扱いやすさとナチュラルでフラット出音が魅力の真空管リボン・マイク

ALPHA-MODETRM10
事故防止を考えた別電源ユニット。通常のリボン・マイクよりも高めのゲイン

ALPHA-MODE TRM10 74,800円私が感じるリボン・マイクの魅力はその独特な音質です。高域がフラットで中低域に音がギッシリと詰まっているというのが総体的な印象で、ほかの種類のマイクでは出せない独特の存在感があります。高域がナローなので、単体だと少し物足りなさやダイナミック・レンジの狭さを感じることもありますが、ほかの楽器と混ぜるとそれは一転、どんなに強い音や多くの音が入ってきても決して埋もれることなくしっかりとした存在感を確立できるのです。それを念頭に置きつつ、ALPHA-MODEよりリリースされたリボン・マイクTRM10を試聴チェックしてみました。

事故防止を考えた別電源ユニット 通常のリボン・マイクよりも高めのゲイン


まずは構造から。TRM10の最大の特徴は真空管式という点。加えて、アクティブ・タイプで48Vのファンタム電源を使用するリボン・マイクは、ROYER R-122が既に高い評価を得ていますが、TRM10は別に真空管用電源ユニットを用意しているのも特徴の一つとしています。それではその真空管式について。これには"中国人民解放軍純正使用の非常に高性能なサブミニチュア管を使用している"とあります。サブミニチュア管とはミニチュア管をさらに小型(直径で半分)にしたタイプの真空管で、今から70年前に元々は補聴器用として開発されたのがその始まりとのこと。その後は主に軍事用として活用された歴史があり、それが"中国人民解放軍純正"とうたうゆえんなのでしょうが、個人的には説得力を感じます。また真空管を中国製のものからSYLVANIA5899か5840、またはVALVO5899にアップデートしたTRM10 Custom(99,800円)もラインナップしているそうです。別電源仕様という点もスタジオでの使用にはメリットを感じます。通常のリボン・マイクにファンタム電源を供給することはリボンを破損してしまうので絶対に厳禁ですが、スタジオで何本もマイクを立てていると間違ってファンタムを入れてしまい壊してしまうケースも少なくないからです。電源をセッティングする手間は多少増えますが、それよりも破損のリスクが無くなり信頼性が高まることは大きなメリットです。では実際に立ち上げてのチェックです。ゲインは通常のリボン・マイクより十分高めで使い勝手がいいです。ただ個人的な好みでは、ストリングスのアンビエンスなどの弱音楽器録音時のSN比にも配慮すると、もう少し高めの設定もありだったのではとも思いました(ROYER R-122と比較すると5〜6dBは低い)。

低域の圧倒的な太さと高域の柔らかさ 近接効果も非常に高め


続いては音質について。パッと聴いた感じで、まず印象的なのは低域の太さと高域の柔らかさです。音の膨らみとなる部分はもちろん、非常に低い帯域まで低域全体がたっぷりと表現され圧倒的な太さを感じます。ラージ・スピーカーで聴くとそれはさらに顕著で、低い帯域の音が入ってくると、38cmのウーファーが飛び出さんばかりに振動しています。加えて本機は近接効果が非常に高く、特にマイクを近づけたときの低域の量感には圧倒的。その分、低い周波数での吹かれには幾分弱い部分も感じられ、巨大レベル入力時のひずみも含めてオンマイクに関しては音源との距離の選定には注意が必要でしょう。その低域とは対極に高域は非常に滑らかです。派手なマイクにありがちな中高域のピーク感や超高域に向けてのしゃくれ感が無く、音全体がとても自然に聴こえます。ただし、前述したようなたっぷりした低域成分で高域がマスキングされ立ち上がりや抜けが悪く感じてしまうケースも想定されるので、実際の使用の際しては事前にそのキャラクターを把握することをお勧めします。音質面での特徴として、先に少し触れた通り、セッティング位置によって音の表情が変化することも挙げられます。通常のマイクは音源との距離で音像だけが変化しますが、TRM10では加えて音質面、特に中低域のニュアンスも変わります。ですから、繊細に音決めした後のマイク移動には慎重さが必要で、逆にこれを極めればTRM10でしが表現できないポイントやセッティングも追い込める奥の深さがあるとも言えるでしょう。またリボン・マイクの代表格としてはRCAの77-DXが著名。しかし以前は通常のレコーディングで77-DXを使うケースは少なく、私が所属するビクタースタジオでは相当な数がありましたが、ビンテージというよりはただの古いマイクという印象でした。その私がリボン・マイクを意識したのは、あるプログラムで三味線を録ったときです。初めて録る三味線にいろいろなコンデンサー・マイクや真空管マイクを試してみましたが何かしっくりいかず行き詰まりかけたとき、大御所の先輩が77-DXを使用しているのを思い出し、実際に立ててみてリボン・マイクのパワーに打ちのめされたのです。以来、アタックやピークが強かったり高域の倍音が非常に多い楽器には欠かせないときの引き出しになっています。私にとってのリボン・マイクは特徴的であるからこそ組み合わせがハマるとベターではなくマストで、リボン・マイクファンの方には同様のこだわりをお持ちの方も多くいらっしゃると思います。そんな中、TRM10の総評としては、"ナチュラルでフラット"です。レコーディング時のマイク選定には、楽器のキャラクターをより際立たせるために個性的なマイクと組み合わせるケースと、楽器や演奏者の違いによる細かいニュアンスの差が感じられるようにあえてフラットなマイクをセレクトする場合との2種類がある思いますが、本機のニュアンスは後者に近く、このようなアプローチはリボン・マイクの使用範囲や楽器との組み合わせを大きく広げているとも感じました。リボン・マイクは魅力的な音質ですが、これまでは積極的になり難い部分がありました。本体が大きく重いため自由なセッティングができない、経年変化によるコンディションの差がマイクごとにあり同時に複数本での使用が難しい、衝撃や吹かれに弱くファンタム電源厳禁などの取り扱いに規制があり何となくひるんでしまう、などが主な理由でしょう。しかし、このTRM10のような、コンパクトで軽く安定性があり、そして何よりもリーズナブルなタイプが登場したことで、リボン・マイクの使用頻度や可能性が飛躍的に高まることでしょう。(『サウンド&レコーディング・マガジン』2010年4月号より)撮影/川村容一
ALPHA-MODE
TRM10
74,800円
▪周波数特性/30Hz〜15kHz▪指向性/双指向性▪感度/−55dB▪S/N比/70dB以上▪外形寸法/38(φ)mm×210(H)mm▪重量/400g(本体)