伝統のNEVEサウンドを踏襲したテープ・シミュレーター&ライン・アンプ

RUPERT NEVE DESIGNSPortico 5042

レコーディングに携わる人間にとって、NEVEという名称はある種盲目的に信頼してしまう傾向があるように思う。オールドNEVEであれ、最新のNEVE 88シリーズのコンソールであれ、そのNEVEという言葉の響き自体にある種"畏怖の念"すら覚える。ただルパート・ニーヴ氏自体はレコーディング機器開発者としては最強かもしれないが、ビジネスはあまりうまくない。現在のNEVEはAMSに吸収されているし、その抜群の設計思想と聴覚センスの良さ、そしてレコーディングにおける歴史的貢献度からするともっと"イケてて"も良いかもと思ってしまう。そんなルパート・ニーヴ氏であるが、ついに自らの名前を冠した会社を設立し、新製品を投入してきた。早速チェックしていこう。

シルキーで倍音成分を感じる
妥協が一切無いNEVEサウンド


このPortico 5042は、2chのテープ・シミュレーター/ライン・アンプである。ただ本機は決してテープ・シミュレーターにライン・アンプがおまけに付いているわけではなく、ライン・アンプもクラスA回路を搭載したかなり本気なもの。かの歴史的名機NEVE 1272、1073、1081モジュールなどを生み出したプライドかもしくは完璧主義か、一切妥協の無い姿勢には好感が持てる。実際、回路設計の良さなのか、インプット/アウトプット・トランスの良さなのかは不明だが、シルキーで倍音成分を感じる例のNEVEサウンドの方向性は明らか。マスターにインサートして使ってみたところ、あのNEVE特有のまとまりの良さが感じられた。美しい高域成分とミックスをスムーズにまとめる不思議な効果、そして入力を突っ込んだ際に出てくる倍音成分による音の張り付き方は独自のものである。この倍音について余談ではあるが、どうもオールドNEVEの回路はインプットとアウトプットの抵抗値のバランスがおかしく、どうしてもひずむようになっているらしい。通常こういった場合、設計段階で却下されるが、それを音楽的倍音成分としてとらえてそのままにしたのが、ニーヴ氏のすごさだとある方から聞いたことがある。そういったこともNEVEサウンドが唯一無二のもので、ウン十年もたった現在でもレプリカが多数出回る理由なのかと思う。数値的な正解もあるが、人間の聴覚に忠実というのがNEVEサウンドの肝だと思う。

上下のレンジ感を際立たせる
ナチュラルで気持ちの良い音圧感


本機のメイン機能であるテープ・シミュレーターは、まずENGAGE TAPEスイッチ(テープ・シミュレーター回路に信号を送るスイッチ。これがオフのときは前述のライン・アンプとしてのみ機能する)をオンにし、あとはSATURATIONノブを時計回りに回せば、テープに対する突っ込み具合を調整できるといったシンプルなもの。後は好みでテープ速度を15ipsか7.5ipsかを選ぶ(もちろん実際にテープは入っていないので、音のキャラクターの違いということ)。ここが"30ipsか15ips"でなく、あえて"15ipsか7.5ips"にしたのが面白い。通常日本では30ipsがもっともハイファイで好まれていたように思う。個人的には15ipsの方が音のしんがしっかりしていて好きでほとんど15ipsで作業していたが、一部のマニアックな低音好きのエンジニアが7.5ipsだったように記憶している。あえて30ipsでなく7.5ipsを採用したのは、普通に録ったらハイファイになる現在のレコーディング環境で、逆にテープの面白さを再確認させようとするニーヴ氏の遊び心と状況判断の正確さを感じる。では実際の効果はというと、まず普通の突っ込み具合で試すと、中低域/低域が非常に立体的でリッチになり、サウンドが一気に重厚になる。しかも高域のつやも増えるため上下のレンジ感が際立ち、非常にナチュラルで気持ちの良い音圧感が得られた。試しに尋常じゃない突っ込み方をしたところ、これはもうある種"ひどい音"にもなった。普通にひずむというよりは"カセット・テープの録音レベルを間違った"的な不思議なひずみ方で、トラックの1つや声の一部に特殊効果的に使うと、これはこれでほかに無い雰囲気なので面白い。このテープ・シミュレーターは、レベルの突っ込み具合に大きく左右される機能であるため(通常のシグナル・レベルであれば全く普通にかかるが)、極端にレベルが低いソースの場合は前述のライン・アンプ用のゲイン・ノブでもあるTRIMで調整が必要だ。数年前までは、テープのメーカーと種類、レベル調整などをサウンドによって使い分け、アナログ・テレコで最終ミックスを落としているときに聴き比べする、ある種バクチ的な使用法が面白かった。しかし現在では、シミュレーターで実際にテープを回さずともミックスの際にその効果を気の済むまで詰めることができる。テープがもたらす変化を簡単にコントロール可能になったことは、音を扱う上で非常に楽しめる要素だと思う。

▲リア・パネル。左から電源スイッチ、チャンネルA/Bそれぞれのバス・アウト(TRSフォーン)×4、チャンネルBの出力(XLR)、入力(XLR)、同じくチャンネルAの入出力

RUPERT NEVE DESIGNS
Portico 5042
オープン・プライス(市場予想価格/241,500円)

SPECIFICATIONS

■周波数特性/10Hz〜20kHz
■最大出力レベル/25dBu
■全高調波歪率/0.0015%以下@1kHz、20dBu
■ノイズ・レベル/−100dBu以下
■外形寸法/237(W)×48(H)×240(D)mm
■重量/3.18kg