手軽に高精度なモニター環境を構築できるDSP内蔵スピーカー

GENELEC8240A / 7260A

ここ最近、再びニアフィールド用パワード・スピーカーの新製品が数多く見られるようになってきました。音楽の多様性と同時に多くのエンジニアが自分専用のスピーカーを持ちたいと思い始めたというのも大きな理由でしょう。そんな中、4月にラスベガスで開催されたNAB2006を訪れたときにGENELECブースで見かけたのがDSP Monitoring Systems。これはDSP内蔵スピーカーと自動音響補正機能を持つ専用ソフト、測定用マイクなどで構成されており、手軽に高品位なモニター環境を構築できるというもの。今回はこのシステムからパワード・モニターの8240A×5本とパワード・タイプのサブウーファーの7260Aという5.1chシステムでチェックしていきたいと思います。

デジタル入力とDSPを搭載した
8240Aと7260A


8240A(写真①)と7260A(写真②)はDSPを搭載し、これらは専用コントロール/キャリブレーション・ソフトGLM(Genelec Loudspeaker Manager)を使いコントロールします。GLMは8200-401(GLMパッケージ/84,000円)に含まれ、ほかには測定用マイクやインターフェース・ボックス(写真③)、各種接続ケーブルで構成されます。

▲写真① 165mmコーン・ウーファー+19mmメタル・ドーム・ツィーター、90W×2のバイアンプ構成に加え、DSPを搭載した8240Aのリア・パネル。CAT5ケーブル用端子×2、デジタル入力(AES/EBU)、デジタル・スルー、アナログ入力(XLR)、DIPスイッチを搭載。DSP Monitoring Systems対応モデルとして205mmコーン・ウーファー+25mmメタル・ドーム・ツィーターの8250A(304,500円/1本)もラインナップ
▲写真② 254mmコーン・ウーファー、120Wパワー・アンプに加え、DSPを搭載した7260A。サイド・パネルにはデジタル入力(AES/EBU)×4、デジタル出力(AES/EBU)×4、CAT5ケーブル用端子×2が用意されているほか、DIPスイッチもレイアウト。なお、305mmコーン・ウーファーの7270A(504,4000円)、305mmコーン・ウーファー×2の7271A(682,500円)もDSP Monitoring Systems対応モデル
▲写真③ 8200-401(GLMパッケージ)に含まれる測定用の無指向性マイクとコンピューターとUSB接続可能なGLMネットワーク・インターフェース・ボックス 早速、8240Aから見ていくと、シャンパン・ゴールドのカラーリングが印象的です。スペックは基本的に同社の8040Aと同等で、8040Aと同じくリア・パネルにあるDIPスイッチでユーザーの好みに合わせて調整できます。8040Aと異なる点はアナログ入力に加えてデジタル入力(AES/EBU)とDSPコントロール用にイーサーネットなどで使われているCAT5ケーブル用端子を搭載していること。デジタル入力は最高24ビット/192kHzにまで対応し、ハイスペックな制作環境を見据えた設計です。7260Aも同社の7060AにDSPを搭載したモデルですが、こちらはデジタル入力(AES/EBU)のみ。なお、これらはスピーカーを最高30本(フルレンジ25本、サブウーファー5本)まで接続可能。ライブ会場や映画館などでもフレキシブルに対応できるわけです。チェックで使用したスタジオはウエストサイドAst.(写真④)。ここには常設のサラウンド・スピーカーもあり、普段からの作業で音の判断にも慣れているということでの選択です。試聴方法については、コンソールのモニター・アウトをADコンバートし、7260A経由で8240Aにデジタル・ケーブル(AES/EBU)で結線しています。
▲写真④ チェックのためにSSL SL6072G+の奥に8240Aをセッティングしたところ。コントロール・ルームが52.5m2のウエストサイドAstに設置したが、今回のシステムで十分な音像とレベルを得ることができた

GLMを活用することで
各スピーカーを容易に調整可能


さて、DSP Monitoring Systemsの目玉が、コンピューターを使って各スピーカー搭載のDSPをコントロール/キャリブレーションできるソフト、GLMです(現時点ではWindows XP版のみ。今年度末にはMac OS X版もリリース予定)。コンピューターとスピーカーの接続は、測定用マイクのプリアンプも兼ねたUSB接続のGLMネットワーク・インターフェース・ボックスを介して行います。結線は簡単で、測定用マイクをボックス経由でコンピューターのオーディオ・インターフェースに接続し、付属のCD-RからGLMをインストールして、GLMネットワーク・インターフェース・ボックスをコンピューターにUSB接続すれば完了。では、実際にセッティングしていきます。まずは、高さや角度/距離を考えながら5本の8240Aと7260Aを設置し、デジタル・ケーブルとCAT5ケーブル、測定用マイク、コンピューターなどを接続。GLMのメイン画面には3つのレベル・プリセットが付いたマスター・ボリュームや、DIM、Bypass BM(ベース・マネージメント)、各スピーカーのソロ/ミュートなどが用意されています(画面①)。
▲画面① GLMのメイン画面。マスター・レベルのフェーダーに加え、3つのプリセット・レベル、DIM、Bypass BM(ベース・マネージメント)、各スピーカーのソロ/ミュートなどが用意されている。各スピーカーは、フロントL/R、サラウンドL/Rといったような組み合わせを設定することも可能 このGLM最大の特徴がAutoCal(Auto DSP Filter Calibration)という自動調整プログラム。AutoCalはGLMコントロール・ネットワーク上にある全スピーカーに対して音響的調整をするためにサイン波のスウィープ試験信号を生成し、測定マイクを使って適切な音響設定にするのです。その音響設定には、リスニング・ポイントもしくはある範囲内でのフラットな周波数応答、全スピーカーからリスニング・ポイントまでの等しいレイテンシー、出力レベルとクロスオーバー周波数の位相の面でのサブウーファー調整が含まれます。

面倒なサラウンド・モニターの設定も
わずか数分で自動的に完了


では、AutoCalを使って設置した5.1chスピーカーの調整をしていきましょう。測定用マイクをエンジニアのリスニング・ポイントに設置し、コンピューターのデスクトップ・アイコンをダブルクリック。後は出てくる手順に従ってサブウーファーの設定をします。このようにキャリブレーションを開始すると各スピーカーからスウィープ音が鳴り、各スピーカーを認識させた後は自動的に補正処理を行ってくれます。そして、待つこと5分程度で完了。これには“えっ、これでOK!?”と思わず言ってしまったくらい。通常であれば新たにサラウンド・モニターをセッティングするときには入念に角度や距離を決め、ピンク・ノイズで音圧レベルを計って……といった作業が必要で、実際に作業を開始できるまでに2時間コース。これを考えると、かなりの時間短縮です。極端に言えばスピーカーの角度調整ができていれば、後は自動で調整してくれるというわけです。終了後の画面を見ると、各スピーカーのDSPは4バンドのシェルビングEQと4バンドのノッチ・フィルターで周波数特性を調整し、各スピーカーから音が届くタイミングを一定に保つためのレイテンシーもms単位で補正。その細かさに驚かされます(画面②)。一方、サブウーファーでは4バンドのノッチ・フィルターでの調整に加え、スピーカーとの位相を調整するパラメーターも用意(画面③)。もちろん、これらはマニュアルでも調整可能です。DIPスイッチだけでは補正しきれなかった帯域やレベルも調整できます。もちろん、ここで得られた補正データはコンピューター上に保存でき、さらに各スピーカーのDSPに転送/メモリーしてスピーカーを単独で使うことも可能です。
▲画面② 自動調整プログラムのAutoCalを使って補正後の8240Aの画面。赤線が補正前で、補正用の青線を見ると分かるようにそれらをディップさせることで均一化。緑線が最終的な特性でフラットになっている。グレー地になっている6kHzより上の帯域については補正を行っていないが、これは設計上、ツィーターによりピークやディップが出ないという前提があるため
▲画面③ AutoCalで補正後の7260Aの画面からチェックを行ったウエストサイドAst.では30Hz近辺でルーム・アコースティックの影響を受けていたことが補正前のグラフ(赤線)で分かる。見事にフラットになった緑線は最終的な特性。あいまいになりがちなサブウーファーのセッティングで細部まで追い込めるのは素晴らしい

AutoCalの活用で得られる
良好なサラウンド・ミックス環境


続いて試聴していきます。まずは補正無しから。曲は生バンドによる演奏で、24ビット/96kHzで収録されています。音質については耳なじみのあるGENELECらしいスピード感があるサウンドで、低域の押し出しも力強くて安定感があると言えるでしょう。サブウーファーとのつながりを聴くと、この大きさでこれほどの低域が出るのかと思えるほど。曲によってはローエンドが強調されて低域の輪郭がぼやけてしまうほどです。そして、GLMを使い補正後の音を聴くと……すごい! 位相感が良く、ハイエンドのスムーズさ、前後のスピーカーのつながり、定位感、どれをとっても好印象。各音色の輪郭もばっちり見えます。補正前に比べてすっきりとしており、ちょうど歌の腰にあたる部分が細いような感触がします。これはGLMの画面を見て分かったことですが、補正前はルーム・アコースティックの影響から400Hzにピークがあったのです。もちろんGLMの恩恵はサブウーファーにもあり、ローエンドも補正後はバランスが良好。キックの輪郭やアタック、ベース・ラインもはっきり見えます。とにかく全帯域にわたって何のストレスも無く聴こえます。特に低域の回り込みについては部屋の影響を受けやすく、効果絶大でしょう。試しにミックス作業をしてみると、リバーブのパラメーターを調整する際の判断がしやすく感じます。また、サブウーファーへ送ったときの分離感にも嫌みな部分がありません。このようなナチュラルなサウンドは、ミックス・アプローチに対しても良い方向へ作用するように思います。サイズから言っても8240Aと7160Aは宅録用途でも十分。しかも専門業者が音響調整を行った商業スタジオに比べ、音響の面でぜい弱な環境の方が、GLMの恩恵は大きいでしょう。スピーカーに合わせた部屋の改造ではなく、部屋に合わせたスピーカー補正ができ、どこでも手軽に同等のモニター環境を提供してくれる……このシステムは多くの人にとって検討に値するでしょう。
GENELEC
8240A / 7260A
8240A:204,750円/1本
7260A:388,500円

SPECIFICATIONS

8240A
■形式/2ウェイ・バイアンプ方式、バスレフ型
■LFユニット/165mmコーン(防磁型)
■HFユニット/19mmメタル・ドーム(防磁型)
■アンプ部出力/90W(LF)、90W(HF)
■周波数特性/48Hz〜20kHz(±1dB)
■クロスオーバー周波数/3kHz
■外形寸法/237(W)×365(H)×223(D)mm(Iso-Pod含む)
■重量/9.4kg
7260A
■ユニット/250mmコーン(防磁型)
■アンプ部出力/120W
■周波数特性/19〜100Hz(±3dB)
■クロスオーバー周波数/85Hz
■外形寸法/462(W)×527(H)×363(D)mm
■重量/27kg