洗練された操作体系とマスタリング・エフェクトが魅力の24トラックHDR

TASCAM2488Neo

TASCAMといえば、やはりMTRというイメージがあります。私もかつて使用していたカセットMTRのPortastudioシリーズ、144を1979年に発売して以来レコーディング用ツールの開発を続けている同社の最新機種が、この2488Neoです。ミキサー一体型でハード・ディスク・ベースの24tr仕様、最高24ビット/44.1kHzでの8トラック同時録音、24トラック同時再生が可能です。また、充実した内容のマスタリング用エフェクトとCD-R/RWドライブを内蔵しているので、録音をしてミックス、そしてマスタリング後CD作成という一連の制作過程がこれ一台で完結します。普段はDAWでの制作を主とする私でも期待が高まる本機、早速試用してみようと思います。

頻用する機能に素早くアクセス可能
Hi-Z対応入力はフロント・パネルに配置


まずはルックスや操作性について見てみましょう。小さ過ぎず大き過ぎず、ほど良い大きさです。昨今のコンピューター・ベースの制作と比較すると、このようにツールが目の前に鎮座するとなかなか存在感があります。高級感を感じる黒を基調とした本体に、20本のフェーダー、コントロールの中心であるジョグ・ダイアル、ロケーター部分、各トラックのアサイン用ボタンなどが整然と並びます。多くの操作子は機能ごとにまとめられており、頻繁に使うEQやマルチエフェクトの画面にはキーひとつで入れるので、制作にどんどん集中していくことができます。液晶画面は決して大きいとは言えないサイズですが、不便は感じません。画面に呼び出されるそれぞれの階層の情報量が非常にバランス良くまとまっているため、ストレスを感じることなくテンポ良く作業を進めることができるでしょう。入力端子はリア・パネルの8つのアナログ入力(XLR/TRSフォーン・コンボ×4とTRSフォーン×4)に加え、S/P DIFデジタル(コアキシャル)も備えられています。さらにそれとは別に、ギター専用のHi-Z対応入力(フォーン)がフロント・パネルにあります(写真①)。これも実にうれしいです。何気なくギターを弾いているうちにふと浮かんだリフやアイディアを、即座に記録できるアクセスの良さを感じられる的確なレイアウトです。一方、出力部はリア・パネルにモニター・アウト(TRSフォーン)とステレオ・アウト(RCAピン)のステレオ2系統とS/P DIFデジタル(コアキシャル)、そしてフロント・パネルに備えられたヘッドフォン出力となっています。モニター・アウトにはサブミックスやエフェクト・ループなど、マスター出力以外をアサインすることも可能です。▲写真① フロント・パネルの接続端子。左より、外部フット・ペダルを用いてのパンチ・イン/アウトを可能にするPUNCH端子、ワウやボリュームなどをペダルで制御するためのEXPRESSION端子、そしてHi-Z入力端子。フロント・パネルにはほかにヘッドフォン端子とCD-R/RWドライブがある

素直なマイクプリの音質が出色
豊富なエフェクトを用途別に搭載


では実際に録音をしながら、本機の機能を見ていきましょう。同時録音トラック数は8トラックまで。さらに1つのソングに対して250個のバーチャル・トラックが存在します。パンチ・イン/アウトのマーク設定もLOCATEキーを押しながらIN/OUT/TO/FROMキーのいずれかを押すだけで完了。これらの機能により、ボーカルやソロなどはどんどん試した中から最終的なテイクを決定することが可能でしょう。バンドであれば、プリプロ作業でドラムとベースの土台となるリズムを録音することはもちろん、ベースとギター、キーボードなどのアレンジをメンバー全員で詰めていくような作業でも本機は活躍すると思います。コンピューターにDAWを立ち上げて制作を行っている人にとって、本機のような一台完結MTRの録音時の音質は気になるところではないでしょうか? 本機は音質を特に心配することなく、録音作業に集中できる性能を持っています。今回は本機で録音しエフェクトをかけてバウンスをしたWAVファイルをコンピューターに取り込み、自分の普段の制作環境下で録り音のチェックをしてみました。素直なマイクプリの性能は、本機の多くの機能と価格を考えても申し分ありません。SN比も非常に良いと感じました。また、AD/DAによる音質変化も少ないです。デジタル録音では避けることのできない、レイテンシーも全く気になりませんでした。本機のエフェクトは非常に豊富です。まずは、かけ録りに加え録音済みのトラックに使うこともできるインサート・エフェクトについて。これはマルチエフェクトとマイク・エフェクトの2つがあり、マルチエフェクトはひずみ系、アコギ・シミュレーター、コーラス、ピッチ・シフター、ワウなど12種類のギター用エフェクトを複数組み合わせたものです。一方マイク・エフェクトは、コンプ、ディエッサー、ノイズ・サプレッサーなどダイナミクス系が用意されています。1系統のマイク・エフェクトと4系統のマルチエフェクトは併用可能。マルチエフェクトだけなら8系統同時使用が可能です。トレモロ、ビブラートを用いて過激な音作りもできますし、いなたく枯れたビンテージ風の音も作れます。ひずみ系も同様に、上品なかかり具合から過激なものまで自由自在と、ひと通りのジャンルはカバーできます。コンプも非常に優秀で、試しにベースとクリーン・トーンのギターにかけてみましたが、グッと音が前に出てきて、存在感が増しました。マルチエフェクトにはさまざまな組み合わせのプリセットが用意されているので、いちいち細かいセッティングをする必要がないのもうれしいです。自身で編集したエフェクト・セットはユーザー・ライブラリーに保存することができるので、別のソングでも瞬時に立ち上げられます。また、ミックス時にセンド/リターンでかけることができるシングル・エフェクト、さらにマスター出力用のコンプとエキスパンダー、そして後述のマスタリング・エフェクトまであります。シングル・エフェクトはディレイ、リバーブ、コーラスなど8種類から1つを使用可能。この中で頻用するのはディレイ、リバーブだと思われますが、原音に率直な伸びのあるかかり方をしてくれました。また各トラックでかけ録りができるEQ(写真②)は、3バンドのパラメトリックで、画面上には周波数カーブも表示されるのでとても使いやすいです。EQキーを押すことで素早くアクセスできる点は、頻繁に使うことを考えての配慮でしょう。▲写真② 3バンド・パラメトリックEQの画面は、EQキーひとつでアクセスが可能だ。またチャンネルもINPUTまたはSELECTキーを押すことですぐに切り替えることができる。下には周波数カーブが表示されるため、視認性も抜群だ

マスタリング・エフェクトも内蔵
本機一台でCD作成までサポート


編集に関する機能も充実しています。本機は各ソングごとに100個のシーン・メモリーを用意しており、ソングのミキサーおよびエフェクターの全パラメーターが保存できます。異なったミックスやアレンジの方向性を試したいときには非常に便利です。またソングやシーンのリコールの際、物理/内部フェーダーの値が一致しないことがしばしばありますが、どのように内外のフェーダーを一致させるかを3つのモードから選べます。初期設定のREALモードでは、内部フェーダーは常に物理フェーダーに従います。JUMPモードにすると、物理フェーダーを動かした瞬間に内部フェーダーの追従が開始されます。CATCHモードは、物理フェーダーが内部フェーダーの値と一致した時点から、内部フェーダーの追従が始まるというものです。このようにユーザーの好みで設定を変更できるのは評価できる点でしょう。オーディオ・データの編集もCOPY/PASTE/MOVE/INSERTなど基本的なものはもちろん、再生スピードの変更を±6%の範囲で行ったり、ピッチを変えずにスピードだけを落とすことも可能です。操作のやり直しをするアンドゥ/リドゥ機能も洗練されていて、過去999の操作リストからやり直したい項目を見つけて実行できます。さらに2ミックスの音圧を上げることができるトータル・コンプ(写真③)とEQ、そしてビット変換によるひずみを低減するノイズ・シェイパーの3つのマスタリング用エフェクトまで装備しています。特にコンプは低域/中域/高域のマルチバンドでかけることもできるので、気軽にCDレベルの音圧まで高めることができました。一台完結のツールとしての性格を主張する、重要な機能です。▲写真③ マスタリング用マルチバンド・コンプの設定画面。下のタブで低域/中域/高域を選び、設定を行う。右側にはゲイン・リダクションも表示される。マスタリング用エフェクトはほかにEQとノイズ・シェイパーを搭載している こうして制作した楽曲を、USBケーブルを介してコンピューターに取り込むことも可能です。コンピューターは本機を外付けハード・ディスクとして認識しますので、WAVファイルや同期用のSMFなどのやり取りも、アイコンに各データをドラッグ&ドロップするだけととても簡単です。本機で簡単にスケッチした後、コンピューターにWAVファイルを送ってDAW上で仕上げる、あるいはコンピューターで作ったおいた楽曲の断片を本機に送り、スタジオに持ち込んでバンドでオーバーダブをする、といった利用方法が考えられます。私は普段コンピューターでの作業を中心としているので、久しくこのようなMTRを触る機会が無かったのですが、コンピューターとは全く違う専門機ならではの使い勝手の良さを痛感しました。最も感心し、また今の自分に必要だと感じたことは、コンピューターでの制作とは全く違う集中力を発揮できたことです。機械ではなく人間が担うクリエイティブな作業にあらためて集中できる点がこのような機材の魅力だと感じます。個人的に新鮮だったのは滑らかなフェーダーで、マウスで動かすことに慣れてしまっていた私も、何本も録音したギター類の定位を決めて音量バランスを取るときなどにフェーダーをいじる楽しさを再確認し、20本のフェーダーの必然性を実感しました。楽曲制作の過程で最も大事な要素であるファースト・インスピレーションをしっかり楽曲に反映させていくことができるツールであること。そして、本体上でイメージ通りのミックスを構築することができることに加え、作ったファイルをコンピューター上で編集することも可能であること。この2488Neoは、これらの条件をすべて兼ね備えています。

▲リア・パネル。上段左よりUSB端子、マイク/ライン入力端子(TRSフォーン)×4、マイク/ライン入力端子(XLR/TRSフォーン・コンボ)×4。下段左より電源スイッチ、電源ソケット、MIDI OUT/IN、S/P DIF入出力(コアキシャル)、ステレオ・モニター・アウト(TRSフォーン)、ステレオ・アウト(RCAピン)、エフェクト・センド(TRSフォーン)×2

TASCAM
2488Neo
オープン・プライス(市場予想価格 /80,000円前後)

SPECIFICATIONS

■同時録音トラック数/8 ■同時再生トラック数/24 ■サンプリング周波数/44.1kHz ■量子化ビット数/16/24ビット ■内蔵ハード・ディスク・ドライブ/80GB ■周波数特性/20Hz〜20kHz±1dB(TRIM最小時)、+1dB/−3.5dB(TRIM最大時) ■入力インピーダンス/2kΩ(XLR)、8kΩ(XLR/TRSフォーン・コンボのTRSフォーン)、4kΩ(TRSフォーン)、1MΩ(Hi-Z) ■出力インピーダンス/100Ω(ステレオ・アウト、モニター・アウト)、75Ω(S/P DIFデジタル) ■ダイナミック・レンジ/96dB以上 ■クロストーク/80dB@1kHz(TRIM最大時) ■外形寸法/545(W)×145(H)×355(D) ■重量/8kg