40種類のプログラムで幅広い音色を生み出せる4chのプリアンプ

FOCUSRITELiquid4Pre
以前、SINTEFEXのデジタル・チャンネル・ストリップFX8000 Replicatorを使用したとき、同社特許技術であるダイナミック・コンボリューションに感心しました。 一般のインパルス応答による機材のシミュレーションは、一つのサンプルによって周波数特性や位相特性を計測しますが、ダイナミック・コンボリューションはレベルに応じて複数のサンプルを採集することにより、従来の畳込み(コンボリューション)では不可能だった微妙なひずみを再現できるのが特徴です。 この技術をFOCUSRITEがライセンス供給を受け、チャンネル・ストリップのLiquid Channnelやプラグイン・システムのLiquid Mixを発表してきましたが、今回チェックするLiquid4Preもその技術を採用した、SINTEFEXとFOCUSRITEのノウハウが詰まった4chのプリアンプです。

イーサーネット経由で
リモート・コントロールも可能


まずはフロント・パネルを見てみましょう。電源スイッチやクロック・ソースの選択といったマスター・コントロール類は左端に、48Vファンタム電源/フェーズ/HPF/インプット・セレクト/Hi-Zなど、プリアンプとして基本的なスイッチ類は各チャンネル・セクションに配置されています。視認性の高いディスプレイにはVUメーターやインプット・ソースなどの情報が表示されます。一見難しそうですが、例えばレベル合わせはデータ・エンコーダーを触るだけですし、録音中の操作はページをめくる必要のない簡単なものです。各チャンネルにはマイクとラインのアナログ入力(共にXLR)とアナログ出力(XLR)を搭載するほか、AES/EBU×2、 ADAT、ワード・クロックと、デジタル入出力も一通り装備します。それらを経由してミックス時には4ch分の外部DSPとしても機能します。さらに同社のWebサイトからダウンロードできるフリー・ソフトLiquid4Controlを使い遠隔操作が可能です。接続にはイーサーネットを採用し、USBなどとは違い長く引き回せるので、録音ブースやステージ袖に本機を設置してADコンバートし、距離による劣化の少ないデジタル伝送が行えます。

幅広い音の表現力
その変化もダイナミック


さて、本機は40種類のプリアンプをシミュレートするプログラムを用意している点が特徴です。しかし、いかにアルゴリズムが秀逸でも、全体の音質を大きく左右するのは出入り口であるアナログ回路です。また、DSPによるビンテージ機材の模倣は一般的になりましたが、その限界を感じている方も多いのではないでしょうか。しかし本機でプログラムを変えたとき、変わるのはDSPの演算だけではないのです。実は本機のプリアンプ部の抵抗、コンデンサー、特注のインダクターといった部品は多数のリレーに接続されていて、パッチを選ぶと同時にアナログ回路も組み替わります。インピーダンスをはじめとした電気的特性もオリジナルを模倣するのです。同様のデザインをいち早くプリアンプに導入したのはLiquid Channelでしたが、デモ機が届いたとき、僕はこのことを忘れていました。いろいろなソースを通して実験しているうち、幅広い変化を不思議に思い調べてみると、電気回路を切り替えていると分かって納得したのです。実際に音を聴きながらパッチを切り替えていくと、表現できる音色の幅に驚きます。モダンなアンプを選べばレンジの広い迫力のある音になり、真空管を選べばそれらしい気持ちの良い倍音が付加されます。高域がつぶれ丸くなったり、中低域が前に出てきたり、DSPだけでは容易に表現のできないダイナミックな変化を見せます。もちろんやり過ぎにならないよう、Harmonicsという機能で変化量を調整できます。また、Session Saverという、A/Dがクリップしたときに何dB下げればいいのか表示する便利な機能がありますが、これはアナログ回路のヘッド・ルームが広いからできることです。さまざまなプリアンプのひずみを模倣するためにも広くしているのでしょう、本機自体はなかなかひずみません。もちろんデジタル回路とアナログ回路は別々の基板に配置されていて、SN比も優秀です。ところで、40あるプログラムの名称は"DEUTSCH 72"などすぐ分かるものが半分、"US 60'S TUBE 1"など抽象的なものも多いです。リストを見る前に元を当てられるかやってみると、頻繁に使ったものをいくつか当てることができてほっとしました(面白いので買ったらやってみましょう)。やっぱりそれと分かる特徴があるなあと、妙なことに感心してしまいました。また、FLATというプログラムを選べばDSPの味付けがなくなり、素直で透明なトランスレス・プリアンプとADコンバーターの基本性能を感じられます。このままでも"ああ、FOCUSRITEは老舗だもんな"と感じさせる、ソースを選ばない品の良いプリアンプです。本機は24ビット/192kHzの高品位なA/D、D/Aとしても使えますし、いろいろ可能性のある機械です。何よりプリアンプとして幅広い音質を持っていて面白いので、一点豪華主義で最初の1台に、という方にも、デジタルな見た目は敬遠しがちなエンジニア諸氏にも、お薦めの製品です。

▲リア・パネル。上段左からマイク&ライン入力(共にXLR)×4、ライン出力(XLR)×4、下段左からADAT入力、ADAT MAIN出力、ADAT AUX出力、AES/EBU入力、AES/EBU出力×2系統、ワード・クロック入出力(BNC)、イーサーネット・コントロール接続端子、電源インレット

FOCUSRITE
Liquid4Pre
493,500円

SPECIFICATIONS

▪周波数特性/20Hz〜20kHz(±0.05dB)
▪サンプリング周波数/44.1/48/88.2/96/176.4/192kHz
▪ビット・レート/24ビット
▪外形寸法/484(W)×270(D)×85(H)mm
▪重量/5.3kg