テンポやタイミングを自由に扱える最新DAWを軸にしたパッケージ

APPLELogic Studio
一言で言えば、見た目と違って"質実剛健"という言葉が一番似合う堅実なアップグレード

APPLE Logic Studio 54,800円Logic Studioのほぼ2年振りのメジャー・アップデートだ。前回がユーザー・インターフェースを一新し、DAWソフトであるLogic Pro 8に各種ユーティリティ・ソフトウェアを組み合わせ、価格も思い切って改訂されたLogic Studioとしての再出発だったことを踏まえると、今回のアップデート第一報の印象は"正直地味かな?"というものだった。しかし、実際に改訂部分に触れてみた後の印象は"堅実" の一言に尽きる。ライブ・パフォーマンス向けソフトMainStage 2など、パッケージされている他のソフトも魅力的な改訂がなされているが、このレビューは、"実は"著しい変化を遂げたLogic Pro 9に的を絞ってみたい。

タイム・ストレッチ機能Flex Timeなどでオーディオ・テンポをリアルタイム操作


なぜ当初地味に感じたかといえば、単純に"見た目の違い"が全くと言っていい程に無かったからだ。"これどこが変わったの?"と、画面からは変化がほぼ見て取れないのだ。唯一変化を感じたのがツール・バーに"Flex"というアイコンができたことくらい。これもよく見てやっと気が付く程のさりげなさだ。しかし、このFlex Timeが今回の改訂のある意味目玉だ。いわゆる"エラスティック・タイム" 的な機能で、フレキシブルにオーディオを収縮/伸長し、タイミングを非破壊的にエディットできる。使い方は簡単で、使いたいオーディオ・トラックのインスペクター上からプル・ダウンでFlexモードを選び、ツール・バーに新設されたFlex Toolでタイミングを変えたいポイントでクリック&ホールドし、タイミングを変えたい方向にドラッグするだけだ(画面1)。かなり直感的に操作できるので、一度使えば操作に迷うことは無い。

▲画面1 Flexをオン(赤丸部分)にしたところ。波形の緑色の部分が収縮、オレンジ色が伸長部分で、過度に収縮/伸長するとアラートが出て赤く表示される。リージョン上部に点在しているのはFlexマーカーで、マーカー・ポイントをドラッグして収縮/伸長が行える


詳細をエディットする場合は、Flexモードで任意のアルゴリズムを選んだ段階で、ツール・バーのFlexボタンを押すとリージョン上にFlexマーカーが追加される。これはFlex Timeがオンになった段階で自動で解析され、編集ポイントになるであろう個所へ自動的に追加されたものだ。このFlexマーカーを移動させると、その左右のFlexマーカーのポイントは固定されたまま、現在のポイントの前後の波形が収縮、伸長される。また、ポイントが無い個所でクリックすると、新たなFlexマーカーが自動でできて、その前後のマーカーは固定されてそのポイントのタイミングが編集できる。つまり、前後のマーカーより外側のタイミングには影響させずにピンポイントでタイミング補正ができるわけだ。ちなみに、このマーカーは削除も可能だ。そして、オーディオ・トラック単位でモードのアルゴリズムを使い分ける仕様になっており、単純に切り分ける"スライス中"やタイミング重視の"リズミック"、単音の場合に効果的な"モノフォニック"、和音やミックス済み素材に向くPolyphonic、波形を伸長するとピッチが下がり収縮すると上がる例外的な"速度" などから選択できる(画面2)。

▲画面2 Flexモードの切り替え。日本語対応する際に訳しきれていない部分もあるようだ。ここで選んでいるTempophoneは、グラニュラー独特の効果が得られる、いわば飛び道具的モード


また、アルゴリズムによって微調整できるパラメーター(ディケイやグレイン・サイズやクロスフェードなど)が変化する。これらのパラメーターの変更によってもかなり音質や効果が変化するので、用途によってそのバリエーションは多岐にわたる。特に収縮方向のエディットではかなりナチュラルな変化で、オケ中ではちょっとエディットした程度では気が付かない程の音質だし、わざと引き伸ばしたり、グレイン・サイズを極端な値にしたりしてエレクトロニカ的なグリッチ/グレイン・サウンドなどを作ることまで可能だ。今回のレビューでも、実はここで一番遊んでしまったくらい面白い(笑)。エディットした後でのモード変更ももちろん可能なので、全体を見渡してモード選択する場合も使いやすい。また、手動でのエディット以外でも、FlexをオンにすることによってMIDIと同じパラメーターでFlexマーカー・ポイントをクオンタイズできるので、その応用範囲はかなり広い。スクエアなグリッドに対してクオンタイズするだけではなく、任意のトラックのグルーブからグルーブ・テンプレートを作成して別のトラックに適用することもとても直感的に行えるので、よりヒューマンなグルーブに統一することもストレス無くできる。これらのタイム/ピッチ変換アルゴリズムの応用的な実装として、VarispeedとSpeedFadeもある。Varispeedは、曲の本来のテンポとは別に"一時的"に−50〜+100%までの範囲でテンポを変更できる機能(画面3)。

▲画面3 トランスポートにある"−+"ボタンを押すとVarispeedがオンに。ピッチは保ったまま、あるいはスピードに合わせて変更させることも可能


再生時だけではなく、録音時(!)にまで適用できるので、オーディオ録音の場合でも難しいフレーズを本来よりも遅くし
て録音し、本来のテンポで再生してしたり、曲調やグルーブを試行錯誤する場合にいろいろなテンポを試したりすることが可能になった。今までも工夫すれば同じことは可能ではあったが、より直感的にできるのはやはりうれしい。そしてSpeedFade機能は、今までのリージョンごとのフェード・イン/アウトと排他的に選べるようになっている。フェード・イン/アウトが再生速度アップ/ダウンにパラメーター名が変化し、ターンテーブルやアナログ・テープのスピン・アップ/ダウン効果が簡単に実現できる(画面4)。

▲画面4 リージョンごとに、(音量の)フェードの代わりにピッチのフェード・イン/アウトが選択可能。上のリージョンではオレンジ色の部分がピッチ・フェードで、ブレイクビーツにこれをかけるとスクラッチに似た効果が得られて面白い


同様のことができるプラグイン・エフェクトはこれまでにもあったが、それを非破壊で設定できるようになったと思えば分かりやすいだろうか。そのカーブの変化の仕方もフェードと同じく作成できるので、リニアな変化はもちろん急激なカーブからゆるやかなカーブまで任意に設定できる。

ビートのスライス→サンプラーへ展開もコマンドひとつで可能に


そのほかの機能でうれしいのが、アレンジ・ウィンドウ上の"オーディオ"メニューに追加されたコマンド"リージョンを新規サンプラートラックへ変換"。オーディオをチョップしてサンプラー(付属のEXS24MKII)にアサインしてくれる機能である(画面5)。

▲画面5 新コマンド"リージョンを新規サンプラートラックへ変換"は、オーディオをアタック部分で切り分けて付属ソフト・サンプラーEXS24MKIIへ読み込む、PROPELLERHEAD ReCycle!的な機能だが、元のリージョンのミュートまで自動的に行ってくれるのが便利。ここをスタートにしてUSB鍵盤やパッドなどでパターンを組み直す作業も随分やりやすくなった


先程のFlexのように、アタックに相当する部分ごとにオーディオ・ファイルを自動的に分割し、それをMIDIでコントロールできるようにトラック作成→EXS24MKIIのインサートとサンプル・アサイン→MIDIリージョン自動作成→元のオーディオ・リージョンのミュートまでフル・オートに実行してくれるのだ。これも同じことはサードパーティのプラグインやソフトウェアを使用すれば当然今までも可能ではあったが、ここまでシームレスにアレンジ・ウィンドウ上のみでワンタッチで実現できるのがよい。Flexでのエディットがよりエンジニア寄りというか静だとすれば、サンプラーにアサインしての作業はよりプレイヤー寄りというか動の効果がある。どうしても波形エディットだと音と発想が時間軸上でずれるので、リアルタイム性が無く組み上げる的な作業になる。サンプラーを使い、特にリアルタイムにプレイすることによって、よりグルーブ感やアクシデント性が生まれやすくなる。また、複数の鍵盤を同時に押すなども可能になるので、より自由なアプローチを実現できる点も見逃せない。なので、個人的にはこの機能は今回の一番の"当たり"だった。

大幅に強化されたアンプ・シミュレーター&エフェクト


さらにギター・ギアとして、アンプ・シミュレーターの"Amp Designer"(画面6)が搭載。

▲画面6 25種類のギター・アンプ&キャビネットを再現したAmp
Designer。マイクはコンデンサー、ダイナミック、リボンが選択でき、マイク位置も調整可能


25種類のアンプとスピーカー・キャビネット、3種類から選択可能なマイクの位置などを組み合わせて、正統的なギター・サウンドから破壊的なローファイ・サウンドにまで応用できるツールとして追加されている。特にマイク位置の調整による音質の変化は、今まで使用した中では一番自然に感じた。さらに30種のペダル・エフェクターを自由に組み合わせられるPedalboardも新規追加(画面7)。

▲画面7 Pedalboardは30種類のコンパクト・タイプのエフェクターがスタンバイ。これを好きな順に並び替えて使用する。スプリッター/マージャーでの分岐も可能だ


今まで基本的にはハイファイであったLogicのエフェクト・ラインナップに、ディープでジャンクな選択肢が追加されたのもうれしい。紙幅が無いので今回は紹介できなかったが、これらのほかにも、別プロジェクトからの任意のトラックのみの読み込み機能、任意のリージョンをワンタッチで別トラックにバウンスできる"リージョンを所定の場所へバウンス"(これも地味だがムチャクチャ便利!!)、DIGIDESIGN Sound Replacer的なオーディオ・ファイル差し替えツール"Drum Replacer"、追加された"Jam Pack:Voices" "Warped Effects for Space Designer"といったライブラリーなど、本当はあと2ページ使って紹介したいのを涙を飲まざるを得ないが、今回のメジャー・アップグレードは、一言で言えば、見た目と違って"質実剛健"という言葉が一番似合う堅実なアップグレードである。(『サウンド&レコーディング・マガジン』2009年11月号より)
APPLE
Logic Studio
54,800円
▪Mac/INTELプロセッサーを搭載したMac、1GBの実装メモリー(2GB以上を推奨)、1,280×800ピクセル以上のディスプレイ、Mac OS X 10.5.7以降、QuickTime 7.6以降、DVDドライブ(アプリケーションのインストールに必要)、オーディオ・インターフェース推奨、9GB以上のディスク・スペース(オプションのコンテンツをすべてインストールするには、さらに38GB以上が必要。別のディスクへのインストールも可)▪パッケージ内容/Logic Pro 9、MainStage 2、Soundtrack Pro 3、Studio Instruments、Studio Effects、WaveBurner 1.6、Compressor3.5、Impulse Response Utility、Apple Loops Utility、QuickTime 7 Proおよび必要なコンテンツを収録したDVD。すべてのJam Pack、サウンド・エフェクト、サラウンド・ミュージック・ベッド、EXS24のサンプル、インパルス応答ファイルを収録した6枚のコンテンツDVD。デモ・コンテンツを収録したDVD。製品マニュアル(印刷版・電子版)▪アップグレード価格/Logic Studio/Logic Proからのアップグレード:21,800円、Logic Expressからのアップグレード:31,800円