入力から出力まですべて真空管回路で構成された2chコンプレッサー

THERMIONIC CULTUREThe Phoenix

現在の録音業界ではたくさんの種類の機材が使われている。一昔前では考えられないほどたくさんのメーカーの物を手にいれることができるからだ。海外の大会社の製品から、ハンドメイドにこだわる小さなメーカーのものまで、本当にさまざまである。しかもなかなか面白い製品や優秀なものが多く、国内各輸入代理店の目利きの良さやセンスさえ感じられるほどだ。そんな中、また1つ気になる機材の登場である。イギリスTHERMIONIX CULTUREの2ch真空管コンプレッサー、The Phoenixがそれだ。

FAIRCHILD 660&670と同様の
真空管回路によるゲイン・リダクション


実機が届いての第一印象は、かなり無骨な感じ。ブラック・パネルとあまり見たことの無いタイプの白いメーターが印象的で、無骨な中にもレトロ感をうまく醸し出している。構成もかなり特徴的である。完全ハンドメイドによる本機は、それだけにとどまらず基板を使用せずすべてのパーツが直接配線されている。そして“valve compressor”と銘打たれている通り、基本回路は真空管で構成されており、ICやトランジスターは一切使用されていない。入力段や出力段だけに真空管回路を採用したオーソドックスなタイプではなく、FAIRCHILD 660、670などのビンテージ・コンプのようにリダクション回路までも真空管で構成されているのだ。フロント・パネルを見るとGAIN、ATTACK、RELEASE、THRESHOLDの4つのパラメーターが2ch分並んでいる。つまみの大きさも同一で、シンプルで判断しやすく好感が持てる。このつまみの右側に各チャンネルのバイパス・スイッチとステレオ・リンク用のスイッチが配置されている。GAINおよび後述のOUTPUT TRIMはリンクしないので、マニュアルで設定することとなる。そして特徴的なメーターの下には、OUTPUT TRIMが2ch分用意されている。これは0〜MAXといったレベル・コントロールではなく、絞りきった状態でユニティ、つまりゲイン・リダクションしたままのレベルが得られ、そこからレベルを少し持ち上げて調整する役割を果たす。いわゆるメイクアップ・ゲインだと考えればよいだろう。

ナチュラルでありながら骨太な音質
GAINで気持ち良いひずみも演出可能


それでは、実際に音を通してチェックしていこう。いろいろな音源を聴いたトータルな印象は、真空管に対する固定観念を打ち破ってくれる、かなりハイファイなサウンドだ。高域も低域も濁ることは無く、かなり自然なリダクションを得ることができる。ハードにコンプレッションした場合も気になる音色の変化も無く、ナチュラルである。だからと言って、音に特徴が無いわけではない。少し変わった表現になるが、やせた人が太る感じではなく、筋肉が付くような印象。元音のキャラクターを損なうことなく、ほかの音に混ぜたときの骨太感が程よく増すのである。特に歌などは、1ランク上のマイクで録音したような印象になる。また、2ミックスにインサートしたときにも腰の据わった感じが気持ち良い。高域もやや粘りが出る感じで、好感が持てた。全体的に高級な感じにまとめられているので、ド派手な印象や“荒くれ感”は薄い。しかし、心配ご無用。コンプ側ではなくGAINの段階で、派手な演出が可能だ。通常ではGAINの6くらいがユニティ・レベルとなる設定だが、7を超える辺りから超気持ち良いディストーションが得られる。嫌なピーク感も無く、ハイ落ちも感じられず、ビンテージの機器でナチュラル・ディストーションを出している印象だ。スネアをひずませてみると、気持ちの良い倍音が持ち上げられ、タイトに鳴っている音をかっこ良くルーズなサウンドにできた。単なるコンプレッサーとして使うだけでなく、GAINでの積極的な音作りもぜひお勧めしたい。最近は、“コンプレッサー”の一言ではくくれないほど、特徴を持った機器が増えてきている。音源に対してさまざまなサウンド・キャラクターを持たせることができ、録音時/ミックス時を問わず、EQ以上にその重要性を感じている私のようなエンジニアも少なくはないと思う。そのような中、今回のThe Phoenixの登場で選択肢が増えるのはうれしい限りである。

▲リア・パネル。右下部の入出力端子は左からアウトプット2/1(XLRオス)、インプット2/1(XLRメス)

THERMIONIC CULTURE
The Phoenix
オープン・プライス(市場予想価格420,000円前後)

SPECIFICATIONS

■最大出力レベル/+19dB(600Ω)、+24dB(10kΩ)
■最大ゲイン/30dB
■全高調波歪率(コンプレッション無し)/0.09%以下@1kHz、 0.15%以下@100Hz
■全高調波歪率(8dBコンプレッション時)/0.2%以下@1kHz、 0.25%以下@100Hz
■周波数特性/12Hz〜48kHz(0/−1dB)
■ノイズ/95dB below MOL(IEC weighted)
■入力インピーダンス/15kΩ
■出力インピーダンス/600Ω
■アタック・タイム/4〜120ms
■リリース・タイム/60ms〜2.2s
■外形寸法/483(W)×238(D)×133(H)mm
■重量/6.8kg