奥深いシンセシスで未知なる音色を“創造”する強力ソフト・シンセ

SPECTRASONICSOmnisphere
約5年前に発売された同社のソフト・シンセAtmosphereは、瞬く間に音楽業界に行きわたりました。とりわけ映像関連の音付けにはこれが無くては仕事にならないと言われるほどの定番扱い。その理由はムード作りに特化したパッド系中心の音色が満載され、即戦力として使えるものばかりだったことでしょう。今回レビューするのは、そのAtmosphereの上位機種に当たるOmnisphere。NAMM show 08で発表されて以来、リリースが待たれていましたが、ようやく発売されたので早速レビューしてみます。

燃えゆくピアノ・サウンドなど
40GB以上のサンプル・ライブラリー


OmnisphereはAudio Units/RTAS/VST対応のソフト・シンセ。アルペジエイターやエフェクトを装備した8パート・マルチティンバー仕様です。前述のAtmosphereと同様、往年のシンセ・ベースだ、リードだ……というシミュレートで勝負するのではなく(もっとも、出そうと思えばいくらでも可能)、古今東西のシンセの良いところを踏襲しつつ、その延長線上として現在考えられる最高のサウンドとは何かを追い求めたものなのです。開発者側的に言うと、“誰も想像できなかったサウンドを作ろう!”がコンセプトです。起動した状態ではシンプルなノコギリ波が鳴るだけなので、いきなりその段階から音を作り始めても良いのですが、普通は何か音を呼び出すために“マルチ”か“パッチ”かを選択します。パッチはシンセ1つのプログラム、マルチはそれを最大8台重ねて鳴らしたり、マルチティンバーとして使ったり、複数のパッチを1つの鍵盤に振り分けて使うなどの情報をまるごと記憶したものになります。Atmosphereではパッチ・レベルまでしかいじれませんでしたが、Omnisphereでは自社開発したSTEAMと呼ばれるエンジンを新たに搭載することで、強力なパワーが持てるようになったわけです。STEAMエンジンの恩恵はほかにもたくさんあり、例えばライブ・モードは音切れを心配することなく音色チェンジが可能なので、ライブで使いたいユーザーにうれしい機能でしょう。さて、ここからは話を分かりやすくするために、Omnisphereのパッチを対象に進めていきます。1つのパッチにはA/Bのレイヤーが重なっています(画面①)。そのレイヤー1つ当たりで使われる音源方式は2つ。1つはAtmosphereと同様、付属サンプル・ライブラリーから読み込む方法で、もう1つは新たにOmnisphereで加わったシンセ・オシレーター部分。まず前者ですが、付属ライブラリーの容量は2層式DVD×6枚/40GBを超える大盤振る舞い(これはAtmosphereの10倍以上)です。しかも、その内容がすごい。Atmosphereとは完全コンバチブルなのでその音はすべてそろっていますし、古くからのSPECTRASONICSファンならおなじみのギターやコーラス系、名サンプリングCD『Distorted Reality』シリーズからもおいしいサンプルがたっぷりです。そして圧巻は、今回新規でサンプリングされた音。電球のフィラメントがうなる振動音、ギターの背中にアンテナのようなものを装着し、そのアンテナをバイオリンの弓でこすったときにギターが共鳴する音、ピアノを燃やしながら(!)鍵盤を弾くときに次第に弦がたわんでいく音(奏者は熱い!?)など、その解説だけでこのレビューは楽に終わってしまうほど凝りに凝りまくった音ばかりなのです。逆に言うと、パっと聴きは何だかよく分からないものが多いのですが、完成したそのサウンドは素晴らしいの一言に尽きます。なので片っ端からパッチを読み込めばそれで十分元は取れるのではありますが、やはり自分でも細かく音色を詰めていきたいという人のために、Omnisphereでは強力な編集パラメーターが各種搭載されています。軽くツールを紹介すると、素材を読み込んだら“TIMBRE”で倍音構成を変更できます。これだけで元音から大幅にかけ離れた音が作れてしまうというわけです。ほかにもFM、リング・モジュレーター、ウェーブシェーパー、さらにはユニゾンしたりハーモニーを付けたり、グラニュラーまで搭載されているのです。これ、オシレーター部分だけですからね。ちなみにこれらを実現するには大変な演算能力が必要になるのですが、こういうことをサラリと行えてしまえるのも、前出のSTEAMエンジンのすごさだったりするのですね。

アナログ好きも納得のシンセ波形
6LFOを使った複雑な変調も可能


そしてもう1つ、ノコギリとかサインといったシンセ波形が選択できるようになりました(画面②)。この波形はサンプルではなく演算で生成する方式なので、ソフトウェアにより出来不出来が随分違ってきますから要チェックなところです。Omnisphereでは4波形+ノイズから1つを選択しますが、正直その段階では単によくある素直な音だと思いました。ところがその波形を“SHAPE”や“SYMMETRY”といったパラメーターで微妙にいじってやると、がぜん(筆者好みの)耳慣れたアナログっぽい音に変ぼうするのです。しかも最高1,000段階でパラメーターが変化可能という芸の細かさ。本来アナログ・シンセの波形はメーカーごと、あるいはパーツの経年変化により機種ごとに微妙に波形がゆがんで、結果的に味のある音になったり、その逆の場合もあるのですが、そこが自分好みで作成できると思えばいいでしょう。1/1,000ステップなのでほんの少しの差なのですが、実際やってみると結構分かります。もちろんFMやリング・モジュレーター、ユニゾン機能なども搭載されてますから“パラメーターはゴージャスだけど元波形の音が今一つ“ソフト・シンセはどれも音が同じ”と思ってる人こそトライしてみることをお勧めします。周到さはフィルターも同じ。ハイパス2種、ローパス24種、スペシャルと題されたバンドパスなど12種のプリセットから選べばそれだけで大抵は事足りることでしょう。それらで満足できないならユーザー・カスタマイズもできます。それが専用画面(画面③)。2基フィルターがあり、17種類のフィルター・タイプからの選択、直列なのか並列なのか、さらに各パラメーターの調整、そしてユーザーのセーブ・データが前出のプリセット・メニューに加わるという仕組み。もちろん全パラメーターのMIDIコントロールもMIDIラーンで一発登録。分解能も実にスムーズで優れものだったことも付け加えておきましょう。シンセにおける音作りの要は変調系ですが、Omnisphereには見事なモジュレーション系統も用意されています。まずLFOは6基装備され、高速LFOや位相変換、ディレイに波形上下オフセットなどここでもスキの無い作り。LFO同士の掛け合わもできたりしますが、そういうタスキを始めて頭の中がこんがらがってきたら専用画面に入り、一覧で即確認/変更ができます(画面④)。

優秀なエンベロープ・カーブ作成機能
アルペジエイターの使い勝手も良い


もう1つ注目はエンベロープ(画面⑤)。Omnisphereの中で筆者がもっとも“これだ!”と思わされた部分で、ADSRというシンプルなものですが、専用画面に入ると自由自在にエンベロープが作成できてしまうのです。ループも可能なので、自作LFO波形として使ったり、複雑なカーブがキモになるクラップ音もバッチリです。画面の拡大&縮小もできて使い勝手も抜群。この完成度の高さは特筆点なのですが、“とにかくエンベロープがすごい!”と覚えておいて、楽器屋さんで試奏する際は必ず触ってみてください。もちろんエフェクトも内蔵し、各レイヤーとマスターでかけることができます。基本的なものはすべてそろっており、良い意味で楽器寄りな質感です。総じてかかりのエグさ、マッチングという点からもエフェクトまで込みで音作りのツールとして率先して使うと良いと思います。 またアルペジエイターも搭載。極力見た目はシンプルにしながら細かいところまで追い込める仕様で、例えばノートを個別に好みの長さにしたり、それらを一括変換できる機能を装備。これをテンポに追従させて調節すれば、同じパッチでも全く違う効果になります。もちろんLFOやエンベロープで各パラメーターをランダムに動かせば、パターンは同じでも出音は常に違う結果になることは言うまでもありません。以上がパッチ1つ当たりの機能です。パッチはA/Bレイヤーになってますから、もう1つこれと同じものが作れるわけですし、マルチを使えばさらに重ねることもできる。なので、それだけ演算パワーも必要ですが、よくもこれほどの音質をキープしながらマルチまでいけるものだと感心させられました。Omnisphereは見た目は非常にシンプルな構成ですが、ユーザーの要求に応じて深い階層に潜り込んでサウンドを拡張できるのがミソ。とにかく練りに練り上げた仕様と操作感のバランスは見事です。現在ソフト・シンセは百花繚乱(りょうらん)な状態ですが、“最低コイツだけあれば何とかなる”と思わせてくれるものは意外と少ないです。そんな中でも、Omnisphereは余裕で“3つ星”をあげられるシンセだと思いました。

▲画面① パッチのエディット画面。中央上部のタブでLAYER A/Bを切り替える(現在はAが選択された状態)。“FILTERS”や“ENVELOPES”という文字横にある虫眼鏡アイコンを押すとさらに詳細な編集が可能になる。ちなみに左ページにあるのはメイン画面で、エディットは最低限しか行わないという場合はここだけで十分だろう。シンプルながらフィルターやグライド、スケーリングなどツボを押さえた作りになっている



▲画面② シンセ・オシレーター時には現在の波形状態を表示。“SHAPE”で輪郭、“SYMMETRY”で幅が変更できる。さらに“HARD SYNC”は独特のクセを与え、“ANALOG”はピッチのあいまいさ、“PHASE”は位相をいじれる



▲画面③ フィルター画面。2基のフィルターのタイプ、その並び方、相互のオフセット値などを設定/記憶できる。画面のプルダウンは17種類のフィルター・タイプを表示



▲画面④ この一覧でモジュレーション・マトリクスの表示/設定ができる。ミニ・メニューはターゲット(行き先)を選択しようとしているもの。慣れれば非常に素早い設定が可能になるはずだ



▲画面⑤ 筆者感激のエンベロープ。アンプ/フィルター専用以外に4種類用意。自由に描けるカーブのおかげで、例えば意図した通りにパンや波形の位相を変化させられる

SPECTRASONICS
Omnisphere
58,800円

REQUIREMENTS

▪Mac/Mac OS X 10.4.9以降、G5 PowerPCまたはIntel Core/Xeon 2GHz以上のCPU、2GB以上のRAM、50GB以上のハード・ディスク容量
▪Windows/Windows XP SP2以降(Vista対応)、Pentium 3.0 GHz以上(Core 2 Duo以上推奨)、2GB以上のRAM、50GB以上のハード・ディスク容量

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