モニター環境を改善してくれるソフトウェア+無指向性マイクのセット

IK MULTIMEDIAARC System

先月号の特別企画「自宅モニタ−改善計画」はお読みいただけただろうか。いい音楽を作る上で、いいモニターは必用不可欠なもの。より良い環境を目指し、日々マイナー・チェンジを繰り返している我がモニター・ルームも、同企画でより意識的に改善に努めた結果、かなりいい方向に導けた。読者の方々の中にも、"まずはスピーカーを動かしてみよう"と実践してみた人も多かったのではないだろうか。効果が出た方もそうでない方も、モニター・セッティングの重要性については分かっていただけたと思う。最終的な仕上がりにも影響を与えてしまう重要性を再認識しつつ、さらなる改善を試みていこう。ということで今回は、少しお金をかけた改善策、 IK MULTIMEDIA ARC Systemを紹介しよう。

テスト・トーンをマイクで収音し
マスターに挿したプラグインで補正


ARCとは、Advanced Room Correctionの略で、簡単に言うとルーム・アコースティックの影響で適切でなくなってしまった音響特性を補正するもの。もともとはアメリカのホーム・シアター業界で高く評価されている音場補正技術AUDYSSEY MultEQをプラグイン化した、DAWユーザーのためのシステムである。測定/補正の大まかな手順としては、スタンドアローンで動作するソフトARC Measurement(画面①)と無指向性のコンデンサー・マイク(写真①)で音場の測定を行い、その結果をDAWのマスター・フェーダーに挿したARC Plug-inで補正するというもの。ARC Plug-inはAudio Units/VST/RTASに対応しているので、ほとんどのDAWで使用できる。ちなみに今回のテストでは、APPLE Power Mac G5 Dual 2.5GHz+DIGIDESIGN Pro Tools 7.4でチェックした。▲画面① 音場測定ソフトARC Measurement。入出力、レベルなど手順に沿ってST
EP画面が切り替わっていく。該当するパラメーターを選んでいくだけの簡単設定▲写真① パッケージに含まれる無指向性マイク。コンデンサー・タイプで、駆動にはファンタム電源が必要だ 第一印象としては、システム構成もソフトの動きも分かりやすく、チェック時の全体的な流れも非常にスムーズ。しかしこの簡単さとは裏腹に、音響心理学に基づいた膨大な研究の成果が凝縮されており、結果として今まで経験したことのない音場がスタジオに現れることになる。順を追って説明していこう。ARC Measurementを立ち上げるとまずSTEP 1画面が現れる。ここは説明だけなので"NEXT"をクリック。STEP 2では、オーディオ・インターフェースに関する設定を行う。アウトプットやマイクをどのチャンネルに入力するかを決定。次のSTEP 3で"PLAY TEST"をクリックするとテスト・トーンが出るが、割と大きな音なので、スピーカーの音量は絞り切ったところから上げていくといいだろう。再生音が適切なレベルまで上がったら、今度はインプット・レベルを"OK"と表示された範囲内にくるように調整(画面②)。▲画面② STEP 3では、マイクからARC Measurementに入力されるテスト・トーンのレベルを調整する。画面中央の"OK"の範囲内にくるようにしようなおこの際、マイクは天井方向へ向け、先端の高さがちょうどリスニング時の耳の位置になるように合わせる(写真②)。▲写真② マイクは天井方向に向け、先端が耳の高さ(=ツィーターの高さ)にくるよう、マイク・スタンドなどを使用して設置する。測定する場所の床にドラフティング・テープなどであらかじめマーキングしておくと、よりスムーズに測定作業を進められるだろう STEP 4で本番の測定に移るのだが、ここからは戦略が必要だ。いつも自分がベスト・リスニング・ポジションと決めているポイントを①とし、そこから作業時に移動するポイントをあらかじめ探し順番を決めておくと、作業がスピーディに進められる。自分の場合はあらかじめ床に番号を書いたドラフティング・テープを張っておき、そのガイドに従いマイクを置いていったので、無駄なく測定できた。またこのようにポイントを控えておけば、セッティングを変えた場合でも、同じポイントでもう一度測定し直すことができるので便利だ。準備が整ったら12〜32カ所の範囲内で測定開始。あらかじめ設定したポイントに次々とマイクを移動させ測定していく。"TAKE MEASUREMENT"をクリックすると、左/右スピーカーの順番で各10回ずつテスト・トーンが流れる。1セットは約20秒程で終わるので、20カ所測定しても10分もあれば完了。ARC Systemでは最低12カ所の測定が必要で、その時点で終了しても構わないが、作業エリアの大きい人はできるだけ多くのポイントで測定した方が良さそうだ。ちなみに、今回私が解析したのは20カ所となった(図①)。測定が完了するとデータがセーブされ、プロファイルに名前を付けるSTEP 5へと切り替わる。複数のデータを解析したい人は、後で分かりやすい名前を付けておくこと。これで"FINISH"をクリックすれば測定は終了だ。▲図① 今回はメインのリスニング・ポイント①を中心に計20カ所で測定を行った。エンジニアが作業時に頭(耳)を動かす範囲(2〜11)に加え後方のソファーがあるポイント(13〜20)でも測定することで、試聴場所によるアーティスト/クライアントとの出音の印象の違いが少なくなるという効果も見込める

周波数帯域の補正だけでなく
位相のずれも見事に解消


さて、我がモニター・ルームはどんな特性をしているのか。まず現在ミックス・ダウン中のPro Toolsセッションを立ち上げて、マスター・フェーダーの一番最後のインサートにRTASでARC Plug-inをアサインする。"Measurement"に保存したプロファイル名が表示されていれば既に設定を読み込み済み。複数のプロファイルを保存している場合はポップアップ・ウィンドウから任意のファイルを選択すると、それぞれの測定結果がオレンジ色の線で現れる。なるほど......普段使用しているB&W Signature 805はウーファーとツィーターのクロスオーバー・ポイントにディップがあるという弱点がある。画面を見ると、ミックスしていてもの足りずにEQで持ち上げていた3kHz付近が見事に落ち込みを示しており、逆にいつもまとめづらいと感じていた150Hz付近は大きく出っ張っている(画面③)。測定結果は実際に耳で聴いていた状態をほぼ予想通りに反映してくれた。100Hzぐらいまでは何とか耳で分かるものの、その下はどうなっているのか想像するしかなかった音場を、こうして実際にグラフとして見られるのは有り難い。興味深いのは、左右のバラツキまで目で確認できること。これほど左右に差があったとは......ニアフィールドでの測定にもかかわらず、やはり部屋の形状の影響をかなり受けているようだ。▲画面③ 測定結果をARC Plug-Inに読み込んだところ(オレンジ色の線)。3kHzあたりに落ち込みが見られ、逆に150Hzあたりが張り出しているのが確認できる いよいよ補正した音を再生してみることにしよう。なおARC Plug-inには補正後の特性を決める"Target Curve"というパラメーターがあり、文字通りの"Flat"に加え、高域を若干ロールオフした"HF Rolloff1"、ウーファー/ツィーター間のクロスオーバー・ポイントで発生する周波数のディップを認識して、その特性をある程度残したまま補正する"Flat Midcomp"、HF Rolloff1とFlat Midcompを組み合わせた"HF Rolloff1 Midcomp"という4種類のプリセットがある。ここではFlatで試聴してみた。まず"CORRECTION"をオンにして数十秒、その後オフにして聴き比べてみる......なるほど、見事に補正されている。一番驚かされたのは位相のズレがほとんど無くなっていたこと。先ほど測定したエリア内では、クリアなサウンドが位相崩れせずに存在していた。正直、ここまでクリアになることを想像していなかっただけに、懐疑的になって頭を前後左右に動かしてみる。それでも横方向に動いたときに起こりがちな高域の位相ズレがほとんど感じられない。まるで動く耳に合わせて音が付いてくるような......とにかく、長年スピーカーの前にいて経験したことのない、新鮮なモニター音としか言いようがない。落ち込んでいた3kHz付近が埋まったことと、左右の位相差が少なくなったことで、バランスは非常に取りやすくなった。低域もまとめやすく、全体的に有効な補正だったと言えるだろう。ただ1つ注意しなくてはならないのは、今まで足りない中域を自然と補って持ち上げてきた部分を、この補正によって足りていると感じてしまうこと。それにより、これまでより中域の少ないサウンドに仕上がってしまう危険性がある。これまでのミックスの良かった部分は極力残せるよう、使用前後の聴き比べは重要だろう。ちなみに先述のTarget CurveをFlat Midcompに設定すると、これまでとあまり違和感なく作業できた。周波数帯域だけでなくルーム・アコースティックによる位相ズレも見事に解消してくれるARC Systemは、幅広い層をターゲットとしたDAWのための音場補正システムと言える。"モニターに慣れる"ことは"頭が補正する"ということ。しかし分かっていてもできない部分が存在するわけで、それがジレンマとなり、頭の中にひずみをもたらしてしまう。そんな堂々巡りはもう過去の話として、そろそろ頭にも楽をさせ、次のステージに上がってもいいころなのかもしれない。
IK MULTIMEDIA
ARC System
オープン・プライス(市場予想価格/105,000円前後)

REQUIREMENTS

▪Windows/Windows XP/Vista、INTEL Core Solo 1.5GHz以上(Core Duo 1.66GHz以上を推奨)、512MB以上のRAM、ASIO対応のオーディオI/O、ファンタム電源供給可能なマイク・プリアンプ
▪Mac/Mac OS X 10.4.4以降(10.5対応)、Power PC G4 866MHz以上(G4/G5 1.25GHz以上を推奨、INTEL Mac対応)、512MB以上のRAM、CoreAudio対応のオーディオI/O、ファンタム電源供給可能なマイク・プリアンプ