Pro Toolsへのダイレクト録音を実現したPA用デジタル・コンソール

DIGIDESIGNVenue

3年ほど前から、私はPAオペレートの合間を縫ってDIGIDESIGN Pro Tools|HDシステムを使い、数々のアーティストのライブをレコーディングしました。そのうちPro ToolsをライブPAで使えるようにはならないのか......そんな思いを抱くようになりました。ですから、Pro Toolsのデジタル・ミキシング技術を継承したPAコンソールVenueの登場は、非常に興味深い出来事だったのです。

幸いなことに、5月からの河口恭吾のツアーで日本で一番最初にVenueを使用できることになりましたので、そのリハーサルで実際にVenueを使ってみた印象を中心にしながら、VenueとPro Toolsの比較、つまりライブとレコーディングのエンジニアリング的な比較を含めて、レポートをしてみたいと思います。

ワゴン車1台で搬入可能なサイズ
空気感までも濁りのない音色の良さ


リハーサル・スタジオに搬入されたVenueは、コンソールのメイン部分を担うD-Show Main+拡張ユニットSidecar、ミキシング・エンジンとコントロール用コンピューター、アウトボードとの接続用入出力端子などを備えたFOH Rack(写真①)、48ch分のリモート・ヘッドアンプ+AD/DAコンバーターを備えた入出力用のStage Rack(写真②)が各1台ずつです。まずこれらが大きめのワゴン車1台で運ばれてくるという、コンパクトなサイズに驚かされました。2人だけで運ぶことも可能で、搬入口の狭いスタジオでも何の問題も無くセッティングできました。▲写真① FOH Rackのリア部。上2段はアウトボードのインサート用接続端子など。中央左はオプションのFWXカード、右はStage Rackとの接続端子を備えるDigi Snake Card。最下段のように電源の二重化にも対応する▲写真② ステージ脇に置かれるStage Rack。左の紺色のユニットが入力モジュールで、1つにつきマイク/ライン・プリアンプを8基搭載。白いユニットがライン8系統の出力モジュールで、写真では4基インストールされているが、もう2基追加することも可能 Stage RackとFOH Rackの接続には、BNCコアキシャル・ケーブルを使用し、1本につき最大152mまでの距離で48chの伝送が可能です。さらに接続を二重化することで、断線などのトラブルを回避することができます。また、FOH Rackの電源も二重化できますし、万が一再起動の必要が生じても、フェーダーとミュートはコントロールできます。これらのトラブルに見舞われても音が切れることが無いのは安心です。セットアップができた時点で、まず昨年秋の河口恭吾ツアーで収録したオーディオ・データを外部のPro Tools|HDからVenueに立ち上げ、自分のミックスしたデータでVenueの感触を確かめてみました。まず感動したのはその音色の良さ。楽器や歌などソースそのものが持っている音、さらには空気感までも濁りの無いその音色は、ミキシング・コンソールで何よりも大切な"音の良さ"の能力を満たしていると言えます。私自身、Pro Toolsの操作はほとんどキーボードとマウスで行っていたので、Venueの操作性にもそのイメージでの先入観を持っていました。しかしVenueのD-Showは、従来のライブ用デジタル・コンソールを扱ったことのあるPAエンジニアにとって、分かりやすいものだと思います。パネル・レイアウトも、瞬時にさまざまな判断と操作を必要とするライブ用として、何がどこにあるのか把握しやすいと思います(写真③④)。▲写真③ インプット・チャンネル。右が各チャンネル・ストリップで、2基のロータリ・エンコーダーのほか、コンプ、ゲート、EQなどのインサート・スイッチとダイナミクスの効果を示すミニ・メーター、インプット・ゲイン・メーターなどが用意されている。左側で、16のAUXやコンプ/ゲートのスレッショルド、チャンネル・ディレイ、ゲイン、パンなどをロータリー・エンコーダーにアサインする。もちろんフェーダーへのフリップも可能だ▲写真④ 選択したチャンネルの細かな設定を行うD-Show Main中央部のアサイナブル・チャンネル・セクション。左上からバス・アサイン(LCR+8モノ/ステレオ・グループ)、その下がインプット(ゲインの調整やチャンネルディレイの設定など)。右が16系統のAUXセンド、EQと続き、その右は上からチャンネル設定(ダイナミクスとEQの入れ替え)、インサート、ダイナミクス、スナップショット、ダイレクト・アウト。EQは4バンド仕様で、アナログ・エミュレートと通常のデジタルEQの切り替えが可能

画期的なゲインの自動調整機能を内蔵
全パラメーターのリコールにも対応


配線後にまず行うことと言えば、ゲインの調整です。D-Showのゲイン・メーターは見やすく、アナログのコンソールを意識したような操作性で、非常に使いやすく感じました。仮にクリップ・ゲインに達した場合でもソフト・クリップ的な音色変化が得られます。とは言え、ライブではレコーディングに比べて音源のダイナミクスが大きい分、デジタル・コンソールでのインプット・ゲインの取り方は難しいと思います。ひずませないように注意したいところですが、この点でもVenueでは万全です。入力されている信号を計測して、それを自動的に0dBに設定してくれる機能や、ゲインの値を含めた設定をスナップショットとして記憶する機能を備えています。ほかにも、エフェクト、EQやダイナミクス、フェーダー設定などすべてのパラメーターがスナップショットに対応していて、リコールが可能になっています。

追加可能なプラグイン・エフェクト
ルーティングの自由度の高さも魅力


Venueでは各インプット・チャンネルにダイナミクス・プロセッサーとEQを標準で装備する上、各種プラグイン・エフェクトも内蔵されています。このプラグインはもちろん追加することもでき、Pro Tools用としてなじみ深いものも多数登場しています(画面①)。私はPro Toolsでミックス・ダウンする際、必ずと言っていいほど各チャンネルにダイナミクス系のプラグインをインサートしますし、グループとしてまとめたトラックにも同様にインサートしています。以前から同じような手法をPAでもやってみたいと思っていたのですが、アナログでやろうとすると卓回りに12Uのアウトボード・ラックが6本も必要となり、どう考えても無理です。それがVenueなら可能なのです。▲画面① VGAディスプレイでのプラグイン・ラック画面。各プラグインがアイコン化され、どこに何がインサートされているのかが一目で分かる。またプラグインのパラメーターはアウトプット・セクションのエンコーダーにアサインできる ライブPAの場合、レコーディングとはダイナミクスに対するとらえ方が根本的に違うのが当然です。しかし、だからこそレコーディングの手法を応用すれば、今までのライブでは得られなかったサウンドを作り出すことが可能なのです。私が考えていたのはアタック&リリース・タイムのコントロールで管理された"ライブ・サウンド的な"ダイナミクスを作り出すことでした。ライブ・サウンド的とは"必要なときに必要なだけ、不自然過ぎないような"使い方。例えば、アコースティック・ギターの場合、ストローク・カッティングとアルペジオでは10dB以上の音量差がある場合があります。そこで、インプット・チャンネルでストローク・カッティングが不自然につぶれないようなコンプレッションをかけてからグループに送り、さらにグループ側でBOMB FACTORY BF-2Aを通して、VCAマスターでコントロールしています。こうすることで、中断することのできないライブの現場でも、より簡単にストローク・カッティングでつぶれることなく、またアルペジオでは均一感のある音を得られるようにできるのです。この例に限らず、このように用途の異なる複数のプラグイン・コンプレッサーをふんだんにインサートできること、またそのほとんどがPro Toolsで使い慣れているものばかりであることが、実用上でのVenueの大きな利点だと思います。EQの操作に関しても、かつてデジタル・コンソールが出始めたときのように、ノブの位置を数値に置き換えるといった"意識改革"に苦労することはありませんでした。私たちがデジタルEQに慣れたこともありますが、Venueではアナログをかなり意識したEQ感覚になってうれしかったです。また、音の抜けが良い分、音色作りで高域を上げる必要性もあまり感じませんでした。そしてPro Toolsと同じプラグインを使えることで、ライブPAとミックス・ダウンでのダイナミクスやEQへのアプローチが、たとえ同じ曲の同じトラックの場合でもアプローチが異なることがロジカルに再確認できたことも大きな収穫です。このようにVenueとPro Toolsとでライブとレコーディング、ミックス・ダウンの共通点や相違点などを追求できることは、新たなサウンド追求への可能性を広げてくれることになるでしょう。

Pro Toolsシステムと直結することで
簡単にライブ・レコーディングを実現


それから私が最も期待をしているのが、Pro Toolsシステムとの併用によるダイレクト・レコーディング&プレイバック機能です。現在のところ、FWXカードを加えることにより、FireWireでVenueと接続したWindows XPパソコン上のPro Tools LE Softwareで、最大18trの同時録音および18tr再生が可能になります。ライブをダイレクトにPro Toolsのセッション・ファイルで録音し、そのままミックス・ダウンのスタジオに持って行けることはVenueの大きなメリットとなりますし、ツアー本番ではこれを使ってテスト・レコーディングをしてみる予定でいます。このトラック数でも収録のバックアップ用程度には十分ですが、年内には32trに拡張される予定で、より本格的なレコーディングが可能になります。さらにPro Tools|HDシステムで最大96trの録音を実現するTDM Recordオプションも年内発売予定とのことです。今回は実際に触れてみた印象を中心にまとめてみましたが、Venueにはほかにもたくさんの機能が備えられています。詳細についてはカタログやWebサイトでチェックしていただくか、あるいはデモなどの機会に実機に触わってみることをお勧めします。
DIGIDESIGN
Venue
D-Show Standard System:7,250,000円 Redundant System:7,540,000円
基本構成:D-Show Main+Sidecar×1、Stage Rack(48イン/8アウト)×1、FOH Rack×1(Redundant Systemは電源二重化済み)、DSP Engine Card×2、FOH Snake Card、TFTブラケット、PACE iLok、Venue Packプラグイン

SPECIFICATIONS

●全般
■サンプリング周波数/48kHz
■プロセッシング ・ ディレイ/2.8ms以下
■内部プロセッシング/48ビット固定小数点(内部ダイナミック ・ レンジ288dB)
■周波数特性/22Hz〜20kHz(±0.5dB)
■全高調波歪率/0.01%以下
■最大電圧ゲイン/84dB
■クロストーク/−100dB
■残留出力ノイズ/−90dBu
●Stage Rack
■AD/DA変換/24ビット
■最大入力レベル/+34dBu(20dB PAD時)
■ゲイン/+10〜+60dB
■入力インピーダンス/40kΩ(PADオフ時)、 1.33kΩ(PADオン時)
■入力換算ノイズ/126dBu
■最大出力レベル/+24dBu
■出力インピーダンス/50Ω
●D-Show
■フェーダー分解能/10ビット(1,024段階)、−144〜+12dB
■外形寸法/Main:1,313(W)×347(H)×895(D) mm、Main+Sidecar:1,988(W)×347(H)×895(D) mm
■重量/Main:54.9kg、 Main+Sidecar:88kg