1176を土台に音色コントロール機能を付加した個性派コンプレッサー

SLATE PRO AUDIODragon
名エンジニアの手によるFETモノラル・コンプレッサー

SLATE PRO AUDIO Dragon オープン・プライス(市場予想価格/228,900円前後)今回紹介するのは、アメリカはSLATE PROAUDIOのFETモノラル・コンプレッサー、Dragonです。実はレビューの依頼が来る前から、広告で見かけた本機のルックスに引かれて使ってみたいと思っていたところでした。私もコンプレッサー好きでいろいろなコンプを使ってきましたが、リズム録りでいまだに欠かせないものの1つが、UREI 1176です。キックのオンマイクとスネアのトップ・マイクには必ずかけているほどです。理由はパンチのあるアタック感と、空気感を自由にコントロールできるリリース・ツマミがあるからなのですが、本機はその1176をベースに、独自の機能をプラスして作り上げられたという製品です。 ところでこのSLATE PRO AUDIOというメーカー、私も今回初めて知ったのですが、何でもWAVEMACHINE LABS Drumagogなどにドラム・ライブラリーを供給してきたエンジニアのスティーヴン・スレート氏が設立した会社とのこと。スレート氏が作ったドラム・サウンドはロサンゼルスを中心に今や全世界で使われており、氏のドラム・レコーディング技術は素晴らしいものです。Dragonはそんなスレート氏が作ったコンプレッサーということで、高鳴る気持ちを抑えつつ隅々までチェックしていきたいと思います。

多滑らかさとパンチ感を備えたサウンド1176のレシオ4つ押しも再現できる


外観は2Uのブラック・フェイスで、結構好みのデザインです。リア・パネルにはイン&アウトがXLRとTRSフォーン端子(共にバランス)で用意されています。電源は推奨が100~120Vとなっているので、100Vでも使えますが、今回は117Vで使用。試聴に際して、1176のシルバー/ブラック・パネルと、三好が歌録りでよく使うTUBE-TECH CL1Bのコンプ3台と並べて比較しながら行いました。各ツマミをいじる前に、まずはBYPASS状態での音質からチェックしておきましょう。アナログ的なウォームさが若干付加されつつも滑らかな質感で、現代的なソリッド感もあり、程よいレンジの広さもあります。CL1Bの滑らかさと、1176のパンチ感を足して2で割ったような印象で、とても良質なトランスや回路が組み込まれている感じがします。それでは、各ツマミやスイッチの機能を見ていきます。まずプロ・エンジニアが機材に対して最も重要視する条件の一つは、音質はもちろんですが、実際に操作したときの使いやすさです。本機のレイアウトはとてもよく練られており、1176を発展させて作った感じです。中央から左側に1176でおなじみのツマミ群、そして右側に本機独自の機能を配置し、直感的にパッと使用できるようになっています。
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▲写真① VUメーターはゲイン・リダクション/アウトプットの切り替え、0の基準値を+12/+4dBでセレクトすることが可能。ちなみに針位置は"DRAGON"表示下にある小穴から精密ドライバーで微調整することができる


一番左にあるのがINPUTツマミ。本機は1176と同様にスレッショルドのパラメーターが無く、入力音の突っ込み具合でコンプがかかる作りのため、実質的にコンプレッションをコントロールするツマミです。ツマミ位置に対するかかり具合も1176と大体同じ感じになっています。ちなみに、コンプレッションの度合は一番右にあるVUメーターで確認できますが、針の振れも滑らかでとても見やすい作りになっています(写真①)。その隣のCOMPRESSIONツマミはいわばレシオで、2:1から20:1まで選ぶことができます。レシオが低いとアタックがソフトニーになり、レシオが高くなるにつれてハードニーになるので、これも1176と同じ感触です。ただしレシオ感は多少違いがあり、本機の2:1が1176の4:1ぐらいに相当します。また本機のレシオを2:1から20:1にしても、聴いた感じの圧縮度合が1176のように激変することなく、滑らかに移行するようなキャラクターになっています。つまり、レシオによって質感があまり変わることがないので、本機の方が歌録りなどで使いやすいと言えます。そのほか、レシオにはSQUASHというスイッチがあり、これは1176ブラック・フェイスのレシオ4つ押し……俗に言う“嵐のリミッター・サウンド”を再現するものです。しかも面白いのはCOMPRESSIONツマミをどの位置にしていても、このSQUASHスイッチをオンにすると、そのレシオに4つ押しのニュアンスが加わるのです。なのでレシオ2:1でSQUASHをオンにすると“小嵐のリミッター・サウンド”、レシオ20:1だと“大嵐のリミッター・サウンド”となります。1176の4つ押し音は実際にはあまり使えなかったりしますが、本機の感じならドラムのアンビエンスなどに使うと面白そうです。
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▲写真② ATTACKとRELEASEツマミは左に回すとFASTで右がSLOW。この部分は1176ではなく現代的なコンプの仕様と同じだ


次はATTACKとRELEASEツマミです(写真②)。ここで1点注意したいのは、DragonのATTACKとRELEASEツマミのパラメーターが1176と逆になっていることです。本機の場合は右に回すとアタック/リリース・タイムが遅く、左に回すと早くなります。まあ初めに知っていれば特に問題にならない感じです。というよりも、本機の方が現代では一般的でしょう。アタックのかかり方は1176に似ています。遅くするとパンチの効いたアタック音がパチっと前に出てきますが、1176よりも早く鋭い感じでヤボったさが無く、現代的なアメリカンなアタック感です。リリース感は1176とは多少違い、早くすると1176ではエアー感が出て音がザラザラに荒れますが、本機ではそのザラつきが抑えられ、エアー感が奇麗に上がっていく印象です。その右には音量調整用のOUTPUTツマミがあります。1176をマイクプリ代わりに使うエンジニアも居るくらいなのですが、本機でメイクアップできるゲイン量が1176より多少低かったのは少し残念なところでした。ここまでが1176をベースにした操作子となります。

高域の倍音やサブハーモニック付加などコンプを越えた音色作りができる


さて、OUTPUTから右は本機独自の領域です。まずHI PASSツマミは入力音の低域がスレッショルドに引っ掛からないようにする、いわば内部信号用のハイパス・フィルター。80Hzから200Hzまで5段階で設定でき、その周波数以下の音ではコンプがかかりません。例えばボーカル録りで“音程が高い方に行って声を張ったときにだけコンプをかけたい”とか“キックのタイミングでコンプがかかるのを避けたい”といったときに使える、とても便利な機能と言えるでしょう。その周りにあるのは音にキャラクターを付けるスイッチ群です。まずVINTAGEスイッチ。オンにするとファットなトーンになります。古くて厚みがある音ではなく、中低域が前に出て太くなる感じです。やせたギター/ベースやスネアに太さを加えたい場合など、何にでも使える感じです。
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▲写真③ 本機の面白い機能がSHEEN/BITE/BOOMという音色変化のスイッチ。さらにVINTEGEやSATURATEという機能も用意


さらに右に縦に並んでいるのは、上からSHEENスイッチ、BITEスイッチ、BOOMスイッチです(写真③)。SHEENスイッチを押すと高域の倍音やエアー感がグッと出てきます。これは微妙な変化ではなく、かなり音が変わります。スネアなどは高域のヌケが良くなってパーンという感じになり、歌もスカっとヌケてかなりキャラクターが変わります。BITEスイッチも質感が若干変わるというよりは劇的な音色変化で、中域を中心にパンチ感が前に出てきます。フィルター的な質感も感じられます。BOOMスイッチは低域を補強して力強さを加える機能で、40Hz辺りのサブハーモニックを足しているようです。加わるのが低い帯域なのでパッと聴きは分かりにくいですが、キックの音圧が欲しいときにオンにするなど、低域を増強したい場合に重宝しそうです。さらに中央にあるのはSATURATEスイッチ。これは3段階でひずみを加えることができる機能です。こもってひずむというよりも、ザラっとした質感で倍音や高域のエッジが出てくる感じ。このひずみ感はOUTPUTツマミの位置に関係しているようで、アウトプットの音量を上げるとよりひずみが強くなって、いわばオーバー・レベルしたときのように機材自体がひずんだ感じになります。ドラムで迫力が今一つ足りないときや、ベースのラインが見えづらいときにかけると威力を発揮するでしょう。その右隣にあるMIXツマミは、コンプレッションした音とドライ音をミックスできるものです。これまで紹介したスイッチ群で多少キツいキャラクター設定にしたとしても、ここのミックス具合で調整できるという仕組みです。ただこのツマミの注意点として挙げられるのは、ドライ音はインプット・ツマミを通っていない“ダイレクト音” だということです。なので、あくまでもコンプレッションを中心に音作りして、かけ過ぎた場合にダイレクト音を加えて和らげるという考え方でコントロールすればうまくいきます。全体的なチェックを終えてみて、1176をベースにしながら、“使えるコンプレッサー”が新たに登場したという印象です。ビンテージ機材を現在のパーツでマネると、ナローな音色でおとなしくなってしまう場合がありますが、本機は現代感とオールド感のバランスが非常に良く、あくまでも2010年の機材です。実際に現場で安心して使えるコンプと言えるのではないでしょうか。slate_rear

▲リア・パネル。XLRおよびフォーンのイン&アウト、そして2台のDragonを連結して使うためのステレオ・リンク用イン&アウトをフォーンで用意


『サウンド&レコーディング・マガジン』2010年7月号より)撮影/高岡弘
SLATE PRO AUDIO
Dragon
オープン・プライス(市場予想価格/228,900円前後)
▪周波数特性/20Hz〜20kHz(±1dB) ▪ゲイン/45dB(±1dB) ▪ひずみ率/>0.5% THD(50Hz〜15kHz、リリース・タイム1.1s時) ▪SN比/81dB(出力22dB時) ▪アタック・タイム/20μ〜800μs ▪リリース・タイム/50ms〜1.1s ▪推奨電源/100〜120V/200V切り替え式 ▪外形寸法/482(W)×89(H)×216(D)mm ▪重量/5.44kg