伝送からミキシングまでフルデジタル環境を構築可能なPAシステム

ROLANDV-Mixing System

“デジタル”“オーディオ”を早い段階で両立させたメーカーがROLANDです。PAの現場で定番と言えるデジタル・エフェクター“SDE”“SRV”シリーズなどの発表から考えてもそう断言できます。その後、楽器類/音響機器でもステージ上やサウンドの核になる立場を確立し続けていることも言うまでもないでしょう。そんな同社からデジタル・ミキシングの集大成と呼べそうなデジタルPAシステム、V-Mixing Systemが発表されました。期待を膨らませながらレビューしていきたいと思います。

V-Studio VSシリーズから
次世代V-Mixing Systemへ


まずV-Mixingシリーズの歴史から説明しましょう。1996年に世界初のデジタル・スタジオ・ワークステーションV-Studio VSシリーズを発表。ハード・ディスク・レコーディングの草分けとなり高品位な楽曲制作を浸透させました。さらに1999年にはV-Mixing System VMシリーズが登場。ステージ袖にプロセッサーを設置し、その制御は客席後方のコンソールで行うセパレート・システムを具現化しました。そして今回、次世代と言えるV-Mixing Systemを発表したわけです。V-Mixing Systemはミキサー本体のM-400(写真①)と音声信号をステージ上でA/D可能なプリアンプ搭載のデジタル伝送システムDigital Snakeステージ・ユニットS-1608(写真②)×2、全長100mというリール型CAT5eケーブルのW100S-R(写真③)×2という構成。コンサートやイベントなどステージからPAブースへと至る伝送ラインをROLAND独自のイーサネット技術“REAC(ROLAND Ethernet Audio Communication)”を使って完全にデジタル化し、アナログならではのストレスを解消しています。20080101-02-002▲写真① デジタルPAミキサーM-400のトップ・パネル。左上のセクションがチャンネル・エディット、右上がシステム&ユーティリティとなっており、下部に並ぶ100mmストロークのフェーダーはタッチ・センス付きモーターライズド・フェーダー、下部右側はレイヤー・セクション。なお、ディスプレイは800×480ドットのTFT大型ディスプレイで、録音再生に対応したUSBメモリー端子はシステム&ユーティリティーの右横に用意20080101-02-003▲写真② Digital Snakeステージ・ユニットS-1608のフロント・パネル。アナログ入力(XLR/ファンタム電源付き)×16、アナログ出力(XLR)×8に加え、リモート端子(D-Sub9ピン)、デジタル出力(S/P DIFオプティカル)、MUTE ALL OUTPUTボタン、モード・スイッチ(マスター/スレーブ/スプリット)を搭載し、サイド・パネルにあるREAC端子を介してCAT5eケーブルでM-400と接続する20080101-02-004▲写真③ リール型CAT5eケーブルのW100S-R。NEUTRIK製イーサコンを採用したケーブルは全長100mでリール部と合わせても5.5kgという軽量&コンパクト設計

Digital Snakeステージ・ユニットと
ミキサー本体のM-400の設置


現場で試すために協力いただいたのは代々木のライブ・ハウスBogaloo。当日に運び込んだのは幅が約80cmのハード・ケースが2個です。中身はというと片方のケースにはミキサー本体のM-400と電源ケーブルが入っています。常設の32chのアナログ卓と入れ替えてみると横幅が圧倒的に縮小されました。そして、驚くべきはM-400。48ch入力/18バス/58ch出力で、システムでも150万円を切るロープライス。だからといって、どこも妥協されていません。100mmのモーターライズド・フェーダーを搭載していることに加え、タッチ・センス付きなので設定ではフェーダーに触れるだけで各チャンネルの設定が大型ディスプレイに表示されます。入出力やエフェクト設定を行うチャンネル・エディット(画面①)も即応し、ダイレクトにパラメーター設定ができるなど、直感的なオペレーションが実現されています。また、入力プリアンプのゲイン設定も記録可能。あらゆる状況でミキサー設定を瞬時にリコールできるシーン・メモリーもユーザー・ボタンでダイレクトにアクセスできるのです。20080101-02-005▲画面① チャンネル・エディットのチャンネル・ディスプレイ画面では各チャンネルの情報を表示し、アナログ・ミキサーのチャンネル・ストリップに該当。このほか、ゲート/エキスパンダーやコンプ、EQ、AUXセンドといった情報を表示させることも可能 もう一方のケースは“Digital Snakeセット”です。V-Mixing Systemでは、ステージで集音された音を鮮度を失わずにユニットのプリアンプでゲインを確保してデジタル化。REACでは伝送前にゲインを上げて24ビット非圧縮で伝送するため、新鮮な音をそのまま長距離伝送が可能です。もちろん外来ノイズの影響も極小で、しかもプリアンプ部にはクオリティを最優先したディスクリート構成の高音質かつローノイズ・アンプを採用しています。さらに、ゲイン設定やファンタム電源のオン/オフやPADの設定までM-400からリモート制御できるのです。ちなみにS-1608とW100S-Rがあらかじめ用意されていますが、それ以上の伝送ではハブなどでも簡単にジョイントできます。本格的な延長や分岐はオプションのREACスプリッターS-4000-SP(147,000円)、オプティカル・コンバーターS-OPT(157,500円)で対応可能で、2kmにおよぶ長距離伝送もシンプルに実現できるとのこと。さらに、デジタル伝送ながら複雑なアドレス設定などのわずらわしさも皆無。各ユニットをダイレクトに接続するだけなので設置も簡単です。

分かりやすいインターフェースで
設置からリハーサル開始まで約2時間


熱くなりすぎて前置きが長くなりましたが、現場での使用感です。筆者が試したのはリリース前だったので、もちろん触ること自体が初めて。ただ、見た目はとてもシンプルで、M-400の多くのボタンはスイッチ自体に決められた役割を持っていて“扱いやすい”イメージです。最近はいろんな現場でデジタル卓を扱う機会が増えたのですが、正直なところ多くの場合、時間が無いことがほとんど。急なことを求められるイベントでは不安もあったことは確かですが、事前に操作方法について約30分の説明を受けることですんなりリハーサルを進められました。M-400をセッティングし、S-1608の設置とW100S-RのケーブルをステージからPAブースまで2本はわせ、ステージ上のマイクなどを立て(出演者は5組で最大は12人の大所帯バンド)、モニターの配線後、リハーサルの音出しまでわずか1.5時間で完了したのもV-Mixing Systemのおかげでしょう。また、M-400では最大12系統使用できる31バンドのグラフィクEQを搭載し、マスターやモニター、チャンネル・インサートとして利用可能。ステレオ仕様のエフェクトも充実の4系統/48プリセットが用意されています。個人的な特筆点は“チャンネル”自体をライブラリーに保存できること。オペレーターによって“このマイクでのボーカル設定はEQ/コンプなどを含めてこう”“キックはこの設定”といった定番があり、30分弱の短いリハーサルでその都度細かな設定を呼び出さずに1発で割り当てられるのは感激です。ライブラリーはUSBメモリーに保存できるので、乗り込み時の短時間で仕込みが必要なときにもライブラリーだけを持ち歩くだけというのは便利なことこの上ないでしょう。

音の立ち上がりやスピード感と
音の太さ、存在感を両立したサウンド


では、実際にオペレーションをした感想ですが、S/Nの良さに驚きます。そして、スピーカーと生音のわずか2mくらいの距離でも“音の立ち上がりやスピード感”が感じられ、実に感動しました。さらに、今までのデジタル卓に無い音の太さ、存在感を感じます。デジタルにありがちな“分離が良過ぎてバラバラに聴こえる”といったこともありません。あと、ヘッドフォンのアンプ部も余裕があり、ロック・バンドの爆音の中でのモニターでもストレスがないのもうれしいポイントです。ただ、唯一改善されれば良いなと思ったことはチャンネル・ディスプレイ画面で横長の四角で表示されているAUXセンドのレベルが丸ボリューム表示だと分かりやすいこと。しかし、視覚/操作的にも実に簡単。オペレーションに悩む無駄な時間も省略されます。あと、特筆の“フロントのボタン1つ”で急遽、USBメモリーに入れた音ネタを再生したり、USBメモリーに録音(WAV)も簡単にできます。また、コンピューターにつなげば本格的な24ビットのマルチトラック録音はもちろん、USBデバイス・サーバーと組み合わせて無線LANでタブレットでの本体操作も可能です。そして肝心の本番は何の問題も無く終了。終演後はバラしに取り掛かったのですが、ミキサーにつないだケーブルを抜き、マイク・ケーブルほどの太さのCAT5eケーブルを2本ほど巻き上げてすべてをハード・ケースに収納して終了。この間わずか15分! やはりすごいです。その後でアナログ卓の元の状態に戻すときの大変さは書かなくても想像がつくでしょう。普通のデジタル卓では外部のアウトボードやデジタル伝送を使用する場合、専用スロットに挿すカードをオプションで購入しなければなりませんが、M-400はアナログ入出力(XLR)を8系統ずつ標準装備。パッチのみでルーティングを変更可能です。すなわち、V-Mixing Systemを購入すればあとは何も要りません。あと、オペレーションのやり方や動作など現場サイドの感覚をうまくパッケージングしており、さらに先へと続くバージョンアップへの期待度、そして価格すべてが魅力的なデジタルPAシステムだと言えます。20080101-02-006

▲M-400のリア・パネル。上部はランプ端子(XLR-4-31)で、下部左からステレオ入力(RCAピン)、トークバック・マイク入力(XLR)、デジタル出力(S/P DIFオプティカル&コアキシャル)、外部制御用端子(RS-232C)、RS-232C/MIDI入力切り替え、MIDI OUT/THRU&IN、REACポート×3、アナログ入力(XLR)×8、アナログ出力(XLR)×8

ROLAND
V-Mixing System
1,449,000円(42ch入力スタンダード・システム/M-400+S-1608×2+W100S-R×2)

SPECIFICATIONS

【M-400】
▪チャンネル数/48ch入力、18バス、58ch出力
▪内部信号処理/56ビット
▪AD/DAコンバート/24ビット、48/44.1kHz
▪総信号遅延時間/約2.8ms
▪内蔵エフェクト/4系統(11タイプ&48プリセット)+最大12系統のグラフィックEQ(31バンド)
▪外形寸法/749(W)×229(H)×626(D)mm
▪重量/19.8kg
【S-1608】
▪チャンネル数/16ch入力、8ch出力
▪AD/DA変換/24ビット、96/48/44.1kHz
▪外形寸法/401(W)×177(H)×135(D)mm
▪重量/5.5kg(ラックマウント・アングル含む)