3ウェイ採用により中域の鳴りが向上した8000シリーズの最新モデル

GENELEC8260A
音響補正機能を付加した3ウェイDSPスピーカー・システム

GENELEC 8260A 609,000円/1本もはや世界中のスタジオの定番となったGENELECより、 8000シリーズの最新モデルとして、3ウェイDSPスピーカー・システム8260Aが発売されました。僕は以前同社の8050Aを使っていましたが、そのモデルには本機のような音響補正機能はありませんでした。音響補正機能とは、どのようなものなのでしょうか? 早速レビューしていきましょう。

シリーズ初の同軸ユニット搭載中域の鳴りを意識した設計


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▲写真1 音響補正時に使用する専用ダイナミック・マイク。付属のインターフェースをコンピューターと接続して、さらに同インターフェースを本機と接続して測定する


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▲写真2 8000Aシリーズ初となった新開発同軸ユニットMDC。バッフル面とコーンの段差が無く、これにより理想的に指向特性を実現しているという。またサーフェス面の凹凸も無く、周波数特性の乱れを排除しているとのこと


同社のDSPによる音響補正機能GLMは、8050Aに音響補正機能を備えた8250Aでも採用されている技術。そして資料によると、本機8260Aは、進化したドライバー・ユニットを基軸に、電子回路、ルーム・アコースティック技術などトータルでアップグレードされているとのこと。ステレオ再生はもちろん、オプションで用意されるGLMソフトと専用の音響測定マイク(写真①)を用いれば、内蔵のDSPとコントロール・ソフトによって、最大30台までのスピーカーを設定場所の音響環境に合わせた適切な値に自動的にセッティング/制御することが可能になるそうです。これにより、サラウンドをはじめとした多様な環境でのモニター・システムが構築可能になっています。まずはスピーカーを見ていきましょう。本機の第1のポイントは、中域用のドライバーを搭載し3ウェイにしたこと。最近の大型ニアフィールド・モニターやミッドフィールド・スピーカーの特徴として、中域用のドライバーを搭載したモデルが増えていますが、音楽の再現をする上で中域の重要性が認知されてきたことが理由でしょう。少し前までは低域と高域を強調したサウンドが流行でしたが、ロックやジャズを再生する場合には中域にパンチがあることが重要です。また本機は、高域用のツィーターと中域用コーンを同軸で構成するドライバーを採用していますが(写真②)、一般的に音源を一点に合致させたスピーカーは、特にクロスオーバー領域においてイメージングとレスポンスと指向性が向上すると言われます。ピンポイントで高域を制御できることはセッティングのしやすさ、狭いリスニング・ルームでの使用に向いているモニターといえます。そしてエンクロージャーのデザインは、同社の8000シリーズで培われた丸みを帯びたアルミ・ダイキャストを踏襲したもので、ちょうど8050Aを2回りくらい大きくした感じです。このデザインは、与えられた外形寸法の中で内部の有効容量を増やすことが可能で、このサイズながらも低域のカットオフ周波数は26Hzを実現しています。

補正は約1分ほどで完了補正無しでも力強く気持ち良い出音


さて、本機の売りの1つであるAutoCa(l 自動ルーム・アライメント機能)を使って早速私のスタジオ、amp'boxに合った設定にキャリブレーションを施していきました。AutoCalは、先述した専用のマイクでスピーカーで鳴らした信号を収音することで、DSPにより自動的にEQ補正やディレイ処理を施し、フラットな出音を生成してくれる機能。1つの部屋で最大4ポイントまで測定可能で、そこから最適な設定を最大10バンドのデジタルEQとディレイにより帯域分割で自動的に調整していきます。今回はセッティングの際、輸入代理店であるオタリテックのスタッフの方にサポートしていただきました。サポートの質の高さは安心した製品の購入や使用していくための重要な要素ですが、さすがにプロ用機器を長年取り扱ってきただ同社だけに、詳しい説明に感心してしまいました。 さて、チェックに戻りましょう。まずはメインのリスニング・ポイント1カ所に専用マイクを設置し、そのポイントで調整していきました。収音した場所は、スピーカー本体から大体2mほどの距離で、僕のイスに座ったときの耳の高さにマイクをセットしています。L/Rのスピーカーから、それぞれ低域から高域までスウィープした音が発信され、それをマイクで拾いアナライズしていきます。測定にかかる時間はほんの数秒で、ソフトの画面(画面①)には補正前や補正後のグラフが表示されます。解析自体も1分程度です。8260a_pic▲画面① GLMの音響補正画面。中央のカーブは補正用EQのカーブとなる。EQはシェルビング・フィルターが4つ、ノッチ・フィルターが6つ用意され、合計10のEQによる補正が可能だ。自動補正はもちろん、数値入力によるマニュアル補正にも対応している最初はEQ補正などを行わず、この8260Aの素の音を聴いてみたいと思います。ロックやジャズの音源で試聴したところ、低域が強調され少しファットな印象ですが、力強く気持ちの良い音で鳴ってくれました。僕は前述の通り8050Aを使っていたことがあるのですが、それに比べても性能が格段に上がっている印象を受けました。中域用のドライバーが付いたことで、音楽にとって重要な中域がしっかりと得られるので、特にロックのような音楽を作る場合、より作りやすくなっていると思います。また8050Aに比べスピーカーの容量が大きくなっていることが特に低域再生に貢献しているのでしょう。8050Aでは少し無理をして低域を出している感がありましたが、本機では余裕で低域も鳴っている感じです。これは小さなボリュームでのリスニングでも実感できるので、作品を作る上でも余裕となってきますね。そして先ほどの手順で補正したデータをソフト上で呼び出しスピーカーに適応させ、ジャズや自分のミックスした音源を聴いてみたところ、素直かつ聴きやすく調整された出音です。ただ、しっかりと調整されている故に、少しおとなしめな印象を受けました。

4つのポイントで測定した結果をミックスして補正することもできる


続いては室内の4ポイントを測定し、そこからEQやディレイを最適な設定に詰めていき試聴してみます。先ほどに比べると聴きやすさは残ったまま、低域と中高域の派手さが加わったような感じです。オタリテックのスタッフの方のお話では、先に試したピンポイントでの測定だと、部屋の定在波などの影響が反映され過ぎて、低域のあるポイントだけを減衰され過ぎてしまう場合もあるそうです。個人的には、たとえモニター用であっても、フラットになり過ぎず、キラキラした高域や力強い低域とパンチのある中域は必要で、聴いていてつまらない音のスピーカーでは良い音楽は作れないと思っています。それ故に、多少バタバタしても華のあるモニターの方が好きなんです。そういった意味では、1ポイントに最適化された補正よりも、後で試した4ポイントで収音して補正したサウンドの方が良い印象を受けました(それはもちろん、ある程度収音などを調整した部屋だということが条件になります)。さらに、一番最初に試聴した補正無しの音の方も好み。この部屋の鳴りに慣れていることもあるかもしれませんが、フラットな状態から、実際に音を聴きながら詰めていく方が僕の好みの音に仕上がりそうです。ただ、これは自分の好きな音や自分が作業しやすい音が分かっている人でなければできない判断かもしれません。とは言え、これまでは経験を積んだ人しかできなかったルーム・アコースティックの調整。それが、簡単な操作でその部屋でのフラットな周波数特性が得られるようになるのは非常にありがたいですね。

L/Rの測定から割り出した平均値を両方のスピーカーに施すことも可能


ここまではL/Rでそれぞれ独立したEQの設定を行って試聴していきましたが、続いてはL/Rそれぞれの測定結果から平均的な値を割り出し、両方に同じEQを施す設定も可能。こちらも4ポイントでの測定です。聴き慣れた音源を聴いてみると、いつも聴いている感じの音に近くなっている気がします。それでいてスピーカーの周波数特性が最適化されているので、かなり聴きやすいです。先ほどまで設定では左右別々に補正したせいか、少し顔を動かすと音の印象が変わるのが気になりましたが、左右に同じEQを施すことで、L/RそれぞれにEQを施した設定よりもシビアになり過ぎず、すっきりした音になりました。しかしこの場合、左右の壁までの距離や壁の素材などがある程度そろっていないとかえって位相が暴れることになる場合があるそうです。補正の前に、まずは部屋の音響特性を良くすることが重要だという"基本"は変わりませんね。また個人的に、モニター環境の重要なファクターとして、部屋の残響時間というものがあると思います。音楽を聴くのに適した残響時間を調整していない部屋ではどんなに良いスピーカーで音を鳴らしても良い音は得られませんので、低域から高域まで適切な残響時間がコントロールされた部屋が大事なのは言うまでもありません。本機のように周波数特性を自動で調整できるスピーカーが登場してきたことで一般的に考えられているよりも、部屋の鳴りは、実は重要だということをあらためて感じました。本機のGLMは大変素晴らしい機能ですが、それが生きてくるのはあくまでもいい音響特性の部屋があるということが大前提です。繰り返しますが、音響補正機能については、本製品に限らず部屋の音響特性がある程度補正されていることが大事。補正の結果をそのまま使うのではなく一つの参考程度にとらえ、自分の好みの音に作り上げて行く作業をするのをお勧めします。スピーカーの出音自体が格段に上がっているので、それも何よりの魅力だと思いました。8260a_rear

▲リア・パネルの接続部。アナログ入力(XLR)、デジタル入力とスルー出力(AES/EBU)を実装している


『サウンド&レコーディング・マガジン』2010年9月号より)撮影/川村容一(メイン写真)
GENELEC
8260A
609,000円
こ▪周波数特性/29Hz〜21kHz ▪音圧レベル/113dB SPL▪クロスオーバー周波数/490Hz/3kHz ▪システム・キャリブレーション/AutoCal、GLM、手動、スタンドアローン▪コントロール・ネットワーク/GENELEC Loudspeaker Manager network ▪外形寸法/570(W)×358(H)×344(D)mm ▪重量/27.5kg