エディ・クレイマー監修の下ビンテージ機を再現したプラグイン・セット

WAVESEddie Kramer HLS & PIE
レジェンド・エンジニアの監修でモデリングされたプラグイン・エフェクト

WAVES Eddie Kramer HLS & PIE 56,700円 その出来栄えの良さで評判のWAVESのシグネイチャー・シリーズから、また新たなプラグインが発売されました。今回はロックのレジェンド・エンジニア、エディ・クレイマーとのコラボレーションです。彼の監修の下で制作されたプラグインとのことで、先に発売されたエディ・クレイマーのサウンドをモデリングしたプラグイン、The Eddie Kramer Collectionも大変に好評だっただけに期待が持てます。では早速チェックしていきたいと思います。

HEILOSコンソールのEQとPYEコンプレッサーをプラグイン化


エディ・クレイマーは、ジミ・ヘンドリックスやレッド・ツェッペリン、KISSなどロックの歴史そのものと言っても過言ではないミュージシャンたちと一時代を築いてきた、有名なエンジニア。彼のサウンドは今日に至るまでミュージシャンやプロデューサーに強い影響を与え続けています。もちろん僕も彼の大ファンで、学生のころから聴き続けているまさにロックのお手本的なサウンド。それでは早速レビューに移りたいと思います。このEddie Kramer HLS & PIEには、HELIOSのオリジナル・コンソールのEQ部を忠実にモデリングした"HLS Channel"と、1960〜70年代のイギリスのスタジオで使われていたPYEというコンプレッサーをモデリングした"PIE Compressor"の2種類のプラグインが含まれます(それぞれ個別でも購入可能。価格はどちらも37,800円)。僕はどちらも実機は触ったことが無いので、今回は実機との比較ではなく、プラグインの出来栄えという視点でチェックしていきます。またコンピューター環境は、APPLE Mac OS X 10.5.8のマシンにDIGIDESIGN Pro Tools | HDをDAWとして、RTASでのチェックとなりました。ちなみに本プラグインはWindows/Mac対応で、ネイティブ版ではRTAS/VST/Audio Unitsで使用可能です。では、まずはHLS Channelから。立ち上げると、クラシックなルックスのユーザーインターフェースが現れます。グラフィックもよくできていて、実機を触る感覚で操作できるのはエンジニアにとってありがたいこと。プラグインは画面が小さいものも多いですが、本プラグインはちょうど良い大きさで操作もしやすいです。構成を見ていくと、一番上が高域用のツマミ。10kHzの中心周波数のシェルビングEQで2dBステップの上げ下げになります。NEVE 1073の高域のEQと同じような形で、+12dBから−16dBまで可変します。中域の"MID"は0.7/1/1.4/2/2.8/3.5/4.5/6kHzの8ポイントに切り替えが可能で、実機が活躍した時代の機材としてはポイント数が多いです。また"PK"と"TR"を切り替えるスイッチがあり、PKで増幅、TRで減衰となってそれらを1つのボリュームでコントロールしていきます。そして低域の"BASS"は60/120/250/400Hzの4ポイント切り替え式で調整は増幅のみ。周波数選択スイッチを反対側に回していくと、0を超えた所から50Hzのハイパス・フィルターになり、−3/−6/−9/−12/−15dBの減衰が得られます。EQ部の上には、"MIC" "LINE"を選択する入力切り替えスイッチと、マイクプリ・ゲインの"PREAMP"を実装。PREAMPを上げていくと、ひずみも得られます。これは実機のひずみまで再現しているとのことで、実際にかけると、デジタルっぽい嫌なひずみではなく、少しトラックの音を太くできるような印象でした。
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▲画面① HLS Channelのフェーダー上に用意されたスイッチ群。中央のスイッチを"NOISE ORIG" 側に倒せば、実機同様のノイズを付加することができる


また画面右には入力と出力のレベルを調整するフェーダーとトリムが付いています。さらに独特なのが、フェーダー上にノイズを付加するスイッチ(画面①)が用意されている点で、実機と同じノイズを付加する"ORIG"とほとんどノイズを感じさせない"LO"を選択可能です。

美しく伸びる高域と芯をとらえた中域高品位なアナログEQのような質感


メイン出力とヘッドフォン出力をいつもの環境で確認してみるとなじみのあるECHOの音。ハイファイで落ち着きがあり、音楽的な音色。私も含めこの音質のファンも多いのではないかと思う。
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▲画面② 筆者が勧めるHLS Channelを女性ボーカルにかける例。高域は8dB上げている


続いては肝心のサウンド。まずはボーカル・トラックに使ってみます(画面②)。この手のEQでは一番よく使う高域からチェックしてみます。ツマミを上げていくと、プラグインEQにありがちな変に堅くなったり詰まったような音の変化は全く無く、シルキーなまま高域の倍音が奇麗に伸びていきます。高品位なアナログEQとそん色の無いサウンドは特筆すべきポイント。はっきり言ってこの出来には驚かされました。本プラグインで得たサウンドと同じ様な音をほかプラグインやGMLのアナログEQで再現しようと挑戦してみましたが、そのサウンドに近づけるのに少し時間がかかりました。これが簡単に作れるのは本当に便利です。MIDツマミもビンテージらしく、音の芯をとらえたEQのかかり具合。中域を少し上げてボーカルにパンチを出したいときなどには良いでしょう。 続いてベースのトラックにインサートしてみました。LOWツマミの周波数は少し高域側に寄り気味な印象を受けましたが、60Hzを上げてみるとボトムが充実します。ただそんなにファットにはなりません。ビンテージ・ロック・サウンドを作りたい際には、その適度なボトム感が適しているでしょう。また高域を上げるとベースの弦の倍音が上がり、フレーズ感やオケの中での存在感が気持ち良く向上します。そしてエレキギターでは、MIDツマミが活躍します。先述の通りパンチの効いた中域はこのEQの持ち味ですが、2kHz辺りを上げるとぐっとパンチが増してきます。ほかのプラグインEQでもこの感じを作れないことは無いのですが、中域のイコライジングはプロでも時間がかかるところ。それが本プラグインでは倍音構成までよくシミュレーションされているので、簡単に得られるのはありがたいです。少し気になったのは、先に紹介したMIDツマミ横のPK/TR切り替えスイッチですが、ゲイン調整ノブが0dBでもPK側のときとTR側のときでは音が若干変わります。もしかしたら、実機を忠実にシミュレーションした結果なのかもしれませんが、使用時には気を付けなければいけないですね。また入力ゲインのフェーダーを上げてクリップさせた場合でも、アナログ的なひずみはありませんでした。入力と出力のボリュームの差による音質の差は今回のチェックでは感じられませんでしたので、入力ボリュームはピークがつかないように設定し、音量は出力のボリュームで調整するのが良いでしょう。

美ナチュラルな質感で音圧の制御も楽S/Nの有無も選択可能


では、次にPIE Compressorについてチェックしていきます。こちらのユーザー・インターフェースもビンテージ感が表現されていて良い感じのグラフィックです。その構成を見ると、アタック・タイムは固定、2dBステップで調整可能な"THRESHOLD"、100〜3,200msまで6ポイントの"DECAY TIME"となっており、全体的にビンテージらしい遅めの設定となっていると言えるでしょう。後はレシオの"COMPRESSION RATIO"が1:1/2:1/3:1/5:1/LIMの5ポイントで調整が可能になっています。通常は2:1か3:1での使用が多いと思いますが、1:1の設定から音色の変化がしっかりと感じられ、これは実機のシミュレーションがよくできている結果だと思います。画面最上部のメーターは、INPUT/OUTPUT/GRの3種類から選んで使用することができますが、基本的にはGRを選択してリダクションを監視するために使うと便利でしょう。
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▲画面③ 女性ボーカルにPIE Compressorをかける例。THRESHOLDは10、DECAY TIMEは1近辺、COMPRESSION RATIOは5:1に設定。緩めにかけるのがお勧め


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▲画面④ PIE Compressorのメーター下のスイッチ群。右側のスイッチはS/Nを切り替えるもので、実機のノイズを再現できる


ではボーカル・トラックにかけてみます(画面③)。設定としては、COMPRESSION RATIOを3:1、THRESHOLDは10dBに設定。ここのツマミは2dBステップなので、正直言えばその間の設定が欲しいときもありますが、ビンテージらしくあまり細かい所にこだらずに直感で設定を選んで行くのが良いと思います。しかしもっと細かくスレッショルド値を設定したい場合は、本プラグインをインサートする前にトリムなどを通してレベルの調整をすると細かく設定できるでしょう。アタック・タイムも遅めに設定されているので、ビンテージ・コンプ・サウンドが楽しめます。ボーカルにインサートした音を聴いた第一印象はナチュラルで詰まった感じがないうえ、伸びやかな部分は残しつつ、音圧をコントロールできる感じです。ボーカルなどには、あまり深くかけるよりも軽くかける方が合っているでしょう。もちろんドラムやギターには過激にかけるという使い方もありですが、どちらかというと温かい感じのサウンドにより適応すると思います。通常このようなビンテージ機材の実機はS/Nが悪い物が多く、出力のボリュームを上げるとハム・ノイズなどが気になるときがありますが、本プラグインでそういう部分も忠実に再現してあります。とは言え、OUTPUTツマミ上に用意されたANALOGのOFF/50kHz/60kHzを選択できるスイッチ(画面④)をOFF側に倒せば、S/Nの劣化の無いサウンドを作ることが可能。ここはプラグインならではのメリットですね。意外に知られてないことですが、実際にビンテージ機材をたくさん使用すると、ノイズの処理に時間を費やすことも多いのです。しかし、本プラグインのように、ノイズ無しでビンテージ・サウンドを得られるのであれば、その点はストレス・フリーですね。質感の傾向としては、FAIRCHILD 660と似たタイプで、ベースやギター、ドラムのアンビエンスにも面白い効果が得られると思います。今回チェックした2つは、昨今のプラグインのようにいろいろと設定が変えられるような万能型のものではないですが、価格もネイティブ版はそれほど高くないので、選択肢の1つとして持っていると、困ったときに大変重宝すると思います。これくらいの価格帯で良い製品がどんどん登場してくると、プラグイン・エフェクトはますます便利になっていきますね。(『サウンド&レコーディング・マガジン』2010年7月号より)
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Eddie Kramer HLS & PIE
56,700円 
▪Windows/Windows 7 32ビット/WindowsVista 32ビット/Windows XP、INTEL Pentium 4 2.8GHzまたはAMD Athlon 64、1GB以上のRAM、1,024×768ドット以上の画像解像度、iLokキー必要 ▪Mac/PowerPC G5 2GHzでOS X 10.4.11からOS10.5までのマシンもしくはIntel MacでOSX 10.4.11から10.6.2までのマシン、1GB以上のRAM、1,024×768ドット以上の画像解像度、iLokキー必要