伝統のサウンドと多機能を併せ持つモノラル・チャンネル・ストリップ

NEVE8801

濃いブルー・グレーのパネルにエンジ色のノブ、この配色はNEVEファンには垂ぜんものに違いない。名機の血統を感じて、見ているだけで太くて滑らかなNEVEサウンドを連想してしまうのは、私だけではないだろう。今回テストする8801は、その名が示すように同社の大型アナログ・コンソール88Rのチャンネル・モジュール1ch分を抜き出した設計だ。

内部のルーティング変更も簡単
入力部はあらゆるソースに対応


8801はプリアンプ、DYNAMICS(コンプ+ゲート/エキスパンダー)、INSERT(外部機器用インサート・ポイント)、EQの各セクションから成る。オンにすると"N"が赤く輝く電源スイッチが粋だ。伝統的なデザインの中に新しさを感じる。一見シンプルに見えるデザインだが、実はほとんどのノブがプッシュ・スイッチになっている。トリムを押すたびに入力ソースが切り替わったり、レシオのノブがアタック・タイムの切り替えになったりする。また、DYNAMICS/INSERT/EQという3つのセクションのオン/オフ・スイッチは、オンでオレンジ色に光る自照式だが、クリップ時には赤く光り、後述のようにセクションのルーティングにも使えるなど、複数の機能を持っている。レベル・メーターもスイッチ一つで入出力が切り替わるなど、一人二役あるいは三役するスイッチ類がふんだんに備わっており、アナログ機器としては驚くほど多機能。わずか1Uに22のノブと26のスイッチが並んでいるだけでもかなりの密度なのだが、果たして幾つのファンクションが盛り込まれているのだろう。アナログ回路を高密度に、しかも使いやすくレイアウトした設計には感服した。そして、AUDIO ROUTERを長押しすると、DYNAMICS/INSERT/EQの各オン/オフ・スイッチがこれらのセクションのルーティング(接続順)設定スイッチとなる。またAUDIO ROUTERを短く押した場合は、現状のルーティングを順次点滅して知らせてくれるのも分かりやすい。それ以外にも、現場を知り尽くしていると感じる点が非常に多く、ニーズを熟知している設計者が携わっていたことを感じさせる。プリアンプでは、マイク入力のゲインが最大70dBと余裕があり、出力の低いビンテージ・マイクでも問題ない。また、ライン入力時のゲイン幅も−24〜+24dBと広い点が実用的だ。一方、DI入力のインピーダンスが750kΩと少々低めなので、一般的なエレキギターでは問題ないが、一部のパッシブ・ピックアップ・モデル用には1MΩは欲しいところだ。端子についてはマイク(フロント)/ラインの両インプットをXLR/TRSフォーンのコンボ・ジャックとしている点や、マイク/DIのインプットがフロントとリアの両方に設けられていたり、INSERTのセンド/リターンがTRSフォーンではなくそれぞれXLRで用意されている点など、久しぶりにかゆいところに手が届くプロ仕様機にお目に掛かった気がした。手抜きとも思える製品がある昨今、このNEVEの姿勢には拍手を送りたい。またオプションのカードを加えることで、デジタル出力も可能になる。44.1〜192kHzのPCM、またはDSDにも対応するようだ。今回はチェックできなかったが、原理的に考えてもレコーダーにデジタルで直結できるメリットは計りしれない。

NEVEの名にふさわしい豊かな音
効きがよく積極的に使えるEQ&コンプ


メーカーの底力は、サウンド面にも現れている。実際の音もNEVEの名にふさわしい豊かな音だった。EQは非常にかかりがよく、補正というより積極的な音作りに適している。EQをかけても音やせしないので、プリアンプと一体化しているメリットを生かしてかけ録りで使いたいと感じた。4バンドのうちミッドの2つが3パラメーターで、ハイとローにはQが無い代わりにシェルビングも選べる設計。ノブのレイアウトが変則的なので配置に対する慣れは必要だが、"使えるEQ"だ。コンプレッサーも非常によく効く。トータル・リミッター的な目的よりも、特定のチャンネルに対しての音作りの一環として使いたいタイプだ。ゲイン・リダクション・メーターのステップがやや粗い点が少々残念だが、これはゲート用のメーターとスケールをそろえたためだろう。またコンプのアタック・タイムはFast(2ms)/Normal(8ms)の切り替えのみだが、内部のジャンパー変更にてその値を変更することもできる(0.5/3ms)。さらに特筆すべきは、USB経由でコンピューターにすべてのセッティングをストアできること。DAW環境ではミキシングの再現性はあっても、レコーディング・ステージにはアナログ機器が介在するため再現性が無い。しかし、この8801では(マニュアルとはいえ)EQやコンプをかけ録りしてもセッティングが再現できるのである。約55万円という価格に値するだけの価値があることはもちろんだし、あこがれのNEVEの音を手に入れるための額としては身近だと思う。私はこの8801を8台ほど手に入れて、ドラムやストリングス・セクションを録音してみたいと思った。そうなると400万円を超え、ちょっとしたコンソールの価格になるが、その価値は十分にあるだろう。さらに16台そろえて同社のサミング・アンプ8816なども用意すれば本格的なコンソールとなり、DAWシステムと組み合わせればとても魅力的なスタジオになりそうだ。きっと誰かがやるのだろう。もしかしたら、それは私かもしれない......(笑)。少なくとも、チャンネル・ストリップを選ぶ際の有力候補が出現したことには間違いない。

▲リア・パネル。左からオプションのA/Dカード用スロット、ヘッドフォン端子(ステレオ・フォーン)、ライン・アウト(XLR)、インサート・リターン&センド(XLR)、DI入力(TRSフォーン)とサイドチェイン・リンク(D-Sub 9ピン)、マイク入力(XLR)、ライン入力(XLR/TRSフォーン)、リコール用USB端子、アース・スイッチ、電源入力(36V/DIN 7ピン)

NEVE
8801
550,200円

SPECIFICATIONS

■入力インピーダンス(バランス)/1.2kΩ(マイク)、20kΩ以上(ライン)、750kΩ以上(DI)
■ヘッドルーム(0dBu基準)/+26dBu(マイク&ライン)、+20dBu(DI)
■ゲイン・レンジ(PAD使用時)/0〜70dB(マイク)、−24〜+24dB(ライン)、−44〜+24dB(DI)
■出力インピーダンス/50Ω以下
■最大出力(メイン・アウト)/+26dBu以上(600Ω)
■周波数特性(ライン入力→メイン・アウト)/10Hz〜20kHz(±0.2dB)、10Hz〜40kHz(±0.5dB)
■外形寸法/482(W)×44(H)×240(D)mm
■重量/3.0kg(本体)