分離の良い素直なサウンドのライブ向けコンパクト・デジタル・コンソール

DIGIDESIGNVenue SC48
Pro Toolsにダイレクト録音可能なPAコンソールVenueシリーズ初のI/O一体型モデル

DIGIDESIGN  Venue SC48 オープン・プライス世界中で圧倒的な支持を受けるPA用デジタル・コンソール・システム、Venueシリーズ。筆者もD-Show(Venue用コントロール・サーフェス)デビュー以来、素直な音質に引かれ年間のほとんどをVenue D-Showでツアーを回っています。ちなみにD-Showはほかのデジタル卓に比べ、取説の必要がなく、操作が簡単なコンソールという印象を持つエンジニアは筆者だけではないはずです。先日登場した、既存のアナログマルチをそのまま使える待望のMix Rackに続き、さらに省スペースで設置できる新機種のSC48の登場です。その魅力をレビューしていきます。 

軽量でコンパクトなボディに操作性の良い機能を搭載


SC48は、マウス用トレイを別にすれば1m四方に収まるというコンパクトさで、アナログ入力×48(XLR)、アナログ出力×16(XLR)を標準装備しています。省スペースしか確保できない環境に最適なのはもちろん、重量も56.7kgと2人で余裕で運べますし、一般用のエレベーターでも1人で縦に起こせます。狭い通路や手運びの道中が長いホールでも楽にセットアップできるでしょう。パネルの大まかな構成は、左側がインプット・チャンネル部で、3レイヤーを切り替えて48入力を操作可能な16本のフェーダーを備えています。また右側がAUX出力やVCAのための8本のフェーダーとマスター・フェーダーを備えた出力部で、その間には後述するFlex Channelも用意。さらに中央上にはミュート・グループやバス・アサインのスイッチ類、そして右上はこれも後述するChannel Controlセクションです。本機はD-Showに比べ操作性も向上しています。その要因の一つはChannel Controlセクションです(写真①)。これは選択したチャンネルのゲイン、ハイパス・フィルター、EQ、AUXセンド、コンプ、ゲートなどをボタン一つで切り替えて8個のロータリー・エンコーダーで操作できるというもの。Userボタンを使用すれば、これらの機能から任意のパラメーターを選び出し、自由にアサインすることも可能です。これにより本番中でもスピーディな対応ができます。エンコーダーの色は、コントロール・ソフトVenue D-Show Softwareの画面と一致しており、カラフルに色分けされているので本番中の視認性も向上しています。ディスプレイに慣れるまではボタンをいじってもどこのボタンが何dB動いたのか、目で探した方もいると思いますが、一安心でしょう。なお、ディスプレイは市販品を別途用意することになります。また、1/3オクターブのグラフィックEQは全部で24基搭載されており、インプット・フェーダーで操作可能となっています。右半分と左半分で20〜630Hzと800Hz〜20kHzをそれぞれオン/オフできるので、卓返しの仕事のときなどはうまく使えばアナログ卓に近い感覚でミックスができると思います。そんな馬鹿なとお思いかもしれませんが、お試しあれです。さらに、現時点でのD-ShowおよびD-Show ProfileのシステムはVer.2.7ですが、本機はVer.2.8です(すべてのVenueシステムが近日中にVer.2.8.1にバージョン・アップ予定)。このバージョン・アップで特筆すべきはVCAスピル機能。これはボタン一つでVCAにアサインしているチャンネルをレイヤーに関係なくフェーダー上に並べてくれる機能です。そもそもVenueはVCAを8グループしか組めません。昨今は12グループ前後のVCAを装備した機種も増えているので意外と頭を悩ます問題です。しかし、VCAスピルを使えばこれを解決できます。例えばアコースティック・ギターとガット・ギターを本来は別VCAで組みたいがVCAが足りないという場面で、両チャンネルを同じVCAにアサインしておきます。そしてVCAスピルをオンにするとフェーダー上はアサインしたアコースティック・ギターとガット・ギターのチャンネルだけになるのでVCA感覚でミックスできるのです。また、"そのとき、ボーカルはどうする?"という問いに対してはFlex Channel機能があります。これもボタン操作一つでパネル中央やや右にある1本のフェーダーに好きなチャンネルをアサインできるのです。これらの機能は開発側がユーザーの声を真剣にとらえ反映した機能で、このメーカー自体がユーザーの声に非常に敏感な姿勢を持っている印象があります。

▲写真① Channel Controlセクションでは、ボタン一つでゲイン、ハイパス・フィルター、4バンド・パラメトリックEQ、コンプレッサー、ゲート、AUXセンドなどの機能にアクセスでき、8色に変化する(Input=白、EQ=緑、Comp/Lim=青、Exp/Gate=青など)ロータリー・エンコーダーによってパラメーターをコントロールできる。また、Userボタンを使えば、必要な機能のみを選んでエンコーダーにアサインすることも可能だ


 

色付けの少ない素直な音と分離の良さが特徴


音色についてですが、Pro Toolsのマルチトラック音源をD-ShowとSC48、他社の同クラスの卓にパラで入力しチェックしました。その音色はシリーズの特徴をそのまま受け継いだ忠実な原音再生で好印象でした。人によっては低域にパンチがないとか、高域が伸びていないという意見もあるようですが、音のキャラクターは出音→マイク(DI)→エフェクター(INS)の順で脚色すればいいと思っているので、筆者はこのコンソールに音質のキャラクターがあまりないことが一番気に入っている部分です。もともと、Venueシリーズは素直な音と分離の良さの2つを兼ね備えています。そういう意味ではモニター・コンソールとしても優れていると思います。ミュージシャンは自分の音とマイク、モニター・スピーカーの関係をモニター・エンジニアと話し合っていけばいいわけですが、あまり音色にアクの強いモニター・コンソールを使うとミュージシャンは余計なEQをしてしまいがちで、結果としてFOHからは意図していない音が出がちになります。話が少し横道にそれましたが、ヘッドフォンなどでマイクのキャラやアタックを変えてチェックしてみると、ほかのコンソールよりリニアに感じるはずです。実際、従来のVenueシリーズのStage Rackのインプットに比べると、少しクリップ・ポイントが早く感じるのと高域のレンジ感が若干狭く感じましたが、このクラスのコンソールとしてはクセのない音とともに分離の良さを保っています。全チャンネルに装備されているコンプ、ゲートも前述した視認性が向上したことでさらに使いやすくなっています。弊社の多くの先輩エンジニアの方もVenueシリーズのインターナルのコンプ、ゲートを多用しています。この部分はインプット部が多少違うのではっきりしませんが上位機種と大きな差は感じませんでした。

幅広いサウンド作りが可能な多様なプラグインを装備


さらに音のキャラクター決めの最終兵器にVenue最大の特徴ともいえる多様なプラグインがあり、本機にもさまざまな種類が装備されています。個人的にはVenueデビュー時にどっぷりハマったBOMB FACTORY Fairchild 660/670が無いのは少し残念ですが、定番のBF76や弊社でもベースなどに使うユーザーの多いDIGIDESIGN Smack!などが搭載されています。リバーブもD-Verb/Reverb One/ReVibeの3種が用意されています。ちなみに筆者はTC ELECTRONICのリバーブを愛用していて、何よりも音質とパラメーターの使いやすさが気に入っています。もちろんこれもオプションで使用できます。個人的に注目したのはReel Tapeというアナログ・テープ・シミュレーターが標準装備されているところです。言葉は悪いかもしれませんが、いわゆる"何々っぽく"まとめる力量も求められることが皆さんも多いと思います。その手助けとなるアイテムを、今この時期にこのクラスの機種に標準搭載したことは前述した"メーカーがユーザーの声に敏感になっている"という証拠であるとともに、ユーザーへの提案でもあるような気がします。実際にReel Tapeを使ってみましたが、STUDERモードとAMPEXモードがあり、どちらも実機体験がないのでとても興味深かったです。ちなみに筆者はD-Showで別のテープ・シミュレーター・プラグインを使っていますが、これはもう手放せません。主にシーケンスものに混ぜるエレキやアコギにインサートして使っています。テープ・シミュレーターはマスターにインサートしている方もいましたし、ドラムのグループにインサートしている方もいました。いろいろチャレンジしてみてはいかがでしょうか? 

作業時間の短縮に一役買うシンプルなセットアップ


経済不安が叫ばれる昨今、我々の業界の中でもいわゆる付加価値を求められるケースがあると思いますが、SC48に標準で付属しているPro Tools LE 8 Softwareはそういった魅力の一つだと思います。これを付加価値とするか、ビジネス・ベースに乗せるかはそれぞれだと思いますが、いろいろな部分が削減に向かっている昨今、これを利用することによって時間が削減されるケースも多いと思います。実際限られた時間の中で最良の結果を出さなくてはいけない我々の職種の中で、例えばバンドの音をPro Toolsに手軽に録音、再生して次の会場でメンバーが入る前にチェックできるのは業務全体の時間短縮に有効な手段です。またパソコン1台あればFireWire接続で同時に18トラックまで録音できるので、場合によってはビジネス・チャンスも広がる可能性があると思います。筆者が本シリーズでもう一つ大変気に入っているのが、Venueシステムがなくても事前の仕込みを行えるソフト、D-Show Standalone Softwareがよくできていることです。恐らくこれは他メーカーの追従を許さないのではないでしょうか? 何がよくできているかというと答えはシンプルで、Venueシステムのディスプレイ画面と本ソフトの画面が全く同じところ。"なんだっ! そんなことか"とお思いかもしれませんが、ここはほかのメーカーも参考にしていただきたい部分です。つまり、シンプルなのでセットアップが素早くできます。実際ここ数年はツアー前にコンソールを開けてのスタンバイなどはやっていません。そういう意味で時間短縮にもこのソフトは貢献してくれていると思います。USBフラッシュ・メモリーで簡単にデータ移行ができますし、フォルダー管理できるので筆者も自分のフォルダーに膨大なライブラリーを作り、それを自分のサーバーに保管して、万が一フラッシュ・メモリーが破損したり盗難にあった場合でもダウンロードできるようにしています。実際このおかげで海外にて命拾いした経験があります。もちろん、本機も全Venueシリーズと互換性があるので、これまでに作成したライブラリーを読み込み、ゲイン調整するだけでスタート・ラインに立てると思います。また拡張性に優れているのも大きな特徴です。プラグインももちろんですが、16chのアナログ出力カードAO16の使用で、アナログ出力を最大32chまで拡張できますし、4ステレオのAES/EBU出力+8chのアナログ出力を持つカードXO16で、4ステレオAES/EBU+24chアナログ出力も可能です。AVIOMのA-Net用カードAT16も発売されているので、モニター・コンソールとしての活用も十分ありえると思います。SC48は拡張性と音質、コスト・パフォーマンスに優れた製品だと思います。ツアーリング・カンパニーももちろんですが、少人数で現場をこなしている方にこそ注目の製品でしょう。

▲SC48のリア・パネル。左上はアナログ出力端子(XLR)×16、その下にはFireWire端子×2、GPIポート、フット・スイッチ端子×2、MIDI IN/OUT、ワード・クロック入出力(BNC)、2-TR IN/OUT(AES/EBU、TRSフォーン)、トークバック用マイク入力(XLR)が並ぶ。中央部には電源スイッチ、リセット・スイッチ、DVI、VGA、USB、ECxイーサーネット・コントロール、電源の各端子を装備。右側にはアナログ入力端子(XLR)×48を装備


『サウンド&レコーディング・マガジン』2009年8月号より)
DIGIDESIGN
Venue SC48
オープン・プライス
【SPECIFICATIONS】 ▪内部サンプリング周波数/48kHz ▪外部サンプリング周波数/48kHz ±10ppm(Word Clock入力) ▪周波数特性/±0.2 dB(22Hz〜20kHz BW,relative to 1kHz) ▪ダイナミック・レンジ/108dB typ ▪残留出力ノイズ/−90 dBu typ ▪外形寸法/989(W)×715(D)×186(H:リア)、100(H:フロント)mm ▪重量/56.7kg