オリジナル・エフェクトなどを自作できるLive用プログラミング環境

ABLETONMax For Live
Pluggoをはじめ100種類以上のデバイスが付属

ABLETON Max For Live 33,800円(High Resolutionオンラインストア価格)何といっても個人的な昨年最大のトピックは、Live 8と同時にアナウンスされたMax For Liveでした。Live 8の発売から約半年(いやー待ちこがれました)、ついにその時が来ました!!Max For Liveの登場がどれほどエポックメイキングな出来事なのか、限られた誌面ではありますが皆さんが納得するように説明しましょう。

プログラミング言語"Max" その奥深い世界とは?


Max For Liveに関してWeb上では発売前から各国で多数の人たちが盛り上がり、M4Lという略名もかなり定着してきました。その名が表すようにLiveのためにカスタマイズされたこの製品のポテンシャルを説明するためには、当然のことながらベースとなっているCYCLING '74のMaxやその拡張機能であるMSP、Jitterについて語らなくてはなりません。Maxの原型はフランスの国立音響音楽研究所であるIRCAM(イルカム)で1980年代の中ごろに誕生しました。音響研究や現代音楽のメッカとして有名なIRCAMで生まれたことからうかがい知れるように、Maxは販売を目的とした商用ソフトではなく、MIDIという当時誕生したばかりのネットワーク・プロトコルを利用して、実験的な作曲やパフォーマンスを実行するために開発されました。IRCAMの創立者で現代音楽界の重鎮ピエール・ブーレーズも作曲に使用していたようで、当時"IRCAMに何だか超強力なMaxというヤツがあるらしい"というウワサが聞こえてはきま
したが、一般的にその名が知られるようになったのはOPCODEがライセンスを供与され、1990年に商用版をリリースしてからです。このように誕生からおよそ四半世紀はたっているのですが、一般的には現代音楽の聖地で誕生したことも手伝っているのか"なんかすごい(&難しい)......らしい"という漠然とした認識のまま放置されているような気がします。確かにコンピューターに精通している人ならばともかく、これは無理もないことでしょう。なぜならばMaxとは決まったユーザー・インターフェース(操作画面)などを持った"アプリケーション・ソフトウェア"ではなく、そのアプリケーションを作るための"プログラミング言語"なのです。"言語"なんて言われるとなんだか難しそうで敷居が高い感じがします。しかし、Maxが画期的なのは、"それぞれ特有の機能を持つモジュール(オブジェクト)同士をケーブルで接続する"という、シンプルで分かりやすいグラフィカルな操作でプログラムを構築できる点です。パッチ式シンセサイザーやギターのコンパクト・エフェクターをセッティングする感覚をプログラミングの世界に持ち込んだのです。そのおかげで多くの音楽家が自分の目的に応じたアプリケーション(Maxではパッチと呼びます)を構築することができ、"プログラミングによるオリジナルな表現方法"を手に入れることができたのはMaxの最大の功績です。このようにグラフィカルな操作がメインのプログラミング言語を"ビジュアルプログラミング言語"と呼びますが、Maxはまさに音楽とマルチメディアの世界においてその草分けであり、20年以上たった今でも他の追随を許さない揺るぎない存在です。また先述したように当初はMIDIを扱うことからスタートしましたが、バージョン・アップによる機能拡張以外にオーディオ用のMSP、映像用のJitterが別売の追加モジュールとしてリリースされ、テキストから動画まであらゆるメディアを扱うことが可能になり、音楽関係にとどまらずあらゆるフィールドのアーティストたちから"インタラクティブな変化がほしいときはMax"と支持されるようになりました(あくまでも使い方の一部ですが)。現在のバージョン5.0からは、MSPとJitterが標準装備となり、Maxの名称にすべての機能が統合され、ますます"メディアをクロスオーバーするためのツール"として進化し続けています。音楽フィールドのユーザーとしてはオウテカやカールステン・ニコライ、坂本龍一などの名前が挙げられます。さて、Maxの奥深い世界について語りだすと誌面がいくらあっても足りません。そろそろ本題のM4Lに話しを移しましょう。

Pluggoをはじめ100種類以上のデバイスが付属



▲画面1 M4Lに付属のデバイスで、Buffer Shufflerというエフェクトの内部構造をPatching Modeで表示した様子。"プログラミング"と言えば、難しい数式などが並んだ様子を思い浮かべるが、Maxでは各種の機能がグラフィカルに表示され、これらを接続していくことでオリジナルのエフェクトなどを作成できる


M4LをインストールするとLive 8のブラウザーには付属デバイスなどを収めた専用フォルダーが用意され、ほかのプラグインなどと同じように使用できます。しかし、そのデバイスをトラックビューで表示してみると、タイトルバーの右上には通常のデバイスには無い"編集ボタン"があり、それをクリックすると、そのデバイスがMax上で表示されるのです。さらに"Patching Mode"というボタンをクリックするとそのデバイスの内部構造が表示されます(画面1)。ここで既存のデバイスをカスタマイズしたり、白紙の状態からデバイスを構築したりできるわけです。ちなみに通常の表示モードは"Presentation Mode"と呼ばれ、モードを切り替えるときの画面のモーフィング具合はさりげないけどカッコ良くて、無意味に人に見せびらかしたくなります(笑)。 

▲画面2 Loop Shifter(Presentation Modeで表示)。スタート/ループ・ポイントや再生スピード、フィルターなどをコントロールし、ユニークなサウンドを生み出せるツール。左ページの画面中央は本デバイスのPatching Mode表示だ



▲画面3 画面1でも登場したデバイス、Buffer ShufflerのPresentation Mode画面。その名の通りオーディオを"シャッフル"して、ランダムに再生したりすることができる



▲画面4 Building Blocksフォルダーに用意されているリング・モジュレーターを、Patching Modeで表示してみた。このデバイスにはチュートリアル用に簡単な解説文が添えられている。リング・モジュレーターというエフェクトの基本知識さえあれば、このデバイスがどのような機能を接続して作られているか、おおよその想像はつくだろう。さらに、解説文を読むことによって、デバイス作成のヒントをつかんでいくことができる


M4Lでは、できることがあまりにも多過ぎて何を紹介すべきか悩むのですが、特に"インタラクティブな変化/変調"や"素材の解体/再構築"などは得意技です。M4Lに付属し、ABLETONのサイトでも"Maxのサウンドといったらこのデバイス"と書かれているLoop ShifterやBuffer Shufflerなどはその典型的な例。Loop Shifter(画面2)は、ループ・プレイバック・デバイスでMIDIノートごとにスタート/ループ・ポイントやスピード、フィルターの変化などが設定でき、それらがモーフィングして切り替わります。その変化はユニークで、とても1つのサンプルとは信じられないようなバリエーションを引き出せます。また、Buffer Shuffler(画面3)はリアルタイムでフレーズを組み替えられる、なんとも豪快なエフェクト。Diceという機能が最高で、サイコロを振るようにパターンを出たとこ勝負で変化させることなどが可能です。また気が利いていると思ったのは、オーバードライブやディレイなどの基本的なデバイスが、
"Building Blocks"というフォルダーに用意されている点です(画面4)。それらを参考にしたりカスタマイズしたりすることにより、なるべくユーザーが新デバイスを開発しやすいように配慮されています。簡単なエフェクトなどのPatching Modeを見て"これなら自分にも......"と思ったらM4Lにハマる第一歩です(笑)。さまざまなデバイスのPatching Modeを眺めていると、音をより高度に解析する技術が進めば、音量や音程だけではなく響き(ハーモニー)やリズムを感知/認識して、こちらが盛り上がったら一緒に盛り上がってくれたり、きわどいせめぎ合いや、時には展開をリードしてくれるような、より高度にインタラクティブなプログラム(M4L)と"競演"できる日も遠くないような気がします。 なお、うれしいことに以前CYCLING '74から発売されていたプラグイン・バンドルPluggoが50種類近くもM4Lデバイスとして付属しています。一風変わったプラグインとして、その筋では人気のあったPluggoの内部構造を見ることができるのはパッチ作りのとても良い教材にもなり、なかなか粋な配慮だと思いました(もちろん改造も可能です)。そのほかにもMIDI周りの細かなツールなども合わせると、M4Lによって入手できるデバイスは全部で100種類以上に及びます。単なるプラグイン・バンドルと考えても極めてコスト・パフォーマンスは高いと言えますが、それだけに留まりません。リリースしてまだ日が浅いのに、既にユーザーが作ったオリジナルM4Lパッチのダウンロード・サイトも登場しているのです(www.maxforlive.com)。今後、各国で自国語のユーザー・サイトやフォーラムが生まれる可能性はとても高いと思います。"公開することにより多くのフィードバックを得て、情報を交換することにより進化する"、そんな今まではメーカーに頼らざるを得なかったことが個人レベルで可能になり、Liveをより自分自身にフィットしたツールとして進化させることができるのです。筆者が知る限りここまで積極的かつ本格的なカスタマイズ環境をユーザーに提供したDAWホスト・アプリケーションは過去にありません。またMaxユーザーにとってもMax For Liveは魅力的な存在です。自身のパッチを移植すれば、単にLiveのタイムラインを利用した制作/操作環境が手に入るだけでなく、VST/Audio Unitsプラグインが併用できるのはもちろん、複数のパッチを同時に立ち上げ、それらを自由に接続するMaxパッチのハブとしても、マクロ・コントロールやMIDIキー・マップを使いMaxのみでは難しい柔軟で複雑なリアルタイム・コントロールの実現や、それらの録音/記録が容易に可能になるのです。確実にLiveユーザーにはM4Lが、MaxユーザーにはLiveがマスト・アイテムになると思います。そのほかにも、APIを変更してLiveのユーザー・インターフェースをカスタマイズできるなど、伝えたいトピックはたくさんあるのですが、M4Lを語ることは、Maxについて語ることとほぼイコールなのでとても誌面が足りません。その可能性についてもっと知りたい方はノイマンピアノのお二人が書いた『2061:A Max Odyssey』などを入手して調べてみることをお勧めします。Max For Liveが音楽だけに限らず、すべてのメディアに対して自由で独創性のある"表現方法"を手に入れるパスポートになることは間違いありません。(『サウンド&レコーディング・マガジン』2010年3月号より)
ABLETON
Max For Live
33,800円(High Resolutionオンラインストア価格)
▪ABLETON Live 8.1以降が必要