自在なルーティングが中小スタジオに適した64chデジタル・ミキサー

TASCAMDM-4800

DAWの普及により、レコーディング・スタジオのシステムは大きな変ぼうを遂げつつあります。時代の流れに沿ったスタジオ設計が求められ、プライベート・スタジオなどの小規模なスタジオが増え続ける昨今、大規模なスタジオとの役割分担化は確実に進んでいます。そんな中、2005年に発売されたデジタル・ミキサーTASCAM DM-3200をワン・サイズ・アップしたDM-4800が発売されました。今回は、小規模スタジオでDAWを中心としたレコーディング・システムにデジタル・ミキサーを導入している者の観点からレビューしていこうと思います。

最高24ビット/96kHz対応で
入出力数拡張オプションも準備


DM-4800は最高24ビット/96kHzに対応しており、64ch仕様で24バスおよび12AUXを装備しています。まずはリア・パネルに搭載された入出力端子をチェックしてみましょう。アナログ入力は24ch仕様(XLR、TRSフォーン)でファンタム電源を供給可能な上、各入力にはインサート端子も装備。センド&リターンは8系統搭載され、CDなどの入力用としてステレオ1系統の2TR IN(RCAピン)も付いています。アナログ出力はステレオ4系統が用意されており、マスター出力がステレオ1系統(XLR)とモニター出力がステレオ3系統(TRSフォーン)。モニター出力の内訳はコントロール・ルーム内のラージ・モニター用およびニアフィールド・モニター用、それにブース用という構成です。コントロール・ルーム内の2系統はトップ・パネル右上にある2つのつまみでそれぞれ音量設定が可能、ブース用はLCD画面で設定します。デジタル入出力部は32ch+ステレオ4系統です。AES/EBU入出力(XLR)が2系統およびS/P DIF入出力(コアキシャル)も2系統を装備し、さらにTDIF-1入出力(D-Sub 25ピン)を3系統を備えて24chを確保。ADAT入出力(オプティカル)も1系統搭載しています。以上が標準装備のアナログ/デジタル入出力ですが、これに加えて4つのオプション・カード用スロットも備えており、96kHz対応8chアナログ入出力カードIF-AN/DN(63,000円)、96kHz対応の8ch AES/EBU入出力カードIF-AE/DM(31,500円)などのオプション・カードを追加搭載して入出力を拡張することも可能です。今後、Windows/MacとFireWire接続可能な32chオーディオI/Oカード、IF-FW/DM MKII(価格未定)の発売も予定されており、これによりDM-4800とDAWのスムーズな連動が可能になるでしょう。一通り入出力系を見てみましたが、小規模のスタジオならばこれだけあれば十分と言える数です。小さ過ぎず、大き過ぎず、ちょうどいいくらいなのでは? 例えば4リズムのレコーディングでも、24chあれば大抵は少し余るくらいの数ですし、プライベート・スタジオでシンセなどを常に立ち上げておく場合にも使える数と言えるでしょう。デジタル・ミキサーの最大の利点の一つに“DAWとのフル・デジタル接続による音質の劣化を最小限に抑えたシステム構築”があると思います。これは、あくまでアナログとデジタルを住み分けての個人的な意見ですが(アナログではそれぞれ機材の持つ個性を最大限に利用することが重要)、その観点からすると本機の充実したデジタル入出力、拡張性はDAWとの接続を考えた場合にも優れたものだと考えられるのです。

6層のレイヤー構造に加え
自由度の高いルーティング機能


DM-4800にはチャンネル・フェーダーが24本搭載されており、これらは100mm長のタッチ・センサー付きムービング・フェーダーで、触り心地は軽くスムーズで指にピッタリとフィット。フェーダー・グループを組むことができるほか、奇数チャンネルのフェーダーのSELボタンを押しながら偶数チャンネルのSELボタンを押すと瞬時にステレオ・リンクを組めるのも、とても便利です。また、チャンネル・フェーダー部は6つのレイヤー構造で使い分けが可能。レイヤーはch1〜24、ch25〜48、ch49〜64、バス1〜24、AUX1〜12、そしてDAWのフィジカル・コントローラー(後述)という内訳です。これらのレイヤーはフェーダー部の右側にあるLAYER STATUSボタンで切り替えることができます。また、各チャンネル、バス、AUX、アナログ/デジタル入出力を自由度の高いルーティングやパッチングで接続することも可能。設定はLCD画面上で行い、例えば“ループバック”という機能を使えばch1〜48からのダイレクト・アウトや、バス&AUX出力をDM-4800内部でもう一度任意のチャンネルにアサインすることができ、アナログ・コンソールのパッチ・ベイを使っているかのようなルーティングが組めます。搭載の入出力、チャンネル、バス、AUXをフル活用できる素晴らしいシステムと言えるでしょう。ただし操作が簡単で自由な分、同じ信号が重なってしまうことによって起きるフィードバック・ループなどには注意が必要です。

クセの無いヘッド・アンプに加え
ナチュラルなかかり具合のEQも搭載


それでは実際の音をチェックしてみます。DIGIDESIGN 192 I/Oからのソースをアナログ入力すると、DM-4800を通した音は明るくパキッとした印象。重心が少々上がる感じもしますが、基本的にクセの無いストレートな音で、ソースをそのまま聴かせてくれる感じです。ミキサーのヘッド・アンプとしては使いやすい音だと思います。ch1〜48には、それぞれ4バンドEQ、ダイナミクス、AUXセンド・コントロールが装備され、選択したチャンネルごとにLCD画面左のMODULEセクションに用意された、分かりやすい配置のつまみやボタンで操作することが可能。これはDM-4800のトップ・パネル全体にも言えることですが、各パーツ同士のスペースにゆとりがあり、すっきりとしたデザインに好感が持てます。デジタル機材にありがちな、高密集度、深い階層といった難しい印象は全くありません。瞬発力の必要な現場において、これは結構大事なことなのです。入力したソースにEQをかけてみると、とてもナチュラルなかかり具合。デジタル入出力は最高24ビット仕様ですが、アナログ入力の内部処理は32ビット、EQ部に関しては64ビットでの演算処理が行われています。MODULEセクションからの操作性も良いので、レコーディングの段階から積極的に使用できるはず。また、ダイナミクスも充実しており、同時使用が可能なコンプとゲートを装備。音はいわゆる“卓に内蔵されたスタンダードなダイナミクス”という印象ですが、パラメーターの可変幅が大きいのはさすがデジタル。どんなソースにも対応できるでしょう。さらに各パラメーター操作は、LCD画面下方に並ぶ4つのつまみや、24本のフェーダーの上方に1つずつ用意されているリング・エンコーダーなどからもアクセスが可能。LCD画面下のつまみはエフェクトやルーティング、EQなどのパラメーター設定に使用し、各設定画面ごとに異なった働きをします。またリング・エンコーダーはジョグ・ダイアル右下にあるENCODER MODEボタンを使用して、チャンネルごとのいろいろなパラメーターを割り当てられる“何でもアサイン変身つまみ”。パン、AUXセンド・レベル、バス出力レベルなどを操作可能です。また、このリング・エンコーダーの周囲にあるLEDは、アサインされているパラメーターごとにさまざまな仕様で点灯し、視認性を良くする工夫が凝らされているのも特徴的。例えばパンの調整をリング・エンコーダーで行っているときは、設定がセンターだとリング・エンコーダー真下のLEDが点灯したり、EQのQ幅を設定している場合には、幅が狭いと12時方向のみの点灯ですが、広げると両側に広がるように点灯していきます。

リアルな空気感のルーム系が心地良い
TC|WORKS TC Reverbを搭載


エフェクターは新開発のTASCAM FX2.0と、TC|WORKS TC Reverbが搭載され、2系統を同時に使用することが可能です。FX2.0はディストーションやピッチ・シフターなどを含むマルチエフェクターで、制作に役立ちそうなエフェクトがそろっています。一方、TC ReverbはDAWのプラグインとして私も所有しているTC Reverbとほぼ同じパラメーター構成。比べてみるとこちらの方が分離と広がりが良い感じです。特にルーム系が抜群で、心地良いリアルな空気感を出せるのでガンガン使えるエフェクターだと思います。また、DM-4800には充実したオートメーション機能も搭載。RS-422やMIDIおよびUSBを使用した仮想MIDIポート接続によるマシン・コントロールも可能で、外部MTRのリモート操作も行えます。さらにコンピューターとUSB接続することにより、HUIプロトコルに対応したAPPLE Logic ProやCAKEWALK SonarなどのDAWのフィジカル・コントローラーとして、フェーダー、ミュートやソロのオン/オフ、パンなどの操作が可能。よって、オートメーション・データはDM-4800にも、接続したDAWにも書き込みができるのです。このほかにも、別売りのメーター・ユニットMU-1000(105,000円)を装着しての操作や2台のDM-4800が連動するカスケード接続など、さまざまな機能があります。中でも気になったのが、何気なくこっそりと背面にあるフット・スイッチ端子。ここから内蔵エフェクトのタップ・テンポ入力、トーク・バックやパンチ・イン/アウトなどの操作が可能です。通常のスタジオ、個人のプライベート・スタジオ、ライブの現場など、使い方次第でとても役に立つ機能なので、こういう部分からいろいろな環境を想定して設計されているのが分かり、“よく考えられているな”と思います。今回のレビューで私はデジタル・ミキサーが進化している速度を体感しました。いくらデジタルと言えど、使うのは人であり、やはりフィジカルな部分は重要。デジタル・ミキサーに求められている機能面が出そろった現段階での、つまみなどの配置デザインや、視認性の良さに起因する使いやすさという点でも、DM-4800の“ちょうど良いサイズ”は小規模スタジオ内で有効だと思いました。本誌で紹介されるプライベート・スタジオ内の写真などでもデジタル・ミキサーの登場が確実に増えてきています。大小に住み分けの進むスタジオの役割分担は、今後一層進むはず。そういう状況の中でDM-4800は、優れたコスト・パフォーマンスを持ち、DAWと連動して使っても十分な機能を持つデジタル・ミキサーだと思います。

▲DM-4800にオプションのメーター・ユニットMU-1000(105,000円)を装着したところ



▲リア・パネル。上段左からアナログ出力R/L(XLR)、アサイナブル・センド&リターン×4系統(TRSフォーン)、モニター出力R/L×3(TRSフォーン)、2TR IN入力R/L(RCAピン)、アナログ入力×24(XLR、TRSフォーン)およびインサート×24(TRSフォーン)。下段左からアサイナブル・センド&リターン×4系統(TRSフォーン)、USB、フット・スイッチ接続端子、TO METER(D-Sub 25ピン)、AES/EBU入出力×2系統(XLR)、S/P DIF入出力×2系統(コアキシャル)、GPI(D-Sub 9ピン)、TIME CODE入力(RCAピン)、RS-422(D-Sub 9ピン)、WORD SYNC IN&OUT/THRU(BNC)、MIDI IN/OUT/THRU(MTC OUT)、TDIF-1×3系統(D-Sub 25ピン)、カスケード(D-Sub 25ピン)、ADAT入出力(オプティカル)、オプション・カード用スロット×4

TASCAM
DM-4800
787,500円

SPECIFICATIONS

■量子化ビット数/24
■サンプリング周波数/44.1/48/88.2/96kHz
■歪率/0.005%以下(LINE IN-INSERT SEND)、0.008%以下(LINE IN-INSERT STEREO OUT)※最大レベル、1kHz、トリム最小
■クロストーク(1kHz)/90dB以上
■外形寸法/933(W)×240(H)×824(D)mm
■重量/35kg
■オプション/8ch ADAT入出力カードIF-AD/DM(31,500円)、96kHz対応8ch AES/EBU入出力カードIF-AE/DM(31,500円)、96kHz対応8chアナログ入出力カードIF-AN/DM(63,000円)、FireWireインターフェース・カードIF-FW/DM MKⅡ(価格未定/近日発売予定)、96kHz対応サラウンド・モニター・カードIF-SM/DM(78,750円)、96kHz対応8ch TDIF-1入出力カードIF-TD/DM(27,300円)、メーター・ユニットMU-1000(105,000円)、カスケード・ケーブルPW-1000CS(12,600円)