのセッティングを簡単な操作でコントロールでき、フィジカル・モデリングにより細かなサウンド・クリエイトができるキャビネット・シミュレーション
③20種類のストンプ・ボックスと13種類のラックタイプ・エフェクト(キャビネットの後段)
④すべてのツマミをMIDIでコントロール可能
⑤Mac&Windows/VST&Audio Units対応このようにカタログのスペックとして表される部分には、最近のアンプ・シミュレーターとして特に突出したものは見当たりません。それもそのはずで、この製品の最大の特徴は"既存のアンプを模したものではない"という点にあるからです。従来のアンプ・シミュレーターの多くは特定のアンプの動作(サウンド)を幾つかの条件(インパルス・レスポンス)で測定し、それに基づきコンボリューション(畳み込み演算)で再現する方法が採られています。これは少々強引な例えですが、サンプラーを使ってアンプを丸ごとサンプリングするようなもので、測定された条件に近い場合(サンプルのオリジナル・ピッチ付近)は、とても高い再現性がありますが、測定された条件から離れる程にリアリティが失われるという弱点もあります。この点を解消するための技術の一つが回路モデリングや物理モデリングです。回路モデリングはハードウェアを構成する各パーツ(真空管や抵抗など)の電気的特性を演算で再現します。そして、それらを組み合わせることでプログラムによる"仮想回路"を組み上げるといった方法になります。これはアナログ・シンセサイザーなど、電子楽器やエフェクターなどを再現するときに盛んに利用されています。また物理モデリングとは、楽器などの物理的な構造や発音方式を演算によりシミュレートする方法です。最近のピアノや管楽器など生楽器を再現した音源によく用いられています。サンプリングのみでは不可能なスムーズな音色変化を可能にするこれらの方法は、これからの新しい楽器や機材の開発において大きなウェイトを占めるでしょう。前置きが長くなりましたが、このVandalはアンプ・セクションは回路モデリング、キャビネット・シミュレーターは物理モデリングにより構成されたハイブリッドなモデリング・アンプなのです。なので、基本的にはギター、ベースそれぞれ1種類のアンプ・モデル(画面①②)しか用意されていないのですが、目的に応じたカスタム・メイドのアンプを作る感覚で音作りが可能です。またその変化の幅も従来のものをはるかにしのぎます。ですから、そこから引き出されるサウンド・バリエーションは、数十種類もの既存のアンプをモデリングしたものに劣るものではありません。何と言ってもVandalというオリジナル・アンプをコンピューター内に構築できるのが、最大の特徴であり魅力なのです。それでは具体的に各部をチェックしていきましょう。vandal_1.jpg

▲画面① ギター・アンプ画面。真空管からスピーカー・コイルまでの各パーツを詳細にモデリングすることにより、リアルなアンプの響きを再現している


vandal_2.jpg▲画面② ベース・アンプ画面。ギター・アンプ同様のモデリング方法で本物さながらの音質を実現する。またシンプルで分かりやすい画面なので操作に迷うこともなさそうだ。なおギター・アンプとは違いプリアンプとパワー・アンプは1種類ずつとなる

キャラクターが変化するVoicing機能
キャビネット・シミュレーターも秀逸


Vandalは画面上部からコンソール、ストンプ・ボックス、アンプ、キャビネット・シミュレーター、FX(ラック・エフェクト)の5つのセクションで構成されます。コンソールは主に入出力レベルとプログラム、MIDIコントローラーの設定や管理を行います。ユニークなのは右上にある"シーン・メモリー"という機能で、4つまでセッティングを保存できます(画面③)。コピー&ペーストもできるので、ちょっとした違いを比較するときなどにとても便利です。vandal_3.jpg

▲画面③ シーン・メモリー機能を使えば好みのセッティングを4つまで保存しておける


Vandalの心臓ともいうべきアンプ・セクションのプリ&パワー・アンプの選択スイッチは右にあるボタンをクリックすることで表示されます。プリアンプはFENDER(Twin ReverbというよりTweed系に感じました)や初期のMARSHALL(JTM45)などを意識した"CLEAN"と、MARSHALLのSuper LeadやPlexiタイプの"BRITISH"、最近のニーズに合わせMESA/BOOGIE RectifierやPEAVEY 6505のような"MODERN HI
GH GAIN"の3種類が用意されています。パワー・アンプは低出力の"CLASS A"と高出力の"CLASS AB"の2種類が用意され、これらの組み合わせだけでも6通りあるのですが、さらにプリアンプで使用する真空管の数などを増減することでひずみ具合に変化を付けたClean/Crunch/Leadの3種類のチャンネルがあるので、都合18通りのバリエーションが得られます。また特筆すべきなのはFREQ(周波数)とCURVEの2つで構成される"Voicing"という機能。パラメーターの名前だけ見るとEQのようですが、これが激変といってもいいぐらいにアンプのサウンドというよりも"キャラクター"を変えてくれます。細かい仕組みは分かりませんが、音域によるピッキングの強弱による微妙なひずみ具合なども調整可能で、EQとひずみ具合を調整するゲインを同時にコントロールしているような感じです。得られるバリエーションが多く、しかも2つのパラメーターの相関関係も若干難しいので、もう少しと思いツマミを回すと思いがけない方向に変化することもあるパラメーターですが、このVoicingがVandalの音作りのポイントであることは間違いありません。複雑でバーチャル・アナログならではのユニークな音色を作り出すことが可能でしょう。ギターとベース合わせて8種類のスピーカーと7種類のエンクロージャーの組み合わせがチョイスでき、キャビネット・シミュレーターもとても良くできています(画面④)。特に気に入ったのは、スピーカーとエンクロージャーのバランス、いわゆる"箱鳴り"をコントロールできる点です。EQとは違う中低域の微妙な色付けが可能で、音の太さなどにかかわる要素なので、特にクランチやもっとひずませたときなどに、これがコントロールできるのはうれしいことです。何よりこんなことが可能なアンプは現実にはないですから、これは物理モデリングのメリットと言えます。またルームとマイクのシミュレーター(画面⑤)もとても気に入りました。すごく自然な感じでステレオにできます。モノにすると点になり過ぎると感じたときや、ボーカルなどのためにセンターを空けたいときなどいろいろな場面で重宝するでしょう。vandal_4.jpg▲画面④ キャビネット・シミュレーター画面。左画面の"SPEAKER"と"ENCLOSURE"から8種類のスピーカー、7種類のエンクロージャーの組み合わせが選択できる。そして"CABINET BALANCE"のツマミで細かな調整が可能vandal_5.jpg
▲画面⑤ ダイナミック・マイクもシミュレートされており、詳細なセッティングが可能

ストンプ・ボックスとFXの2つのエフェクト・セクションは定番と言われるものを一通りそろえてあり、通常の使用で困ることはないと思います。中でも気に入ったのはFXのVintage Compressor。デフォルトの状態で入力レベルを調整すればピッキング・ニュアンスをつぶさず、ギターにとっておいしい中域をプッシュしてくれるのです。さすがSamplitudeなどで蓄積されたノウハウがあると感心しました。

レンジ感とレスポンスのいい音は
ピッキング・ニュアンスも忠実に再現


音を出してみて最初に感じるのはレンジの広さとレスポンスの良さです。今回は数種類のアンプ・シミュレーターを用意し、似たようなキャラクターのセッティングで切り替えながらチェックを行いました。Vandalは、スペクトラム・アナライザーなどに表示される以上に上下の倍音が感じられる音でした。さらにボリュームの大小やピッキング・ニュアンスによるサウンドの変化も従来のシミュレーターとは違う次元にあり、弾いているのがとても楽しくなります。フルチューブならではの豊かな感じのクリーン・トーンからハイゲイン系の深くひずんだサウンドまで音作りにデッド・ポイントはありませんが、特にピッキング・ニュアンスを幅広く生かせるクランチ系のサウンドに一番魅力を感じました。またギターはもちろんD Iやプリアンプによるサウンド・キャラクターのデリケートな違いもほかのシミュレーターよりも大きく反映される傾向があります。個人的にもかなり気に入ったので少々褒め過ぎた気がしますが、最後に幾つか気になったポイントを挙げておきます。まず一つはチューナーのキャリブレーション(チューニングの基準値)が固定で、精度も少々低い点です。CPU負荷を軽減するための措置かもしれませんが、チューニングはギターにとってかなり重要なポイントなので、精度と視認性の高いものを望みます。もう一点はよりスムーズにコントロールするために、ピックを持ちながら操作することを考慮してツマミの大きさや微細なパラメーターの増減などの操作法に工夫があると良いと思いました。 年々減少する状態の良いビンテージ・アンプを徹底的に解析し再現することも素敵で大事なことです。しかし、プログラムであるメリットを生かしたオリジナル・アンプは利便性だけでなく新しいサウンドの可能性を提示してくれる可能性があります。"Vandal"はそんな期待を抱かせてくれるような製品です。
MAGIX
Vandal
26,250円
▪Windows/Windows XP/Vista/Windows 7、1.5GHz以上のCPU、512MBのRAM(Vistaの場合は1GB以上)、50MB以上のハード・ディスク空き容量、ASIO/WDM準拠のサウンド・ボード ▪Mac/Mac OS Ⅹ 10.5以降/Intel CPU、50M B以上のハード・ディスク空き容量