音楽制作全般においてEQの役割は非常に重要ですが、特に私が携わるマスタリングでは各曲ごとのバランスや音圧の調整に欠かせない存在です。今回紹介するドイツSPLのPasseqは、マスタリングも視野に入れたパッシブEQとのこと。期待も高まります。
つまみが放射状に並ぶ斬新デザイン
ブースト／カットで異なる周波数設定
パッシブEQとは、簡単に言えば各帯域でのゲインの増減にオペアンプを使用せず、コイルやコンデンサーをフィルターとして使い、ブースト／カットを行うEQのことです。このパッシブEQは、通常のアクティブEQよりも自然なトーンが得られると言われています。フィルターなのにブーストできるのは、その帯域以外を下げて、その前段か後段のアンプ部で全レンジのゲインを上げるから。本機はこのアンプ部に、120Vの高電圧で動作するSupra-OPという独自開発のオペアンプを搭載していて、SN比やヘッド・ルーム、ダイナミック・レンジの向上を図っています。本体サイズはかなり大きめの4U。奥行きも40cm近くあるので、設置場所はおのずと限られてくるでしょう。ただ使用時の発熱は微量なので、余分な放熱スペースを設ける必要はなさそうです。フロント・パネルは中央に電源ランプと各チャンネルのバイパス・スイッチがあり、これを境に、左右同じ配列でコントロール部が配置されています。各チャンネルの中央に位置する大きなつまみがマスター・アッテネーターで、それを中心に放射状にそのほかのつまみが並ぶという斬新なデザイン。各チャンネルの左半分がカット、右半分がブーストのセクションで、アッテネーターのすぐ外側に、高域のＱ設定と、ブースト／カット量を決める６つのつまみがあります。ブースト／カットつまみにはクリックがあるものと無いものとがあるのですが、すべてクリック式にしてほしかったところです。一番外側が各バンドの周波数選択。ブーストとカットで周波数レンジとポイントが異なっているのは、現場の意見を反映した設計思想の現れでしょう。
各帯域のつながりが自然で
ひずみ感が少なく伸びのある質感
それでは試聴してみましょう。まずは、本機を全く通さない音（ケーブル同士を直結）とバイパス状態で本機を通した音とを比べてみます。リズムにアタック感が出てきて、多少余韻が後退します。中高域はやや派手気味。これが基本的な本機のキャラクターと言えるでしょう。続いてEQがフラットな状態でバイパスを解除すると、もう少しだけ余韻が後退します。若干ワイド感が損なわれますが、フィルターで構成されているだけに、この程度は致し方のないところです。ここから各バンドをブーストしていきます。ごく自然にブースト分が空間にリリースされるような感じで、低域／中域／高域のつながりもとても自然な印象。ひずみ感も少なく、すーっと伸びていく質感はとても美しいです。位相特性が良いからか、全体的に設定した周波数よりも高いポイントにまで作用しているように感じます。特に低域のブーストはかなり広範な印象で、ミッドレンジにまで及んでいるように聴こえました。また、一般的なEＱではカットを施すと音楽に必要な空気感などの成分も一緒に下がってしまうことがよくあるのですが、本機は減衰した帯域にうまく余韻がかぶさっていくような感じでまとめることができます。極端なイコライジングを施しても、意外と聴けてしまうのには驚かされました。全体としても、ガツッ！というインパクトを求めるのには不向きかもしれませんが、全体的に音に余裕があるので、レンジ感を損なうことなく大胆な処理ができるEQだと思います。本機は、使えるバンド数が少ないということもあり、１台でどんなEQ処理も万能にこなせるタイプではありません。しかし、アクティブEQには無いナチュラルなかかり方は魅力的で、特にジャズやクラシックなどのアコースティック素材に合うと思います。そのほかのソースに対してもここぞというときの味付けに使いたい１台です。
▲リア・パネル。端子部は左からRchの出力と入力、Lchの出力と入力（すべてXLR）。電源インレットの上にはグラウンド・リフト・スイッチを備える
SPECIFICATIONS
■入力レベル／＋４dBu
■最大入力レベル／＋28dBu
■入力インピーダンス／22kΩ
■最大出力レベル／＋32dBu
■出力インピーダンス／600Ω
■周波数特性／20Hz〜50kHz（リニア）、50〜100kHz（−３dB）
■ダイナミック・レンジ／143dB
■クロストーク／＞85dB
■同相信号除去比／＞70dBu（＠１kHz）
■SN比／−115dBu（A-weighted）
■外形寸法／482（Ｗ）×176（H）×390（D）mm
■重量／11.8kg
